第55話 世渡り上手
「……えらく自信に溢れているな」
「当然です」
フェンは息巻く。俺もつられる。
ただシオンは尚も冷静であった。
「まぁいい……頭ごなしには出来まい。今決める事でも、決まる事でもない」
「……それで、何すりゃいいんだ?」
「単純だ……試験の期間、候補者とフェンの関わり合いを徹底的に監視する。7日間、例外は無い」
おいおい。あまりにもエチケットに欠けた話だな。
フェンも”え”と言葉を漏らす。
「相性と言うのは一挙手一投足如きでは判断出来ん。日常生活の中にこそ滲み出るとは思わんか」
「だ、だけどなぁ……」
「勿論プライベートは確保する。監視に付けるのも女性ばかりだ……ただ、当然フェンの心身にはかなり負担を掛けるだろう。すまないが理解してくれ」
「……で、でもそれなら大丈夫そうですね」
「ほ、ほんとか?」
「いえ、監視云々ではなく、結果は目に見えているというか……」
フェンが俺に身を寄せる。
腕に付き、無邪気に微笑むのだ。それはシオンに見せつける様でもあった。
「だって私達、ずっと一緒なんですから。ちょっとお恥ずかしいですが……」
「……まぁ確かに……いや待て、評価基準は……? 場合によっては寧ろ不利になる……」
「言う訳無いだろ」
「それもそうか」
「それにまだ話の途中だ。今回の試験、候補者全員がフェアに取り組める様に、此方でテーブルを組む」
「テーブル?」
「スケジュール表だ。深夜2時から早朝6時までを除く20時間、候補者がそれぞれ4時間交代でフェンに付く。他の候補者はその間、フェンに近寄ってはならない」
「え」
「各人、7日間分の4時間、計21時間でフェンとの相性を窺うという訳だ」
「は、はぁ……? 二人っきりにさせんのか?」
「監視は付いている。妙な事にはならん」
「なんでわざわざそんな事……」
「先程も言ったが、公平性を持たせる為だ。それに、このままのルールでは君ばかりが有利を取ってしまう」
「俺の不戦勝で良いって話にはならんのか」
「そもそも君にはルペール先輩も居る。そちらを蔑ろにするなら本末転倒だ。先輩もそう思わないか?」
「そうだ! そうだ!」
「お前は何なんだよ……」
ただ、シオンの言い分にも一理ある。短い間だが、俺達はここまで苦節三人でやって来た……それも、割と巧く行っていた方だと思う。
だがそれがこの先もずっと続く訳じゃない。
それこそ今後、フェンにもっと良いパートナーが見つかるやもしれん……それが、今なのかもしれん。
そんな事は決して心穏やかな話ではないが。
悶々と考えても未来は知れない。ここは飲み、1週間掛けてゆっくりと諮る他ない。俺とフェンには、まだ何か足りない。
「試験日はブリッツがテルツより帰還した翌日からだ。それまでにはテーブルを纏め共有しよう。それまでは英気を養ってくれ」
こうしてその場はお開きとなった。
時刻はもうすっかり深夜。廊下に出ると街の明かりが落ちていた。
であるにも関わらず、ギルド長室には引っ切り無しに人が訪れ、話声と筆の走る音が鳴り続けていた。
「一先ず寮にでも泊まるか。ルペール、案内してやってくれ」
「うぃー……って、カナタは?」
「俺は約束が有んだよ」
「なんの?」
「ボーだよ。多分酒場に居っから」
「えー! 行くの? 止めときなって、イジめられるよ」
「今頃みんな酔いつぶれてるよ……」
「そうかもだけどさ……! ウチも付いてくよ」
「……お前は、顔合わせ辛いだろ」
「うぅ……」
ルペールは苦い顔をする。
昔の事を思い出しているだろう。俺だってこんな話はしたくない。
そこでは話も手短に、ルペール一行には先に行っておいてもらう事にした。
俺も早く済ませ、眠りたい。
「あぁ……そういやぁ、忘れたな」
ふと、シオンへの礼を忘れた事を思い出す。
後で伝えなければな……。
その頃の酒場は静寂。モノノフ共が酔い潰れ、漂う酒気が明瞭としている。
そんな酒場の中央で、呑気にコニャックを嗜む色男。
周りには女性がバタバタ酔いつぶれている。
ボー・ガルソンは、かの女性の内の一人に手を伸ばした。
「おい」
「……やぁ、ホントに来てるじゃないか」
「お前が呼んだんだろ」
「だからこそ、来てくれるなんて、って驚いてんだよ」
ボーは含みを持って笑う。
そうしてグラスを揺らす。照明を受け、机に光の波形を落とす。そうして残りを一気に飲み干す。
「いつまで飲んでんだ」
「今日は良い日だろ? 沢山飲まなきゃね」
「……まぁ良い日、なのかもな。お前にとっちゃ」
「何だよ~。嬉しくないのか? こうやって帰って来れたのに」
「お前は馴染めそうだからな。俺は余計な人間関係が増えちまって……」
「フェンちゃんも奪われる事は無かっただろうしね」
「……!」
ボーは顎を触る。
何を言い出すかと思えば。酔った勢いでも複雑な感情である……。
「僕はさ、追放されてからも大変だったよ……と、言っても、色んな女の子が良くしてくれて、衣食住には困んなかったけどさ」
「……本当にお前は変わらないというか、むしろ悪化したというか……」
「君のせいだろ? もっと言えば君とルペールのせいかな」
「……それは……弁解の余地も無いけど……」
「だからさ。貰うわ。君の子」
「は?」
「フェンちゃん。あれは割とアリだね」
「お前、酔い過ぎだ」
「僕はバディと離れ離れになったのにさ、君は今でもルペールが傍に居る。不公平じゃないか」
「……」
不公平など、お前が口にするな。容姿もよく、言葉も巧みで、色にも苦労した事ないお前が……。
しかし、そんな言葉も、俺自身の贖罪の前に、口をついて出ない。
ボーは尚も激情に、言葉を続ける。
「バディが居なくなって、しばら~く凹んでたんだよね。僕。他の子じゃ、なんかイマイチでさ……でも、今更探したって会えないじゃん?」
「……」
「でも気付いたんだよね。あ~僕、状況にムカついてんじゃなくて、お前にムカついてんだなって……だからさ貰うよ。それで公平だ」
ボーはすくと立ち上がり、女性を一人担ぎ上げる。何処に連れ込む気か。見当は嫌と言う程ある。
俺の表情には、自然と嫌悪が浮かんでいただろう。そんな俺を、ボーは不適な横顔を以て牽制する。
「この子もお前のせいだから。じゃーね」
そうして酒場を後にした。
言葉に表せぬ嫌悪感。俺と奴は同期でライバル……”あの日”まで、それとなく距離が近かった。言うなれば追放され、そんな境遇まで一緒だった。妙な縁を感じざるを得ない。
それでもどうにも、奴との心には距離があった。
この原因が、うすらと分かった気がした。
フェンは、絶対に譲らない。譲りたくない。
試験の日のその日まで、俺はボーに勝る為の策を練らねばならない。
フェンの好きな物はなんだろう。好きな事はなんだろう。隔離される前に聞いておかねば。それが出来る事こそ俺の強み。
俺は急ぎ足で寮へと向かった。
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