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第4話 一目散にトロンペの森

 鍵の施錠がガチャリと音を立て外される。


「私が調べる。君は外で待っていろ」


 知らない女の声がする。”知らない”というのは当然のように思えるかもしれないが、ギルドの奴等は性格はどうであれ元同僚。よほど影の薄い奴か所属の違う奴以外は把握しているつもりだ。


「……カナタ様、こちらへ」


 襟元をグッと引っ張られ、俺は後方に倒れ込む。フェンだ。彼女もいつの間にやら起きていたらしい。


「フェン、アイツらの狙いは俺だ……お前だけでも逃げ……」

「できません。それに、案ずる必要もないのです」


 フェンの身体が、徐々に熱を帯び始めた。俺を掴む手が熱い。


「ど、どうした?」

「私はこれより、”元の姿”に戻ります。その際、強烈な熱と凄まじい風圧を伴います故、お気をつけください」

「も、元の姿……? 気を付けろって……」


「私のドレスの切れ端を纏ってください。熱を抑止することが出来ます」

「……ま、纏わなくちゃだめか?」

「ふふ。首に巻くだけでも構いません。さぁ早く」


 獣人の元の姿……? そんな事、聞いた事がないが……とはいえ、窮地である事も間違いない。今は言われるがままにドレスを首に巻き付けるのだ。


「では参りましょう。かの刺客を振り切り、夜明けが訪れる前にはトロンペの森に到着します」


 フェンは天井を見上げ、咆哮を轟かせる。

 ひりつく様な衝撃と、圧力を感じる力強い風が、納屋の中を駆け巡る。用具や藁が巻き上げられ、最後には納屋そのものが崩壊した。



「なんだ?? この地鳴りは……!!」


 先程、納屋へと進行してきた女は忽ち臨戦態勢である。

 腰に携えた剣に手を掛け、”元の姿”に変貌したフェンを睨みつける。


 フェンは、銀色の狼へと変貌した。

 月夜の薄明りを反射する毛並みは美しく、恐怖とは違う、品位にも似た威圧感を放つのだ。俺は彼女の背に乗り、狼狽える人々を見下ろす。

 ギルドの奴等は”デモリールの棍棒”を振り上げ、まるで原始人が巨大な獲物に襲い掛かる様そのもののようにさえ見えた。何とも滑稽で無様である。


「ルー・ガル―?? いや、それよりももっと巨大な……皆の者、油断するな!!!!」


 油断しないからどうこうなる、というものではない。それ程に力の差は歴然だ。

 魔力を持つ魔獣に対し特効性のある”デモリールの棍棒”であっても、結局は使用者の実力に左右される。触れれば勝てるが、触れられぬ程の実力差があれば意味など無い。


「し、死ねぇぇぇ!!」


 内の1人が無策にも襲い掛かる。この勇気に応える様に、フェンは轟轟しい咆哮を浴びせる。

 地鳴りがする。周囲は強烈な熱で所々に火が付いた。どうやら咆哮にまで熱がこもっているらしい。

 俺は首に巻き付けたドレスの切れ端を力強く握る。


「ぎやぁぁぁっ!!!!」


「おい何をしている……!! 前線は我々”獣人”に任せ、さがっていろ……!!」


 こいつら即席の小隊だろう。連携がまるでなってない。

 さぁフェン。軽く蹴散らそう。


 そんな事を思ったのだが、フェンは明後日の方へ駆け出した。


「逃げるのか……? 確かに多勢に無勢だが……必ず追って来るぞ」


「足止めはしました。数日は不可能でしょう」

「お前しゃべれるのか」

「えぇもちろん」


 足止めとは。フェンの姿を見て怖気づくだろうということか。そんなに簡単に諦めるだろうか。ギルドメンバーは、性格の終わっている奴が多いが、魔獣と遭遇する機会自体は多い手練れだぞ。


「かの銀狼を追うぞ!! 人間は馬に乗り我々の後に続け……!!」

「お、おう……いや待て! なんか来るぞ……!」


 ギルドの奴等は、存外すぐには追ってこない。何をもたついているのか気になって後ろを見やる。


「なんだあれ……ドラゴン?」


 ”レユニオンの丘”の向こうの方から、(おびただ)しい量のドラゴンが出現する。陸竜と呼ばれる小さな羽と大きな体躯(たいく)が特徴の魔獣だ。奴らは飛べない代わりに陸上の歩行スピードが異常に速い。


「なんで陸竜がこんな所に居るんだ……?!」


「……私が咆哮で呼びました。彼らが足止めしてくれるでしょう」

「呼んだ……??」

「はい。ですが安心してください。襲いはしません……ただ三日三晩牧場を囲み、逃走も追従も許さないだけです。その後は大人しく帰って行きます」

「あぁそうなの……」


 なんとも器用な話だ。かの陸竜にそんな事ができるのか。甚だ疑問だが……奴等の行く末を案じられるほど、俺たちは余裕などない。


「し、シオンどうすんだよ……!! こんな量の陸竜……全滅しちまうぞ……!!」

「怯むな!! 牧場の者達を護れ!!」



 それから小一時間ほど走って、遂に丘を越えた。まだ暗闇の深い時間帯だが、森の輪郭はうっすら見える。


「フェン、見えたぞ」

「はい。あの森の中にさえ入れば、きっと先程の方達も追って来れませんね」


「……どうだろうな」


 ”トロンペの森”は、複数のギルドが共同で管理する”地域(ダンジョン)”である。そうしたギルドの内の一つが、元々俺が所属していたギルドである。まだブラックリストの話が到達していないとはいえ、決して安全な場所ではない。少なくとも永住できる様な環境ではない。


 フェンに頼んで、もっと遠くへ運んで貰うのもアリだろう。彼女なら、頼めば二つ返事で運んでくれだろう。そんな事は分かり切っている。

 分かり切っているからこそ、俺は頼むことが(はばか)られた。


「カナタ様、一度人型に戻ります……この姿では森の中へ器用に入っていけませんので」

「あ、あぁ……そうだな」


 もうすぐ夜が明ける。

 朝方のトロンペは霧が濃く、”惑いの森”の装いを際立たせるのだ。手練れのギルドメンバーでも、決して分け入ろうとはしない。ギルドで仕事をするのなら、気を付けるべきは魔獣よりも大自然である。



「カナタ様……しばらくお休みをいただいてもよろしいでしょうか……」

「あぁもちろんだ。本当にここまでありがとうな」

「いえいえ。あの時助けていただいたのですから……それに私も楽しいです」

「……なら良かったが……」


 フェンは森に少し入った所で、すっと眠りについた。”元の姿”というやつが余程体力に影響したらしく、遂に力尽きたのだ。

 森まで来たら別れようと思っていたが、彼女が目覚めるまでは傍に居てやろう。


「それにしても大変な事になっちまったな……」


 部隊異動……解雇でせいぜいと思っていたが、まさか追放されるとは。フェンとの出会いが無ければ、トロンペへの道中にさっきの剣持ちの女に捕らえられていただろう。いやもっと手前の馬車の時点で酷い目にあっていただろう。


 ……腹が減ったな。缶詰の残りでも食おう。今こうして食い物をかき込めるのだって生きているからできるのだ。今はまだそれ以上でも、それ以下でもないが、生きているのならまぁ良し。生きたいのならなお良し。



 さて、俺がこんな森にまで来たのは、そもそも人がギリギリ住める環境であるためだ。それが第一の理由である。

 しかしこれ以上の理由がある。昔の(よしみ)が、この森に棲んでいるのだ。知らない土地で知らない人間関係では生きにくい。だから俺はココを選んだのだ。


「どこに居るんだろうなー」


 まずは()()を探すところか、話しはそれからだ。

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