第45話 共同戦線➁
「アレは爺さんのだ……間違いねぇ」
「やっぱりな」
「……あ、え、ち、違うよね」
「いや、爺さんのだ。撃ってきたろ」
「あ……えっと」
ルペール傷心。”ブリッツのではない”と言っていたのだ。彼女の感情は、ある種裏切られた悲哀に似ている事だろう。
当然、ブリッツに裏切った意識など無いのでカラッとしている訳だが。
「? あんだ? どうした?」
「……い、いやぁ……ちょっとねぇ~……」
「歯切れが悪ぃなぁ。コラ」
「……ところでだがブリッツ。あれの止め方を教えろ」
「……止め方だぁ?」
「あぁ。爺さんのなら知ってんだろ。早く言え」
「釈然としねぇ言い方だが……女子供の危機とあっちゃあ仕方ねぇ……本当に釈然としねぇがな」
「おう」
ブリッツは懐の紙を取り出す。設計図である。設計者はエント・ビッグルング。
「……メイド共の背にぁ、太ぇコードが接続されている。ここからパワーが供給され、動力としているんだ。コラ」
「じゃあそれを引っこ抜きゃあ良いのか」
「あほか。んな事したら壊れちまうだろうが」
「この際いいだろうが!」
「馬鹿野郎! てめぇにぁ、あの”メイドロイド”の精巧さが分からねぇか!」
「確かにすげぇさ……不気味なくらいだ……だが俺の心は痛まん」
「心の問題じゃねぇ。もうアレぁこの世に生み出されねぇんだぞ……!」
ブリッツが凄む。その激昂に不意に押された。
そこへフェンが割って入る。
「あ、あの……」
「あぁん?」
「あぅ……そ、その、他に方法は無いのでしょうか……折衷案と言うか……」
ブリッツはふと考え込む。設計図を睨み、空を見上げ、また図を睨む。
「操縦士をぶっ飛ばしゃあ良い。それならメイドにも傷は入らねぇ」
「その方はどちらに……」
「何処に居るかは知らねぇな。まぁそう離れちゃいねぇぜ」
「……ではその操縦士を探しましょう! メイド様方は機械ですので、匂いも混同しません」
フェンがすくりと立ち上がる。
鼻を動かし、周囲を窺う。
「じゃあそれはフェンに任せよう……ルペールは動けねぇしな……ヌルキも護衛で居て欲しい……」
「めんぼくない」
「お任せあれー」
「んだよ。てめぇも働けや」
「俺は囮だ。ここで大人しくしてるぜ」
「皆様お待ちくださいね……それでは」
フェンが発った。
俺達は待つしか出来ない……。
バランスを崩し、あわや下に転げ落ちぬ事だけ考える。
眼下にはメイドの群衆。彼女らはライフルをリロードし、次の攻撃に備える。
「ねぇ……ブリッツ……」
「あ?」
「……ほ、ホントにメイドって」
「なんべんも言わせんじゃねぇ。爺さんのだっつってんだろ」
ギリっと睨みを利かせるブリッツ。相も変わらず目つきが悪く、ついにその眼光はルペールにまで向けられた。
咄嗟の事でルペールは面喰う。ほれ見た事かと。
しかしルペールは食い下がる。
ブリッツにぐっと寄り、捲し立てる。
「”爺さんの”ってことはさ……ブリッツのではないんだよね……?」
「……ん……んん。まぁそうとも言うな」
「ほ、ほら! ウチの言ってたことは正しかったんだー! あははー」
笑ってる場合か。
それこそば、所有者が誰であれ、俺らは見ての通りの窮地だぞ。
俺は忌避の目を向ける。
その視線、ブリッツに気取られた。彼女もまた睨み返してくる。
「どうせ疑ってたんだろ。オレ等のこと」
「え」
「……っち。白々しいぜ。コラ」
「う、ウチは疑ってないからね! カナタだよ悪いのは!」
「おい」
「……まぁあんなモンばっか作ってたから『SEC』にぁ入れず貧乏暮らし、おめぇ等にも疑われちまうんだからよぉ」
「だ、だから疑ってないんだってば……!」
「……とんだ冥途の土産だぜ。コラ」
「メイド……?」
「……つまんねーこと言うな。おめぇ」
「な!」
「……なぁブリッツ、冥途の土産って……何の話だ?」
「てめぇこの野郎。言わなくたって分かんだろ。話しかけてくんな」
「い、言い方ひどいってば……」
「……爺さんは、死んでんのか?」
「あぁ。ちょいと前にな」
「え」
ブリッツの声色がワントーン下がる。
こちらを睨む気概も、すっかり失せていた。
……俺だってそうだ。今、彼女を捲し立てようとは思えない。
ブリッツがメイドロイドを壊したくねぇってのは……爺さんが死んで、もう精巧なモノが生み出されないからだと、俺は考える。
答えの追及は出来ない。ただ慮る限りである。
「ちょいと昔話をするぜ……爺さんはよぉ、元々『SEC』の職員だった……正確にぁ『SECの前身』……今みてぇに倫理だ何だとうるさくねぇ頃の『SEC』だ」
「……」
「爺さんはその組織で、あの”メイドロイド製造”の班に居た。作ってたのは確かに危険で、戦争にぐらいにしか使えねぇもんだったかもしれねぇ……だが仕方ねぇ。あの頃は戦争に役立つもん以外にぁ補助金が出なかったからよ」
「戦争……だからあんなあぶねぇもんが……」
「おうよ。あの頃の爺さん、班の責任者で結構カッコよかったんだぜ。コラ」
ブリッツの表情が少し綻ぶ。
彼女は、在りし日の高揚を心の中でなぞっていた。
「……だが、戦争が終わって、今度は”倫理”の流行が来やがった。組織は金儲けの為に一新だぜ。爺さんもその余波で追い出されちまった」
「爺さんだって”倫理的”なもの作れば良かったじゃねぇか」
「爺さんを追い出した『SEC』に、もっかい媚びろってのか? どうせまた流行は変わる……んで追い出されるぜ。どうせな」
「そりゃ早計だろ……」
「……科学者は時間が命だぜ。コラ。あれやこれやと手は出せねぇ……なら他人に流されず、今の技術を磨こうって爺さんは決めたんだ」
「……」
俺は長い物には巻かれろの精神だ。正直、そこまで我を通すのは賢いとは思えない……。
ただブリッツは、誉れ高く空を見上げる。
「……爺さんは最高の科学者だ……お陰で最高の殺戮メイドを、あぁやって作っちまったんだがよ」
「あれの所有者、今は誰なんだ……? 普通に考えりゃ爺さん……もしくはお前だろ?」
「『SEC』の奴等だぜ。アイツら、自分達じゃ殺戮兵器なんて研究できねぇから、オレ等を泳がしてやがった……爺さんがぽっくり逝った後にでも、奪っちまおうって魂胆だぜ……ありゃ大したテクノロジーだからよ」
「それで、まんまと奪われた……」
「言い方が気に食わねぇが……まぁそういう事だ。爺さんの変わり身まで用意したのにな……勘付かれちまった。ったく」
しかしどうにも腑に落ちない。
なぜ『SEC』の奴等が俺の命を狙うのか……。
そんな思考を他所に、眼下のメイド共は遂に装填を済ませ、次に俺達が顔を出せば撃ち抜かんと構える。
もう下の様子は覗えない。
「頭、出すんじゃねぇぞ……」
フェンの帰還を待つ。
早く、この屋根に帰って来てくれ。
そうすれば全てが終わる。
その時、屋根が僅かに揺れた。
瓦が割れた音が背後からした。
「フェン……?」
俺ははたと振り返る。
背後に居たのはフェンではない。
「よぉ。カナタぁ~……」
「シュレッゴン……」
彼の前蹴りが俺の腹部を打つ。
バランスを崩す。体重は後ろへ。屋根から落ちる。
「カナタ……!」
宙に投げ出され、みるみる落ちる。
月夜が遠のき、代わりに街道が迫る。メイドの群衆が迫る。
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