第43話 夜行
「馬鹿ですかぁ貴方ぁぁぁぁ!!!!」
ドーラがクローゼットへ肘打ちを見舞う。
戸を打つと共に材木の割れる音が響き、その勢いのままにクローゼットが破壊された。
ガスは無色透明。
何処まで充満しているか分からん。
「窓を開けねば……! 開けたら急いで逃げなさい……!」
ドーラの扇動と共にクローゼットを飛び出す。
しかしこれが不味かった。
狙われていた。
銃声が鳴る。
火薬の香りがした。
内臓が震えた。
「ぐぁ…………」
「ドーラ……!」
ドーラの横っ腹が破裂した。衝撃に押され、彼の身体が床を転がる。
「隊長!」
ナーさんが無我の内に駆け寄る。
呼吸が浅い。
即死でない。
そこに目掛けてショットガンの轟音が鳴り響く。
止めを撃った音である。
「うぅ……!」
ナーさんは寸でで避けた。僅かに肩を擦った。
無意識に身を丸め、これが巧かった。
伏す二人。床に血だまりが出来る。
ドーラとナーさんの血が混ざった。
血はゆっくりと、俺に迫り……。
今すぐにでも逃げんとしていた、俺の足元に至った。
心が苦しい。
瀕死の二人に、尚も銃口を向ける奴等が。
彼等に護られたというのに、今にも逃げようとする自分が。
ただ悔しいのだ。
怨念の熱が瞳を炙り、悪魔が顕現する。
『貴様等を殺せばえぇのか……?』
身体に溜まった微かな魔力が、周囲を極限まで凍てつかせる。室内に霜が張り、瞬く間に凍り付く。
吹雪が産まれ、奴等を襲う。
ガスのせいで接近が出来ない。苦肉の策である。
一方ギルドの者共は、必死の応戦と言わんばかりに散弾銃を撃ち続ける。
しかしタウダスの表皮に傷は付かず、無意味な銃声ばかりが響く。
奴等の顔色は血色を失い、引き金を引く指が銃に張り付き、鈍くなる。
とうとう仁王立ちのまま、やがて凍傷と共に奴等は大人しく跪いた。
彼らの瞳は、何時ぞやに見た通り、”赤く”染まっていた。
『其処の者共は妾が心を奪った。もう襲っては来ん』
タウダスの声に呼応して、ナーさんが半身を起こした。
肩の傷は浅い……しかし気がまだ動転しているよう。彼女は俺を見上げる。
「か、カナタ君?」
『えぇい説明が面倒じゃ。好きに解釈せい』
それにしてもタウダス。どうして生かした……折角なら、殺しちまっても良かったんだが……。
暗殺者二名は、尚も呆けた顔で宙を見つめる。
腹立たしい……。
『元より其のつもりじゃったが……妾の今の魔力量では殺しきれなんだ。咄嗟に洗脳に切り替えた迄よ』
……無理は承知だ……。
……ただ、ドーラを撃ち殺した野郎どもが、紛いなりにも生きているというのは釈然としない。
『この男は、死んでおらぬ』
は?
『傷口を凍らせた。出血はこれ以上せん。早う医者にでも診せてやれ』
「わ、私、一応医療従事者です」
『ならば都合が良い。後は頼んだぞ』
おい……。
『この部屋はガス臭くて敵わん。妾は出るでな。女、後は好きにせい』
「は、はい……!」
待てタウダス、一人にする気か? ギルドの追手もあれだけじゃ済まない。きっと増援が来る。
それこそアイツらよりもっと物騒なのが来る筈だ。
『……護衛は先の奴等が遣る。其れよりも離れねば妾達が死ぬぞ』
「馬鹿ですかぁ……貴方ぁ……」
『?』
「た、隊長……?! 喋っちゃ駄目です……!!」
「生きねばぁ……」
ドーラ……。
「ここで死んじゃあ、ギルドはまた繰り返す……ゴホッゴホッ……」
「隊長駄目ですってば……!」
「逸れ者は殺せば良いと……そう思われちゃならんのだ。だから、我々は生きねば。それが最高の復讐劇だろうて」
消え入りそうな声で、それでも伝えたその言葉は、俺をテルツの摩天楼へと後押しする。
眼下には民衆が集まっている。
銃声を聞きつけやって来た野次馬か。ホテルから逃げ出した客達か。
はたまたギルドの刺客共か。
どちらにせよ猶予は無い。急ぎ、ルペール達にも知らせねばならない……。
『はて、何処へ行こうかのぉ』
…………ルペールの所だ。確か3の4号室……。
『先の小便女共か……何処じゃ?』
位置は……左下だ。急いでくれ。
『人遣いが荒いのぉ……しかと神獣の魔力は払って貰うでな』
勢いを付けて飛び降りる。
外壁をなぞり、窓へ。
脚を振りかぶり、勢いのままに蹴破る。
ガラス片が宙へ散り、外界の光を受け鋭く輝く。
「ぎゃー!」
「派手ー」
……おいタウダス気を付けろ。怪我させやがったら許さねぇぞ。
『何じゃ五月蠅いのぉ。どっちが恋仲じゃ?』
「ボクでーす」
「はぁ? ふざけんな!」
『そうか小便の方か。殺してやる』
「え」
やめろ。
『貴様の貞操は護らねばならんからのぉ』
そういえばそんな話してたな……安心しろ、約束果たすまでは下手なことしねぇよ……。
……それにこんな事してる場合じゃねぇ。
何時、次のが来るかも分からねぇんだ……。
ルペールを抱え、ヌルキを抱え、割れた窓から身を乗り出す。
「わーたかすぎー!」
「何処行くんですー?」
『……何処じゃ?』
……安全な場所など心当たりはない。
『テルツ』に詳しいドーラも、今はすっかり伸びている。
まさか『ビックルング研究所』に戻るか……?
あそこにまでギルドの手は回っていないだろう。ただ、あそこはまた別の危険性がある……。
「……カナタ! なんか来てる!」
?
「部屋の前……結構いる!」
「カナタさまがココに来ちゃったから、場所がバレたねー」
それもそうか……。
気持ちが急いてしまった……。
「ねぇカナタ! ブリッツの所、行こうよ!」
……。
「あそこ、ぜったい安全だよ! 牛乳だって、検査だって、なーんにも問題なかったじゃん!」
ルペールの言う事には一理ある。
牛乳にデモリールを混ぜる事だって出来ただろう。
部屋に連れ込んで、その場で殺す事だって出来ただろう。
それでもアイツは純粋に、ただひたすらに発明に愚直だった。
こんな得体の知れない街で、頼れるのは奴しかいない。
『……また妙な女に移ろいよって……ぶち殺しに参るぞ』
「なんか違くなーい?」
勢いをつけ、窓から発つ。
向かいの屋根に乗り、一つ二つと移り、民衆を越える。眼下からワッと声が上がる。
深夜のテルツ街道は、先ほどまでよりも街灯の明かりが弱まり、幾分か見通しが悪い。
頼りにするならば、月光の方がマシな程だ。
上空に気を付けねばならん。スナイパーが恐ろしい。
路肩に気を付けねばならん。急襲が恐ろしい。
行く先に気を付けねばならん。罠が恐ろしい。
しかし留まってもいられない。
タウダス、道案内は任せろ。
『……待て』
……どうした?
『貴様の言う様に進むと厄介なのと鉢合わせる。道を変えろ』
厄介……ギルドの奴等か?
『違う。奴等には生気を感じん』
タウダスが睨む先に、確かに人影が見えた。
見知った面影である。
「わぁー。かわいいメイドさんだー」
「メイド?」
数十人の”メイドロイド”がずらり並び、行く手を阻む。
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