第44話 共闘戦線➀
『何じゃ在れは……人間か?』
真夜の街道の路肩の方まで敷き詰められ、泰然とした様子で立ちはだかるは見た事の有るメイドの軍勢である。
記憶が確かであればかの”ビックルング研究所”の二階……。
「ブリッツのじゃない……ブリッツのじゃないからね……!」
ルペールが俺の胸をタップし、囁く。
ただ俺からするとそこは重要でない。
重要なのは、奴等の目的……奴等の両手に握られたライフル銃の使い道についてだ……。
「ねぇカナタ聞いてる……??」
『……聞いてはおる。じゃが今は喋れん』
「かわって!」
『無理じゃ。後ろから追手が来ておる』
喧嘩をしている場合ではない。
眼前の軍勢が構える。
タウダス……――――!
『……えぇい厄介』
魔力を絞る、併せて周囲の気温が著しく下がる。
曇天。夜月が隠れる。天候は吹雪。
猛烈な風と雪がメイドロイドの軍勢を襲った。
僅かに鈍る。しかし臆する事は当然ない。
かのタウダスの猛吹雪が開戦の合図を為し、ライフルの弾幕が張られる。
先程のショットガンなど比にならない程の応戦。
石畳が割れ、舞う雪を散らす。
幾数発が身体の急所に命中し、魔力の流れが乱れた……。
吹雪の勢いが弱まる。
『……此処は退くぞ……』
タウダスがひらりと飛び、すぐ其処の屋根を陣取る。
メイドロイドの弾幕が今度は屋根瓦を削る。
ここは更に退却……”研究所”への最短ルートから外れる。
どこから回るか……慣れぬ夜の街が立ちはだかる。
「ど、どうしよ……」
「他の道にもいるねー。こりゃ死んだかな」
「ヤなこと言わないでよ!」
メイド共は隊列を為し、あらゆる街道を制圧している。駅へも、科学館へも、ホテルへも行けない。
必要最低限なルートを、必要最低限な量のメイドロイドが塞いでいるのだ。
最高の技術力と、最低限の計略。
ギルドの仕業にしちゃあ技術が有り過ぎる……。
科学者の仕業にしちゃあ軍略が有り過ぎる……。
まさか手を組んだか。
俺ら一行を仕留めるのには少々大掛かり。他に目的でもあるのか。
『……オイ。カナタよ。暫し戻るぞ』
「え」
「え」
……え?
『魔力が尽きそうじゃ。これ以上は不味い』
……瞳の熱が失せた。
身体にどっと疲れが……そして腹部に痛烈な痛みが走る。
先程の銃撃での損傷。
タウダスのお陰で傷は浅いが……人間の俺にしてみれば堪えがたい痛みだ……。
「ゴホッ……ゴホッ……」
「か、カナタ……大丈夫??」
「……あ、あぁ……いや、大丈夫ではないんだが……」
「悪魔めぇ! カナタの体で無茶してぇ!」
「……それよりルペール、さっきの話なんだが……」
「?」
「……あのメイド共、ブリッツのじゃないってのは、どうして分かる……?」
ルペールはメイドを改まって見やる。
「だって……多すぎない? ブリッツのとこのなんて、だいたい30かそこらだったでしょ?」
「……まぁそれはそうだが……」
「なんか根拠うすーい」
「うるさいなー!」
「……だが確かに、あんなクオリティのは数体しか無かった……」
もしこの包囲網にブリッツが関わっているのなら、彼女の下へ行くのはかえって危険。
だが、ブリッツではない。
それには信憑性がある……。
まぁそれが分かったからと言って、”研究所”においそれ近付けないんだがな。
今は敵の居ないルートを選ぶしかない……。
……ただ一つ分かった事がある。
奴等に、タウダスの洗脳術が効かない。
あれはロボットだ。
パニックに陥れ、心を奪うタウダスの魔術との相性は最悪……。
そして、もう一つ分かった事がある。
奴等、ロボットなのだから動力源がある。そして命令を出している奴がいる。
戦うべきはメイド共ではない、という話だ……。
そしておおよその位置も分かる。
今俺達は屋根の上……メイド共が何もしてこないという事は、操縦者が俺達を見失ったという事……。
操縦者は屋根より低い位置にいる。
「……ルペール、いっそ大声でフェンを呼んでくれ」
「お。そうじゃん! フェンに運んでもらお!」
「えーあぶなくなーい? 大声出すの。場所バレちゃうよー?」
「構わん。このままココに居たってどうしようもない」
「……呼んでいいの? ダメ?」
「呼べ」
「……すぅー……フェーン!! たすけてー!!」
屋根の下から弾幕が飛んでくる。
瓦がまた弾け、俺達は屋根の内へ内へと追いやられた。
「ほらー言ったじゃーん」
「うるせー。どうせ上がってこれやしねぇんだ。無駄撃ちさせとけ」
タウダス程の跳躍が無ければここまでは至れない。
そんなのロボットみたいな鉄の塊にできる芸当ではあるまい。
弾幕が止む。諦めたか?
俺は荒れた屋根の縁を窺う。
ロボットの足音が寄るのは聞こえる。
何か手は無いかと、下で藻掻いている様だ。
「……?」
ピタリと、鉄の擦れる音が静まる。
静寂が、かえって鼓動を早める。
「来る……」
ルペールが顔を上げた。
つられヌルキも視線を上に。
メイドロイドが一体、宙を舞っていた。
下から放り投げたか、そもそも跳躍力が備わっていたか。屋根よりも高く飛び上がった。
来れたのだ。
そう悟るが手遅れであった。
「カナタ……!」
ルペールの視線が俺へと向く。
彼女の視線と、5.56mmの射線が交差する。
引き金が引かれ、火薬の閃光が目を眩ませた。
「カナタ様!!」
「おらぁ伏せとけ!! コラ!!」
神獣の咆哮が灼熱を帯び轟く。
悲痛な、身の震える様な叫喚である。
「フェン! ブリッツ!」
宙を舞うメイドが焼夷弾の様に炸裂する。
フェンの、”本来の姿”の”鳴撃”に討たれたのだ。
巨大な鉤爪が屋根の瓦を蹴散らす。荒々しく神々しい。
しかしフェンは心遣い、ゆっくり俺達をその巨大な体躯で包み込んだ。安心する場所だ。メイド共のライフル弾も、彼女の体毛にさえ傷を付けられない。
「ご無事ですか……??」
「フェーン! ありがとー!」
「すみません……先程は取り乱してしまい……」
フェンがこちらを見る。俺の瞳を覗き込む。
「な、ナニコレー……ボクびっくりしちゃったよ……」
「ご安心ください。フェンです」
「なかなかイケてんじゃーん」
タウダスが冷やした空気が、瞬く温められ、忽ち深い霧に変わる。テルツの夜は局所的な曇天で濃霧である。
何時しかメイド共は俺達を見失い、ライフルの無駄撃ちさえ止めてしまった。弾切れだったのかもしれない……ただ一先ず助かった。
「……それで、何でブリッツと一緒に居る……?」
「あ」
「そうじゃーんブリッツー!」
「おう」
「助けに来てくれたんだー!」
「おう」
「……ホントかよ」
「あぁん? テメェぶっ飛ばすぞ。コラ」
「まぁまぁ……」
駆け出したフェンと、何処かで合流したのだろう。そして今こうして俺の前に居る……。
「……ブリッツ、お前に聞きてぇことがあんだが……」
「けっ。今更改まりやがって。タコボケが」
「……でもねブリッツ、カナタちょっと変わったんだよ?」
「あ?」
「?」
「カナタね。ブリッツのとこ行こって言ったら、いいよーって言ってくれたんだよ」
「言ってねー」
「そんなことないでしょ! 言ってはなかったかもだけど……でも、行こうとしてたもんねー!」
「……んだよ。ツンデレかよ」
「俺を何に仕立てたいんだ……」
「仲直りしてー!」
「……それは、コイツの”白”が確定してからだ」
「あぁん?」
「お前、下のメイド共のこと、何か知ってんだろ。洗いざらい吐け」
俺の問いに、ブリッツは一息置いた。
しかし存外、切り返しは早かった。
「アレは、オレの爺さんのだ」
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