第42話 ルクスリオーズ・ホテル攻防戦
夜道に消えそうなヌルキの背を追う俺とルペール。
一つ気がかりがある。
おいタウダス。
『何じゃ』
お前のままじゃあ話がし辛い。替わってくれ。
『……よく考えてみろ。先程の急襲、実銃であれば死んでおったぞ。このままじゃ』
などと言いつつ、接吻を迫りやすいからだろ。良いから替われ。
『ならん』
……口だけ俺に返すってのは無理なのか?
『これまた器用な事を望むのぉ』
今だって、視覚や聴覚は共有できてるじゃねぇか。それの要領でやってみてくれ。
『……えぇい面倒臭い! 替わってやるからもう黙れ』
瞳の周りの熱さが失せる。話せば分かる奴だ。
そもそも俺の中に留まろうという時も、コイツは何かと物分かりの良い奴だった。
「よし……」
「カナタ?」
「おうただいま」
「えぇ?」
「何してんのー? もうちょっとで着くよー」
ヌルキが向かう先にはホテルが見える。
外壁は少々おんぼろだが、窓には光が灯り、縦に五階、横に十室。余程繁盛しているらしい。
「ドーラは?」
「あそこに泊まってるのだー」
「? ドーラって『テルツ』の出身だろ? 実家とかには泊まんないのか?」
「金持ちなんでしょ?」
「実家は無理だよー。ギルドの奴等が張り込んじゃってるもーん」
「……どこまでも姑息だわ」
ドーラの実家にまで張ってるってのは、ドーラ小隊が俺らと繋がってるのも分かってるってことか。
これはドーラ達まで指名手配……果てに追放にも繋がりかねない。
俺は生きたい。できるだけ平和に。
それでも、”そこまで”は望めない……。
「ヌルキ」
「んー?」
「……これ以上俺達を庇わないでくれ。お前らだってどうなるか……」
「うーん。そーいう話は隊長としてよー」
「……ヌルキ。俺はお前一人だって案じてるんだ……お前一人として案じてるんだよ。ドーラ小隊としてじゃない」
「……カナタさま」
コイツはドーラが俺を護ると言ったらそれに従うのか。それは心が許せない。苦しくって仕方がない。
元々……俺もヌルキもこんなに近くなかった。ただの軽薄な奴と思ってた。
「俺は……雪山の頃にお前を見直してたらしい」
「……調子くずれるなー。やっぱり隊長と話して」
「……」
「カナタさまの部屋は四階の五号室ね。ボクらは別の部屋」
「……俺一人なのか?」
「ギルドの狙いはカナタさまでしょ? 一緒にいたら危ないじゃーん」
「やっぱりお前薄情だ」
「そお?」
コイツはとぼけやがって……。
「ちょっと待って! フェンは??」
「あ」
「あぁ居ないねあの子。どうしたの?」
「逃げちまった」
「なにそれー」
「いやまぁ、タウダスのせいなんだが……」
「心配だよ……! 探そうよ……!」
「うーん。素敵な話だけどさー。今は自分の心配しなよ」
「じゃあヌルキが探してよ!」
「無茶ー。まぁ二人送り届けてからねー。ささ、行きましょ行きましょ」
ヌルキに押されるがままにホテルに入場だ。
ホテルの中に入って、初めに目を引くのは謎の観葉植物。そして豪勢なシャンデリア。絵にかいたような”豪華そうなエントランス”がそこには在った……。
なんだったら豪華そうなエントランスの絵画が、カウンターの奥に引っ掛けてある。
そこでスタッフの一人と目が合った。
彼女は微笑み、小首をかしげた。
俺達が宿泊者でないと瞬く判断したのだろう。スタッフは一流だ。
「何やってんの。こっちー」
ヌルキはスタッフに笑い返し、エレベーターへと向かった。モーターでワイヤーを巻き取る。人が数人乗れる便利な機械だ。
俺はそそくさと彼女の後に続く。
4階へ向かう途中でヌルキは降りる。二人の部屋は3階らしい。
「と、言う事でー、ボクらはここでー」
「……」
「言ったしょー? ボクらは”別の部屋”。さみしー?」
「……いや、ちょっと心配でな」
「大丈夫だって。ボク、一応獣人だから」
「ウチもね」
「手足ないけどね」
「……頼むぞ。ヌルキ」
「……うーい」
「後でねー!」
「おう」
エレベーターの扉が閉まり、再び動き出した。
不意に訪れた独りの時間に、俺は思わず壁に凭れ掛かり、ふっと息を吐く……息がついて出た。
「……俺、一人の方が……」
あなや。
その時4階に着いた。
人が乗ってきたもんで、俺は慌ててすれ違う。
妙に気恥ずかしい……。
平生を装いながら5号室に向かう。
「……ここか」
鍵が無い。
ヌルキめ、渡し損ねたな。やはり信用ならんか。
「か、カナタ君」
「あ」
「ど、どうぞ……早く入ってください……!」
「ナーさん? ここ俺の部屋……」
「ドーラ隊長も居ます……! まずは現状の説明を」
彼女に手を引かれるまま、俺は4の5号室に転がり込んだ。
部屋は大して広くない。一人が荷物を広げれば、足の踏み場が無くなる。ほど狭い。
そんな部屋のベッドに、ドーラは堂々と腰掛ける。
「ドーラ隊長……」
「ドーラ」
「……さて、何から話そうかね」
ドーラもナーさんも外套を脱がず、部屋をうろつく。
そんな具合で忙しなく、ドーラは懐の通信機をベッドに放り投げる。
「……これがどうした」
「シュレッゴンが裏切った」
「はぁ?」
「……何処のタイミングだろうか。君が追放された事を聞きつけ、ギルドに信号を送ったらしい」
「んのやろう……」
「ただ恨む事は出来んよ。彼は、ギルドの基準では”追放者を通告した功労者”だ」
「……まぁ……そうか」
「”倫理”とは見る場所、見る人間によって話が変わる。そういう物だ」
「……嫌な言い方だな……」
「あえてさ」
「で、シュレッゴンは何処まで知ってんだ? ホテル泊のことは?」
「科学展示会でまいた。尾行して来た可能性はある」
「……ここも安全じゃねぇのか」
「そりゃあ何処だって危険さ。ワタシでさえ、君からしたら疑わしい存在だろう」
「……」
「ちょ、ちょっと、隊長……!」
疑わしい。それはそうだ。
特に頭のキレるドーラのことだ。自身が置かれている危険な状況は、容易に想像できている筈だ。
俺を差し出せば、今からでも平和に戻れる。
「だけど、俺は友達だ。お前がそう言ってくれた」
「同感」
その時、ドアベルが鳴る。
リーン。
もう一度鳴る。
リーン。
「どぉも。ルームサービスです」
「あ、あぁ……」
そんな訳がない。
こんな辺境のホテルに、そんな便利なモンがある訳ない。
「ナー君?」
「頼んでる訳ないじゃないですか……!」
「急ぎ、クローゼットに隠れようかね。十分な広さがある……」
そう言い戸を開ける。
急いで入る。戸を閉める。
流石に三人は窮屈だ。
苦しい。
「ルームサービスですよぉ……」
「ルームサービスです」
「ルームサービスです」
「ルームサービス。頼んでる訳ないのかぁ」
ショットガンの、破壊的な銃声が響く。
余韻が心臓を震わせる。
鼓動が加速する。
ひと蹴りと共にドアが抉じ開けられた。
金属のドアが、床に伏す無力な音がした。
散乱した金属を踏みしめる、細かい音がする。
二人入って来た。
クローゼットの戸の隙間、微かに見える。
物言わぬ暗殺者が、”カセットガスボンベ”を放った。
スプレー缶のような円柱型の物。
カランと空虚な音を鳴らし、床を転がる。
何だアレは……。
窮屈な視線で缶を追う。
そうしてついに、転がる缶はクローゼットの細い隙間からは見えなくなった。
その代わり、男の影が見える。奴はクローゼットの前で立ち尽くす。
気付かれている。
しかし戸は開けてこない。
そいつはただクローゼットの取っ手にスッと木材を差し込み、施錠した。
そうして、奴等は帰って行った。
「何だったんだ……」
「何か見えるかね……?」
「……スプレー缶みたいのが。今、噴き出した……」
「……”デモリールガス”でしょうか?」
「デモリールガス?」
「……魔力の循環を破壊するガスだ。人体には無害。ただ魔力を持つ生物は浴びただけで死に至る」
「あぁ……」
「幸いここには人間しかいない……奴等、先に獣人を始末し、制圧する寸法だったのだろう」
「あ、あの……」
「?」
「俺、中にタウダスが……あの、魔力、あるんだけど……」
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