第6話 ギルド最強の獣人
「とにかく奥に逃げるしかないな。森の地の利は俺たちにあるぜ」
ギルドの者は訓練と称して何度もこの森に訪れることがある。当然年季の入ったギルドメンバーであれば、その分経験の蓄積がある訳だ。自分で認めたくないが、俺はもうすぐ三十路である。つまりそう言う事だ。
「地の利……で、ですがあの方達もギルドの方なのでは……」
「それもそうだが……あんな小隊、俺は見たことがねぇんだよ。たぶん若い部隊だ」
フェンに対する挑み方だってよほど動転したようで、とても連携なんて出来ていなかった。俺を捜索する為だけの即席小隊だろう。
まぁ指揮を執っていた獣人の女……あいつは中々見どころがあったな……。ただ……。
「獣人が指揮……妙だな」
「妙?」
「あぁいや、なんでもない。それより奥だ。もっと奥」
獣人は押しなべて頭が悪い。ので指揮を執るなんて不自然だ……と、わざわざ獣人の前で言う必要はないだろう。それに獣人に必要なのは頭ではない。
「フェン。追手の匂いだの足音だのに気を張っといてくれ……俺が奥まで案内する」
「は、はい!」
しかしながらだ。向こうの部隊にも何人か獣人が居た。奴等も匂いを追って来る。何がまずいって、フェンが匂いを嗅がれている事だ。この子の匂いを追って来られれば……逃げ切ることも困難であろう。
こんな森では、先程の熱気のこもった咆哮だって、むやみやたらには使えない。大火災にだってなりかねない。
「……この霧……そうか」
「? カナタ様?」
この濃霧ならば、かの身を焼くほどの咆哮を行ったとして、酷い火災とはならないのではないか。
落ち葉や木の幹は湿り、発火はしにくい筈だ。
「フェン、ここはあえて迎え撃とう。」
「え」
「このまま追いかけ合いをしてたって、向こうの方が人数が多いんだからこっちが不利だ。なら向こうが今後手出しできないくらい、徹底的に封殺しちまえばいい」
「そんな事……できるのでしょうか……」
「やるしかない。これは平穏な生活の為だ」
それにあの野蛮人共にやり返すチャンスでもある。
そうと決まれば霧の晴れるまでに済ませた方がいい。
「フェン。もう一回だけ、”元の姿”ってやつになってくれないか」
「も、もう一度ですか……ですが体力の消耗が激しくて……もって数十秒かと……」
「数十秒……でもいい。十分だ」
せいぜい目の前に出でて咆哮さえしてくれれば問題はないだろう。
そもそもなんせアイツらはあの納屋でフェンの恐ろしさは痛いほど分からされただろう。今だって追いかけて来たのは執念でも何でもなくただの仕事だからだ。命の危機を感じればすっ飛んで逃げる筈。
……気がかりはかの女獣人か。
まぁアイツ一人でどうこうできるとも思えない。
「フェン。どうだ。小隊はどこまで来てる?」
「本当にすぐそこです……さきほど魔獣に襲われた辺りかと……」
あそこなら多少開けている。フェンの御身を堂々と見せつけるのなら絶好の場所だ。
決行するなら今しかない。
「おいシオン。ホントにこっちで合ってんのか?」
「問題ない」
「はぁ~……やれやれ獣人の癖に」
「……貴様。何だその口の利き方は」
「うるせぇー! 大体なんで人間の俺様がお前のいうコトぉ聞かにゃならんだ!!」
「貴様ら人間が大好きな序列というヤツだ。獣人の知能を貴様らは下に見る様に、私も貴様の知能を下に見ている。事実に基づいた当然の判断だが」
「言いやがったなてめぇクソ女ぁ……!!」
小隊6人。3人人間。3人獣人。
彼らは馬を森の外で置き去りにして、列をなしながら森の奥へ分け入っている。何やら下らない言い合いをして、周囲への注意がすっかり散漫になっていると見える。
フェンはこの機に乗じて”元の姿”へと成っていく。
奴らがかの姿に気付くのは、彼女のけたたましい咆哮を轟かせてからの事である。
じりじりと焼け付くような熱が、激しい地鳴りと共に森を駆け抜ける。弱い魔獣はこれだけでも飛ぶように退散してしまう程だ。
「う、うわぁあああ!!!! また出たぁ?!」
「逃げろ……!! あんなガキ一人の為に死ねるかよぉ……!!」
「お前達、狼狽えるな……なっ」
獣人指揮官が振り返った頃には、人間3人が獣人2人に抱えられて、すっかり逃げて行った後だった。
さぁアンタも逃げた方がいい。
が、行動は予想外のものだった。
「……仕方あるまい」
獣人指揮官がフェンに斬りかかる。それはまるで、逃げ出した小隊の背後を追わせないようにとしているようだ。
「なんというパワーだ……」
フェンの牙と刃が交わる。火花が吹き上がり、周囲の気温が跳ねあがった様にさえ感じた。
いや、これは感じただけに留まらない。周囲の落ち葉が引火し始めた。まだ霧は残っているが、それさえも凌駕する熱が、かの牙とかの刃の摩擦で発生したのだ。
俺は急いで火元を踏み潰す。
「カナタ様! おさがり下さい!!」
フェンが叫ぶのと同時に、再び獣人指揮官が斬りかかる。完全に不意打ちのタイミングとなった。十数倍の体格差のあるフェンであるが、それでも勢いよく吹き飛ばされた。
フェンのタイムリミットが来たのだ。彼女の体躯は一回りほど縮んでいる。
「フェン!!」
みるみる縮んでいくフェンは”今にも”、という状態であった。
あの獣人を甘く見ていた。見ない顔だからと、新人だからと舐めていた。
「止めろお前!!」
気付けば、俺はフェンの前に立ち塞がるようにして立っていた。
彼女はすっかり小さくなって、俺の背後に隠れる程になっていた。おかげで、あの獣人はフェンを見失い、次に俺と目を合わせた。
「……お前がカナタ・アールベットだな」
「あぁそうだ。どうだくたびれた男だろ。こんな男一匹殺して、アンタは何にも得れないだろうが」
「……くたびれたか。確かにくたびれているな。雄としての魅力は何も感じない」
獣人は剣を鞘に仕舞い込んだ。なんだ見逃してくれるのか。どういう風の吹き回しか。
「見逃すのか……?」
「皆まで聞くな。雄として魅力のないお前……しかしそんなお前に、”不思議な気持ち”を感じただけだ」
「なんだその核心を突かない言い方は……」
「……貴様は気付いていないのか、自分の”特殊な香り”に。まぁ気取られては”世界の均衡”さえ崩れかねん。知らぬが吉だろう」
”特殊な香り”に”世界の均衡”……何の話かまるで分からんが、命が助かるなら有難いことこの上ない。
しかしながら、俺はアイツの存在を忘れていたのだ。
「ごらぁ!! シオンんん!!!! 誰の男に手ぇ出してんのさ!!」
「る、ルペール……お前見てたのか……?」
「うん!」
「助けに来いよ」
「今助けにきたじゃん!!」
「フェンがやられる前に来いよ」
「……それよりぃ! こいつクソ強いからさがってて! まぁウチの方が強いけどさ!」
「……ルペール先輩……そうですか。貴女も彼の”特殊な香り”に魅了され……そうですか。これは中々手強い」
「なにグチグチ言ってんの? やるなら容赦しないけど」
「……そうですね。止めておきましょう」
「やめんのかい」
「えぇ……それと、カナタ・アールベット」
「な、なんだよ……」
「私はこれよりギルドへ戻り、再び軍勢を率いてこの”トロンペの森”へ舞い戻ろうと思う」
「な」
「この事だけは伝えておこう。後は逃げるなり、受け入れるなり自由にすればいい」
「に、逃げても良いのか……?」
「あぁ。だが今度私に捕まったなら……貴方は私の好きなように為される運命となる。如何なる辱めからも逃れられぬ奴隷の様な毎日だ」
「え……」
そんな事を言い残し獣人指揮官は去って行った。
ルペールが言うには、彼女は”メディア・シオン”というらしい。獣人だのに苗字まであるなんてな。本当におかしな存在だ……。
とはいえ脅威は一時的に去り、俺とルペールはフェンの回復に努めることとなった。
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