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第50話 車輪廻る

「発車します。揺れにご注意を」


 馬が一歩、二歩。車体が引かれ、車輪が廻る。

 石畳の軽微な段差に揺られ、少しずつ少しずつ前へ。

 閑静な街並みを抜け、川沿いを上流に向かい進む。西へ西へ。


 先には小高い丘があり、さらに先には”トロンペの森”がある。


 そう遠くは無い。さぁいざ行かん。車輪が廻る。重々しい空気を乗せて……。


「……」


「……」


 話せることなど無く恐れ多く。

 不用意に口を開き、なにか言葉を間違えば絞められる、恐ろしい、のだから喋らなければ良い。


 しかし俺は後悔していた。

 なぜ向かい合う様に座ってしまったのか。これではぼっとしていたら目が合ってしまう。


 俺は気が有らずままにシュレッゴンへ目を移す。


「あ?」


「……」


 シュレッゴンには勢いよく睨まれた。

 彼がこうして捕まっているのは、元はと言えば俺のせい。しかし元はと言えばコイツのせい。


 ただアンシステ代表の手前、シュレッゴンの覇気は(ぬる)い。


 しばらく俺達は睨み合った。互いを恨む気持ちは共通である。

 それと、アンシステ代表と話したくないという気持ちまで共通である。


 どうにか互いに代表と目を付けられず、ギルドへと到着する事を待つ。


「どうされました?」


 背筋の伸びる声。

 俺は思わず目を合わせてしまう。慌て視線を戻すがシュレッゴンは明後日の方を見ていた。


「どない、されました?」


「え……いや」


「……シュレッゴンはんは今おとなしゅうしてはりますよ。可愛いらしいやろぉ?」

「っち」

「は、ははは……」


「カナタはんは真面目やなぁ」


「え?」


「ふふ。ともかく見つめ合っとたら外の景色も見られまへんよ? 折角の旅行なんやから」


「旅行っすか……」


 代表は窓の外を眺める。路肩には多少の人だかり。こちらを物珍しそうに見つめている。中には手を振る子供なども居た。

 ただ、外の景色はまだ街中。大して変わった風景でもない。


 だがそれでも代表は外を眺め、小さく手を振っていた。


「えらい人気ですなぁ」


「……馬車が珍しいんすかね……」


「あら。そぉなん?」

「え、えぇ……テルツは基本車か路面電車で……」


「へぇ。物知りさんやなぁ」

「……車は乗られませんでした? 電車とか」


「あはは。乗られへんよ。この街とはもう金輪際なんやし」

「あ、あぁ……」


 アンシステ代表は『SEC』と取引しに来たらしい……。


 内容は”デモリール武器の契約破棄”と”今後ともの取引”……。

 ただ、向こう側としては「デモリールを買わないなら契約しない」。ギルドとしては「デモリールは買わない」。

 そんな流れで結局断絶となった、らしい……。


「『SEC』のお兄さんらホンマに強情っ張りやったんよ。もうややわ~来おへんかった方が良かったんやろか」

「……」


 強情っ張りとは。アンタも似たようなモンさ。争いは同レベルの間でしか云々。


「……カナタはんはどう思いはります?」


「そりゃ、強情っ張りっすよね」


「…………」


「……え?」


「かわええ人ですなぁ。カナタはんも」


「あ……」


 代表は皮肉っぽい人だ。

 何かと言葉に裏がある……。


 のんびり屋さんは仕事が遅い。

 真面目な人は面白くない人。

 そして可愛い人とは、間抜けな人。


 俺は何やら回答を誤ったらしい……。うーうーと項垂(うなだ)れる。


「……あら。そろそろ街から出てまうなぁ」


「あ。ホントっすね……」

「寂しくなりますなぁ」


「……さ、寂しいっす……ね」


「……」

「う」


「ふふ。カナタはんは口がお上手ですなぁ」


「あぁ……はい」


 俺は、このまま数時間……この馬車でやって行けるだろうか……。



 テルツを抜けると丘がよく目に付く。背の低い芝生のような草花が生い茂り、生きる動物たちを支える。

 また流れる川も清らかなり。せせらぎの音も豊かである。

 殺風景とも取れるが、ゴタゴタした街の中よりもずっと空気が澄んで、自然の風が肌に心地よい。


 とんと時間も忘れ外の景色を眺めていた。


 一方、シュレッゴンは暇を持て余しグーガーと寝ている。


「あら。シュレッゴンはん。寝たらあかんよ」


 シュレッゴンの横っ腹に拳が打たれる。

 鈍い音がした。飛び起きるはシュレッゴン。


「な、なんなんだよ……」


「旅行言うたらお茶とお菓子。ほら食べて?」

「……う、うっす」


 彼女の懐から出したるは小さな球……あれが菓子なのか……? クリームは? タルトは?


「お茶菓子言うたら”練り切り”やんな~。お抹茶と合うんよ~」


「……」

「……」


「カナタはんもどーぞ。皆さんとご一緒できて幸せやわ~」


「……」

「……」


 シュレッゴンと目が合う。恐らく心持は同じく……。


 おいシュレッゴン。お前はどう読む。どんな皮肉と取る。

 早く何か言うんだ。俺には勇気が無い。あの菓子を食う勇気も無い。そして黙りこくっておく勇気も無い。


「い、いただきます……」

「行くのか。カナタ。勇気あんな」


「何言うてはるの。シュレッゴンはん」


 余計な事を言ったな。

 シュレッゴンの横っ腹に今度は肘が入る。


 入り処が悪かったらしい。シュレッゴンはあっさりと気絶した。

 俺は恐ろしくなった。


「あぁもう……また後やね」


「……後は俺だ」


 先に眠れたシュレッゴンは(むし)ろ不幸中の幸い。

 俺はこの後どうなるんだろう。


「……カナタはん食べられまへんの? お抹茶、アレルギー?」


「……あ、いや、まず抹茶を知らなくて」


「ホンマに? 美味しいんよ。まずはお菓子から食べてみて」


「あ、あぁ、はぁい……」


 口元に寄る球。川のせせらぎの様な文様が外周に描かれ、ふいに食うのは勿体ないと考える。

 ただしかし、差し出された物。遠慮する訳にはいかない。


 俺は一思いに頬張った。そして球を奥歯で噛み潰す。


 むにと潰れ、ほのかに甘い。

 口の中で粉っぽい。ただ嫌悪感は無く、風味の残る(しと)やかな具合。


 二噛み目。さらに甘さが広がる。

 最初に”ほのかに”など言ったが……これは大分と甘いな……テルツの露店で食った物よりずっとずっと甘い……。


 三噛み目……ふと喉が渇いた。甘さたる故か……。


「はい。どうぞ」


 代表が水筒を差し出す。これは有難い。


 すっと手を伸ばし、しかと受け取る。


 その時、ふいに目が合った……。

 彼女の表情は、予想よりもずっと穏やかだ。

 何時から、あんな表情をしていたのだろう……馬車に乗って以来、彼女の顔をしっかりと見ていなかった。


 もしかしたらずっと、こんな風に穏やかだったのだろうか。


「一気に飲み干したらあきまへんよ? ゆっくりね」


 水筒に軽く口を付け、傾ける。

 中の液体はゆっくりと俺の口へ寄る。


 舌先に触れた時、澄んでいると思った。

 ずずっと飲むと今度は苦みが広がる。コーヒーとは違う、もっと香りの儚い心地だ。


 甘みと苦みが互いを立てる。


 これが茶菓子で、これが抹茶の風味。


 俺は思わず感嘆としていた…………らしい。


「あはは。カナタはん、びっくりし過ぎとちゃいますか? あはは」


「え……変でした?」


「かわいらしかったですよ? ふふふ」


「あ……あはは」


 また、何か間違えたか。俺は。



 その時、蝶が舞って来た。

 車内をウロウロ……花も無いというのに舞っている。


「……この子もかわいらしいなぁ」

「……そうっすね」


「ほら、おいでおいでカナタはーん」

「俺じゃないっすよ」

「ふふ。あ。来たわ。お利口はんやね~」

「……」


「ホンマに、こうしてのんびりできる言うんは、ええ事ですなぁ」


「……代表、普段は籠りっぱなしっすか?」

「そうよ……前のギルド長ん頃は、えらい忙しかったから……」


「……」


「せやから。後ちょっとだけ付き合ってな?」


「……えぇ」


 ニコリと微笑む代表。俺は何時しか畏怖でなく、代表の思い出に付き合う様になっていた……。

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