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第61話 『フェン』は俺にだけ心を開く

「目玉が……赤く……??」

「な、なん……なんなのよ……」


 赤く染まった瞳は次々に閉じ、暗闇は益々に光に侵略されていく。

 この空間の効力はよく分からないが、ともかくタウダスの魔力が空間そのものに揺らぎを与えたのは事実だろう。


『此れは……神獣の類か』


 分かるのか。


『当然じゃ。明らかに質が違う。其れにコイツの魔力は、中々美味であったぞ』


 あぁそうなんだな。ともかくこの空間から出られそうか?

 早く出ないと、フェンや代表に伝えねば。


『揺らいだ魔力は脆いもの。魔力で出来た空間であれば、天井を突けば外に出れるだろう……で、其処の奴等は』


「……」

「わ、私たちもおねがい!」


『おうおう。そこの男は?』


「ボー様もいっしょ! ね!」

「……」


 ボーは怪訝そうに構える。

 どうにも俺に助けられるのはイヤらしい。俺だってそうだ。

 だがこの際区別はしてられない。


『……躾のなっとらん奴だのぉ』


「ぼ、ボー様……?」

「……」


 全く。何処までも強情な奴だ。


『似た者同士じゃのぉ』


 ……。


『もうよい。女、そこの餓鬼も連れて来い。皆担いで飛ぶ』


「う、うん……!」

「……」


 飛翔体勢。

 ボーと女性を両肩に担ぎ上げ、ヤルダの首根っこを噛む。それはまるで子を運ぶ猫。


『下らぬ事を考えるな。気が散る』


「……? なんでずっと一人でしゃべってんの?」

「……はは。そういう寂しい奴なんでしょ」


『貴様等も喋るな。置いて行かれたいか』


「ひぃ……」

「……」


 軽く腰を落とし、見つめるは光の漏れる天井の隙間。

 ココに目掛けて跳ぶ。


 空を切る。

 浮遊感は、先程のカタパルト式投擲よりもはるかに高い。

 明確なGを感じる。


 かつてない程の跳躍。タウダス自身も思わずハッとした。

 想定以上に力が(みなぎ)っているのか、制御も効かぬ様相である。

 この空間に漂う魔力によるものか。タウダスの口角が少しだけ上がった気さえした。



 天が崩壊し、その身が路傍に投げ出される。

 外の世界である。


 足元には舗装された石畳。

 空は未だ明け方。

 しかし確実に、夜明けは近づいていた。


「……何処だ??」


 俺の声がし、ハッとする。

 今の主人格はタウダスでない。


 瞳の熱が、彼女と共に再び失せた。

 かの空間から出た事で、魔力が切れたのか……?


 折角ならば彼女の神獣センサーでフェンを探して貰おうとさえ思っていたのに……。


 そう悶々としていると、高い声が耳に鋭く突き刺さる。


「ちょ……アンタあぶないって!」


 そんな警鐘のような声だった。



「何じゃあ? どう出て来よった??」


 俺の背後に立つは、黒髪の幼女……テネブレ。


 瞬時、面喰ったが、よくも考えれば今攻略したのはコイツの能力だ……当然脱出すれば、近くにコイツが居るのも当然……。


 逃げねば。

 俺は今、”俺”なのだ。


 しかし、テネブレはこれを許さない。

 慌てる俺に馬乗りになって、顔面を道に抑え込む。


 鈍い衝撃が側頭部に走り、頬や蟀谷(こめかみ)から血が滲む。


「お前を捕まえちょらんとレイジーが五月蠅いんじゃ。大人しくせぇ」


「がっ……」


 身体が言う事を効かない……。

 闇の中に堕ちていっていた時のような……そんな不可思議な感覚……。


 コイツに触られるだけで、闇に堕ちる様な効力がある……のだろう。


「ちぃ……かの女は逃がしたか……まぁええわ。ワシにとってはお前の方が大事じゃけぇのぉ」

「……はぁ……はぁ……」


 ボーも、女性も、ヤルダも姿形も無い。

 瞬く間に逃げたのか。まぁ正しい判断だ……合理的な判断だ。


 俺一人犠牲にして、三人も生き残るのだからな……。


「どれ、逃げ出したんなら、もう一度仕舞い込めばええんじゃ。開け”妖銘・トロイ箱”……」


 再び頭を押さえつけられ、魔力で包まれる。

 またかの世界に堕とそう言うのだろう……しかし抵抗も出来ない……。


「……? 開け! ? 開け! ”妖銘・トロイ箱”……何でじゃ?」


 狼狽えるはテネブレ。

 ”開け、開け”と繰り返し、それでもとんと何も起こらない。


「な、何してんだ……?」


「開かんのじゃ……! まさか魔力切れ? いやそんな馬鹿な……」

「……?」

「……お前、脱出する折に何かしよったな」

「い、いや、分からん」


 やった事と言えばタウダスが目玉を乗っ取ったくらいか……。

 それで言えば”何かした”が……黙っておいた方が狼狽え、隙が生まれうる……。


「えぇい、お前のせいで、何らか不具合が起きとるのか……? ボケがぁ……」


 テネブレは苦虫を噛み潰すようにする。

 とうとう”開け”も諦め、かく言うても俺に危害を加える事もしない……。


 恐らく白髪のお陰だ。

 彼女に俺の生け捕りを頼まれている手前、俺に何もできない。

 こうして拘束し続けるしかないのだ。


 間もなく夜明け。この時間稼ぎは大きい。

 紛れもない大金星だ。


「……クソォ……これじゃあ其処の神獣を攫えんではないか……」


「??」


 其処の……神獣?


 テネブレの見つめる先、そこには確かに人影があった。


 横たわり、呼吸の様子も見られない。


 彼女の血が石畳の隙を流れ、もうそこまで迫っていた。


「フェ、ン……?」


 横たわるフェン。


 理解を拒む。

 もう、手遅れだったのか……?


「フェン!」


「えぇい黙れ……怒鳴りたいのはワシの方だと言うに……」

「んな訳ねぇだろ……! フェン……! 生きてんのか?! フェン……!!」


 声を荒げても、微かな手応えさえ無い。

 朝焼けの空に、無意味に響くばかりである。


 それでも何度も何度も叫ばねば……。

 俺は今、動く事さえ為せない。


 藻掻けば藻掻く程、締め付ける手合いは強くなり、骨が軋む。肉が焼ける様に痛む。


「くそ……フェン……」


「……フン。まぁ”箱”が非ずとも手負いの神獣と男一人なら抱えても行けるわ。がはは」


 テネブレにひょいと抱えられる。


 彼女はツカツカとフェンにも近づいた。


 そうしてこれもまた、ひょいと抱えるのだ。


「……フェン……」


 彼女は静かに眠っている……。


 明け方の空気に冷やされた横顔。

 血が尚も流れ、目を背けたくだってなった……。


 しかし、俺には尚も。


「フェン! 生きてんのか!? フェン!!」


「えぇい五月蠅いのぉ! 耳元で叫ぶな……!」


「五月蠅ぇ!! 俺は、伝えなきゃなんねぇんだよ……」


 フェンの息遣いも聴こえない。

 俺の気が急く。


「フェン……全部誤解なんだ……! 路地裏のは襲われただけ……」


 違う。


「……俺は、お前が幸せならそれで……俺が嫌われてても……」


 違う。


 もっと伝えねばならぬ事が有るのだ。

 聞こえているかは知らない。伝わるかは知らない。

 それでも伝えねばならぬのだ。


「……フェン…………俺はさ……――――」


 彼女の横顔は、生気を帯びずとも美しく。

 こちらに笑いかけずとも愛おしく。


 何よりも、このまま永久に別れる事への苦しみの感情が、不意に口を()いて出た。



「お前に……好きでいて欲しかったんだ……」



 人によれば、情けない話だろうと片付ける話だ。

 俺は”童貞”だから、純潔だからフェンに言い寄られているだけと言うのに……何を勘違いして、好きでいて欲しいなど……。


 その時、フェンが目覚めた。


 ただ薄っすらと瞼を開け、まだ虚ろであろう景色をぼーっと眺める。


「フェン……!」


「……カナタ様……は……」


 振り絞る様な声が、彼女の口から溢れ出す。


 か細く、空を舞う猛禽類の鳴き声よりもずっと小さい様な声だった。


 声とも言えぬ声だった。


 だのに俺は、聞き逃す事は無かった。


「……カナタ様は、私が”神獣”だから……」


「……?」


「タウダス様の為に……私の魔力が必要で……そのために口付けもして……でも……」


「……」


「きっと私が”神獣”でなければ……きっとそんな事出来なかった……あぁ幸せだなって……”神獣”で良かったって……思ったけど……」


「フェン……」


「でも……カナタ様にとっては、”神獣”なら誰でも良かった……んです…………私じゃなくても……私ばかだ……本当に……全部……」


 彼女は瞼を力強く閉じる。堪える様な、そんな表情から、一滴涙が溢れる。

 ぽろぽろと、次々に溢れる。


「……違う。違うんだ……フェン」


 ”神獣”だからだと……それじゃあ、まるで俺と”同じ”だ。



「……神獣だからじゃない……お前がどんな奴でも……俺は大好きなんだよ……」


「……カナタ様……」


 フェンは、ただただハッとする。

 驚いているのか、不思議がっているのか。


 彼女の涙に濡れた瞳が、朝日に充てられ、眩く輝く。

 覚悟を決めたような、そんな眼光にさえ感じられた。


 フェンの腕に力が籠る。


 かの腕は忽ち、テネブレの首元を急襲した。


「がぁ?? な、何じゃあ?!」


 勢いよく投げ飛ばされるはテネブレ。

 瀕死の身体と見積もったか、反撃に転じる事もなく石畳に投げ出される。


「フェン……!」


「はぁ……はぁ……申し訳ございません……やっぱり全力で頑張ります!」


 彼女の表情には、もう憑き物の一つもなく、これまで見た事も無い程に晴れやかであった。


 朝日が彼女を照らす。

 伸びた影がテネブレを覆う。


「カナタ様を傷付けたなら、容赦は出来ません」


「……おうおう好き勝手しちょるのぉ……気分悪いわ」


 テネブレは天を指す。


 もう”あの空間”も作れない。と言うのに、今更何を……。


「……空?」


「ワシらはよぉ、明察の通り『ビュントニス』のモンじゃ。ココにゃ獣人がわんさか居るそうじゃからのぉ……”神獣三人”で攫いに来たんじゃよ」


 天空から、巨大な影が飛来する。

 降り立つと同時に地を抉り、瓦礫が飛散。


 その容貌は”ガルーダ”。


 巨大な二翼を携え、筋骨隆々な肉体美。

 身長は数メートル。その体躯はフェンの”元の姿”と同格程か。


 かの鋭い眼光と、フェンの視線が交わる。

 恐ろしい程の魔力が、忽ち周囲に立ち込めるのだった。

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