第52話 小さき命
「はぁ……はぁ……サイアク……」
身体についた泥を払うはルペール。その表情は苛立ちに満ちている……。
「ルペール怪我は……?」
「……うん……痛くはないよ。最悪なだけ……! それよりさ」
ルペールは、伏す少女に視線を移す。
彼女の肌にはいくつもの青痣が生まれ、泥で汚れ、髪もひどく乱れている。
大丈夫か、など、掛けられようもない言葉である。
そしてこの少女には、小さいな耳と尻尾があった。
彼女は獣人である。
「……で、なんなんだったの? 今のヤツら」
「人攫い……にしても獣人を狙うなんてな……」
獣人は、子供と言えど強力な腕力を持つ。熊や虎の類だ。人には非ず……。
単純な人攫いであれば敢えてでなければ狙わない。
だのにどうしてか……?
「一先ず上着お貸しします。私のはとても暖かいんですよ」
「あぅ……」
「ふふ。どうぞ」
「……」
フェンの上着を手繰り寄せ、自身を包み込む様に羽織る。
彼女は小さく震えていた。
「……ともかく馬車に戻るか……フェン、抱えてやってくれ」
「ルペール様は……」
足をもがれたルペール……片足では動きずらかろう……。
「義足って簡単に付けられるもんなのか?」
「ムリー! カナタ背負ってー!」
「へいへい」
どうにも厄介な事に脚を突っ込んだ気もしないではないが……今はただこの子を保護するばかりである……。
そうして馬車の方へ戻って来た。
その間、この少女に何を聞いても答えてはくれなかった。
未だ怯えているのか。俺達まで警戒しているのか。
まぁあんな事があった後じゃ仕方がない。
そうして馬車のところまで来た。
出迎えたのは代表である。
「皆さん、何処行っとったんですか?」
「ちょっと森の方に……」
「なんや先、凄まじい魔力を感じたんやけど……知っとります?」
「わ、私だと思います……」
「……ほんで何でルペールはんは泥まみれになっとるんです?」
「ちょっと転んだの!」
「……それと、そちらの子は……」
少女は代表と目が合うなりささっとフェンの後ろに隠れる。怖がらせてはいけない。
「あ、あの実はこの子、先程人攫いに……」
「人攫い……」
「は、はい、何とか追い払えましたが、今後も同じ様な事が起こり得るやも……どうか匿って頂きたく……」
「……そういう事ならええですよ。お話も伺いたいですし」
「……」
代表は自分の耳を見せる。次に尾っぽを近づけた。
少女は親近感を感じたか、その尾っぽに尾っぽを絡ませた。友愛の証。
「ふふ。そうそう取って食ったりせぇへんからね」
少女はトトトと代表の後ろに隠れた。
「あぁ……」
フェンは寂しそうにしていた。
「そや。変に怖がらせたらアカンし……シュレッゴンはんはそっちに居って貰ってええかな?」
「大丈夫なんでしょうか?」
「ウチのレーザーもあるしイケるでしょ!」
「ほなお願いします」
シュレッゴンは相変らず眠りこくっていた。反省の出来ない奴だ。
ただ今は返って都合が良い。起きぬ様に担いで後方馬車に押し込んだ。
「きゃっ! シュレッゴン君??」
「あれー。カナタさまもこっちー?」
「オイオイ、んで泥まみれなんだ。ふざけんな。コラ」
「全く。シュレッゴン君は呑気だね」
「賑やかいな」
「さっきまでみんな寝てたもん」
「ふふ。流石に狭いですね」
森の霧がもう深くなる頃。
俺達、後方組はすし詰めになりながらトロンペの森を出発した。
「なぁドーラ」
「はい」
「お前、人攫いって知ってるか?」
「馬鹿にしてるかね」
「いや、そうじゃなくて……獣人を狙った人攫いって、珍しいよな」
ドーラは少し考え込み、ぽつりと語る。
「……珍しくも無い。場合によってはな」
「?」
「ココから程ない『ビュントニス帝国』は、他所の国から”獣人”を狙って人攫いをしているという話だ」
「えーなにそれ。こわ」
「噂だよ。連れ去った獣人の魔力で人体実験……もしくは兵隊やスパイとして使い潰しているという話だ」
「でもどうやって攫う?」
「攫いも獣人にやらせれば良い。『ビュントニス』には子供の頃から洗脳され、無感情に働ける獣人がわんさか居るのさ」
「……じゃあさっきの子も……」
「噂だ。滅多な事を吹聴するなよ」
「うわさぁ?? さらわれかけてた子がいたんだよ?!」
「噂だ」
「……なぁ、それってのは、アンシステ代表も知ってるのか?」
「当然だ。彼女はギルド全体の獣人代表だぞ。寧ろ彼女が最も理解している」
俺は前方馬車は気になって仕方がない。
噂の真偽は分からんが、火のない所に煙は立たぬ。代表ならもっと踏み込んだ事も知っているだろう。
少なくとも、今のルペールでは抵抗できない事も分かった。
五体不満足の彼女が、狙われるかと言われれば分からないが……それでも。
もしも俺が、ルペールをトロンペの森から連れ出していなかったら……彼女は今頃攫われていたのかもしれない。
そんな事をふいに考え込んでしまうのだった。
考え……やがて疲れが深くなっていった。
皆の賑やかな会話も心地いい。
ギルドまでもう三時間、俺はとくとくと眠りに落ちて行った。
~~~・・・~~~・・・~~~・・・~~~・・・~~~
夢を見た。
古い昔の出来事と、今の不安事が織り交ざった不思議な夢だ。
俺がまだルペールと共にギルドに居た頃、彼女はまだ小さかった。あの頃は8歳だったか。
幼少の頃にギルドに拾われ、衣食住と共に働き口も与えられ、俺の相棒となった。
俺は、まだ小さな彼女をこき使うのが忍びなかった。
故に冒険と称して遠くの野原まで散歩に行ったり、ダンジョン探索と称してトロンペの森で遊ばせたり、社会勉強だと言って異国に小旅行に連れて行った。
正直、遊んでいる……と言われても仕方がないだろう。
だが俺達は間違いなく絆を育み、ルペールが十五になる頃には皆を見返そうと決意していた。
決意してからは沢山努力もした。
同期に無理行ってクエストに参加し、仕事が終わったら勉学を積み、寝る間も惜しんでトレーニングも行った。
幼少に作られた肉体は、無理のある日々にもしっかりと耐えてくれて、俺は感慨深くもあった。
必ず見返そう。
しかし、その願いは叶わなかった。
俺とルペールはある日、ボー・ガルソンという男、そして彼のバディと共に遠くの異国に出向いた。
隊長は俺、ボーが俺に譲った。カナタ小隊の始動である。
俺は、息巻いていたのだろう。
初めての隊長としてのクエストは、まんまと失敗に終わった。
それも、取り返しのつかない失敗であった。
ボー・ガルソンは即日追放。それ以来あっていない。一方、彼の相棒は現場で姿を暗ました。今では名前さえ思い出せない。
そして俺は、ルペールと共にギルドへ帰還した。
ギルド長は俺を譲歩した。
「ルペールがよく懐いておってなぁ。貴様を追放すれば、自分も辞めるというでな」
俺は理解した。
ボーは、相棒に逃げられたが為に見切られ、俺はそうならなかった。
ルペールのお陰で、俺には猶予ができたのだ……。
しかしギルドの体裁上、事の原因であるルペールに何の制裁もないではならず、彼女はトロンペの森にて数年間隔離される事となった。
ずっとずっと、彼女は森に居続けた。雨の日も風の日も、俺が追い出されてしまわないように。
そうして、約束の十五の日を迎えてしまった。
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ふと目を冷ますと、もうそこはギルドの間近であった。
幾数週間ぶりの帰還。
俺は一人心震えていた。
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