第47話 1週間後
目が冷めたのは、あの夜からしばらく程過ぎた頃だった。
ベッドの上、意識はまだ朦朧とする。
喉が渇いた。口が生臭い。腹も減っているのだろうが食欲は無い。
目が開きづらい、身体が怠い、ただ呼吸ばかりが深い。
まだ生気は戻っていない。
が、生きている。
視界の端に点滴のスタンド。
部屋を見る限り窓はなく、申し訳程度に淡い証明が焚かれている。
「おい」
「……?」
誰か来た。
俺は慌てて目を閉じる。
今の声はブリッツ。
今の俺は逃げられない。逃げたくても逃げられないのだ……。
俺は、彼女に助けられた。
あわやシュレッゴンに殴殺される寸前、彼女の義手から放たれたレーザーに救われたのだ。
確かに危険な代物であるが、おかげで一命をとりとめたのも事実。
反対していた俺が、まんまと助けられたのは皮肉な話か。
どのような反駁をされるだろう……。
どのような問い詰めをされるだろう……。
しかし彼女と向き合わねばならない。
俺はバツが悪くなって目を閉じ、平生を装う。
「……まだ起きねぇのか。コラ」
「……」
知らぬフリをする。
「……っち」
ブリッツは俺の隣まで来た。
彼女の息遣いが聞こえる。何やらブツブツ言っている。
彼女は椅子を持ってきて、俺のすぐ横に座った。
座らないでくれ。俺は狸寝入りをし続ける。
貧乏ゆすりの衣擦れの音。
床を突く踵のトントンという音。
何をし、何を思っているのか……。
目を閉じていては彼女の顔色も分からない。
「……ったく。呑気な顔しやがって」
呑気な顔はしていない。
いつバレるやら、俺はヒヤヒヤしている。そんな罪悪感、気取られてないなら良いのだが……まったく呑気とはどちらのことだ。
「……まぁちったぁ良くなったってコトだな。へへ」
彼女が、俺の頭を撫でた。
何度も。わしゃわしゃと子か犬を撫でるように……。恥ずかしい。
「……おめぇ起きてるだろ」
まずい。
「おめぇ狸寝入りしてるヒマぁあんなら早く起きやがれや。アイツら心配してたぞ。コラ」
アイツら……ルペールやフェンの顔が浮かぶ。
そうだ。一刻も早くに起きてやらねば……目を、開けねば……。
「……強情野郎が。呼んでくっから腹キメとけや」
そう言ってブリッツは立ち去る。
呼ぶだと。気も知らず、やはり鈍感。
ただ身も起こせない身。
気も回ると言えばそうだ。
俺は何と言おうか、そんな事ばかりグルグル考えて待つ。
あの後の事を聞こうか、彼女らの身の上を聞こうか、皆は無事だったか……。
そういえばルペール、義手と義足を融通してもらっていた……あれをそのまま今後も使う気か……。
そういえばドーラ、あの後結局どうなった。回復したのか。
そうだ……タウダスは……どうなった?
部屋の外で話し声がする。ついに来た。
ルペール、フェン、それと……。
「ブリッツ何て言ってたの?」
「カナタ様のお部屋へと……」
「起きたのかなー??」
「さぁ?」
……アイツ、起きた事伝えなかったな。
どう顔を合わせたら良いか分からないじゃないか。
……寝たふりでもするか。
「どもどもー」
「お邪魔します」
「……」
「……」
「……」
沈黙。俺は目をぱちぱちと開閉する。
しかと目が合う。
「お、起きてるー!!」
ルペール、一声で飛びつく。頭頂部が顎に命中し、衝撃が意識に達した。
おい。こっちは病み上がりだぞ。
ただ、背に回された腕。その感触に息が詰まる。
硬く、冷たい鉄の感覚である。
「ルペール」
「ぷ。あはは! 声へんなのー!」
「の、喉がな……」
「カナタ様……! 安心致しました……」
「お、おう。どんぐらい寝てた」
「1週間ほど……初めの内は息も絶え絶えでしたよ……」
「そうか……」
「ナー様が介抱してくださって……本当に私達共々、どれ程お世話になったか……」
「ナーさん……なぁドーラは……? どうなった?」
「えぇ。ドーラ様もすっかり元気ですよ。ご心配なさらず」
フェンは困った様に微笑む。なぜだ。問いただし過ぎたか。
ルペールも心持同じく、眉をひそめ俺の額をつつく。
「人の心配してる場合~?」
「まぁそうだが……助けてもらったから……」
彼女の義手が目に入る。
あぁそうだ……その事も聴かねば。
「……ん?」
「ルペール……」
彼女の手を握る。少し押してみると僅かに抵抗し、その後素直に間接が曲がる。引いてみると伸びる。
本当の腕の様で、本当の腕で無い。本当にどういう仕組みか……。
「な、なにさ……」
「いや、義手……」
「かっこいいでしょ」
「うーん……痛くないのか?」
「べつにー……」
「ふーん……」
「もう作ってもらったんだから! 取らないでよね!」
「……いやこの際良いさ……助かったし……」
「そ、そうじゃん! レーザー! コレのおかげだったんだから!」
「……おう」
よく見れば脚も有るじゃないか。
本当に1週間かかるとは何だったのか。俺が目を冷ますより完成が先かよ。
……ともかく、ルペールが元気そうで良い。
俺は彼女の手ではなく、身体を抱き寄せた。
腕では、コイツの体温が分からんではないか。
「わ」
俺は、どうやら寝たきりで、すっかり体温が低かったらしい……ルペールの温もりがやけに熱く感じる。抱き締めれば限りなく心が高鳴り、鳥肌が立つようである。
「……生きてんだな……俺らぁ……」
「そ、そりゃそうでしょ! なになに急に……!」
「生きてんだぁ……わぁ……あったけぇ」
「きもー! たすけてー!」
「ふふ。本当にお二人共良かったです」
「いいからたすけろー!」
「えぇ」
ルペールが回収された。
ただ一通り泣けた。満足である。
「なに、ひたってんのさ! びっくりしたぁ……」
「それでもお元気そうですし。ここまで回復なされて」
「……俺穴だらけだったろ」
「えぇ本当に……恐らくタウダス様が……」
「タウダス??」
「は、はい……! カナタ様の中にいらっしゃいますよね……」
「いらっしゃるのか?? 俺の中に……??」
「恐らく……魔力がよく適合しましたから……」
タウダスは、生きてる……?
いや、確証はないぞ……。
くそ、なんでアイツと会話出来ないんだよ……。
「……フェン! 俺に魔力をくれ……!」
「え」
「きっと魔力が足りてないんだ……! 」
「それは危険です……カナタ様は人間です……どんな副作用があることか分かりません……」
「……それでも」
「ダメです! タウダス様の事、確かに心配です……ですがカナタ様が亡くなってはタウダス様も亡くなります……!」
「……そう、だな」
冷静になれ……フェンの言う事その通りだ。
さっきも言ったように俺は病み上がり……事は慎重に……。
魔力は少しづつ供給してもらえば良いじゃないか……。
供給……。
「なぁフェン、お前、どうやって魔力くれたんだ……??」
「え」
「まさかお前……」
「……い、言えるわけないじゃないですか!!」
フェン激昂。
一方のルペールは鬼の様な顔をしている。俺は何をされたのだ。
その時、二人来た。
ブリッツとドーラである。
「んだオメェら。喜びすぎだろ」
「おかしな方達だ」
「ドーラ! …………と、ブリッツ」
「おい。なんで言い淀んだんだ。コラ」
「やぁやぁ」
「……どうした二人して」
ブリッツは改まった。
じっとこちらを見やる。
「オレ、ギルドに入る事にしたわ」
「…………は?」
ブリッツが……ギルドぉ……? やめておけとしか思えない……。
まさかドーラが誘ったか。襲撃までされて、ドーラもギルドに戻る気なのかよ……信じられん。
「それとだねカナタ君……折り入ってご相談を」
「な、なんすか……」
「貴方にも、ギルドに戻って来て欲しいのですよ」
「…………は、はぁ??」
第四章完結です!
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