第39話 ロボロマンス
部屋の奥は、玄関の暗闇道よりもよほど散らかっていた……。ここから溢れた分がそこの廊下に溢れ出ていたのだろう。火事にならねぇのか。
そんな俺の案じた気持ちを知ってか知らずか、ブリッツはガラクタを蹴散らした。
それは発明品ではないのか。爆発しねぇのか。俺は余計に案じた。
「まぁまぁ座ってくれや」
「ウチこのままでいいよー」
「おう。牛乳でも飲みな」
「わーい」
「いただきます」
「……」
差し出されたるは牛乳……遊び心のない無機質なグラスに注がれ、おまけの菓子もなく。咄嗟に用意してくれた具合が読み取れる。
あまりにも敵意の無いもんだ。むしろ疑う。睡眠薬でも入ってんのか……?
「丁度ミルクが欲しかったところでした」
「そこでタルトたべたもんねー」
「おうそうか。高かったろ」
「カナタ高かった?」
「……ん、まぁ」
「お。おめぇが払ったか。男だな。コラ」
「……」
ニッと笑う。
あまりに敵意がない。俺は疑う。
「いただきまーす」
「あ。おい、出されたもんを急に飲むのは……」
「無礼でしょうか」
「いやそうじゃなくてな……」
ルペールが一気に飲み干す……よりによってお前が飲むのか。
しかし身体に変化は現れず。
「ど、どうだルペール……?」
「うまいー。でも味うすくない?」
「無礼だな。コラ」
ルペールのこの反応。まさか神経毒……!
「お、お前なんか入れたんじゃないだろうな……!」
「水で薄めてっからな」
「……」
「ウチぁ貧乏なんだよ。皆まで言わせんなコラ」
俺は……疑うのが申し訳なくなった。
しかしあんな話を聞いておいて、簡単に敵意を捨てることも出来ん。ここは一旦積極的に行ってみよう。大切な相棒を任せる訳だからな。
「……それで、ブリッツ。義手義足の話なんだが……」
「おぉ! そうだったな! まずぁ具合を見ねぇとな」
「よろしくー!」
ブリッツは採寸に入る。
ルペールの残った腕の筋肉。欠損の仕方。位置、長さ、断面。
カウンセリングを経てソケットとか言うのを作るらしい。医学、科学の事についてはよくわからん。正誤の判断のしようもない。
これが人体実験でないと言われても、よくわからないのだ……。
それにこれは……相当な時間が掛かる事なのではないか。
俺達は完成まで、ギルドに近いこの街に居続けなければならない訳で、工程は手短に済ませて欲しいところだが……。
「なぁブリッツ。おおよそどれくらいで完成すんだ?」
「ん。1週間だぜ」
「おぉ……早い、のか?」
「早いなんてもんじゃねぇぞコラ。舐めんじゃねぇぜ」
「ふーん。なんでそんな早いのー?」
「そりゃおめぇ。人様には言えねぇよ」
「こわーい」
「……」
こ、こいつ言葉を濁しやがった……一体どんな非道な実験を繰り返して来やがったんだ……それはもう、公言も憚られる話な訳だ。
「お前、やっぱりとんでもねぇ奴だろ……」
「へへへ。当たり前だろ! オレは天才技師で……」
「ち、違ぇよ! 俺はお前を……」
「はぁ? 違わねぇっての! オレぁ紛れもねぇ……」
「そういう意味じゃねぇ……! 俺は疑ってんだ……!!」
「疑う……?」
「あ」
勢い余った。
「……疑うだとぉ……??」
ブリッツの瞳がギラリと光る。そうして俺を睨みつけるのだ。
まずい事を言った。
まして疑念を抱く相手に向かってだ……。
「い、いや」
「だ・か・らー! オレが天才だってのは、事実だっつってんだろ!!」
「……だ、だから違うって…………いやいい。お前は天才だ」
「? おう!」
どんだけてめぇに自信があんだ……。
まぁ良い。これ以上深く探って疑われてもかなわねぇ。
ブリッツはすっかり水に流してルペールの採寸に戻る。
その手つきは慣れている……ように見える。
人道、非人道に関わらず、実験を繰り返してきたというのは本当なのだろう。
「どうー?」
「……左腕と左脚は関節が残ってる……こっちは期待してくれ」
「み、右手と左足は……どうなるのでしょう……?」
「完全に自然な動きにゃ戻らんだろうよ。お前どっち利きだ」
「右ぃ……どうしても無理?」
「無理だな。科学者は神じゃねぇ」
ブリッツはそう言ってすくりと立ち上がる。
そうして踵を返して俺に向き直る。
「な、なんだよ……急に」
「てめぇ、まだ疑ってんだろ」
「あ……いや、だからお前は天才だって……」
「違ぇ。オレがマトモな仕事しねぇって、思ってんだろ」
「は?」
「お望みなら見せてやるよ。オレの仕事場。生娘にゃあ見せられんねぇがな」
生唾を飲み込まずにはいられない。
俺は臆した。しかし奴の目はただただ冷淡にこちらを覗き込む。
「おいクンペー」
「ハイ。何デショウ。コラ」
「ルペールを頼むぜ。データも一応取っとけや」
「了解シマシタ」
「おう。そんじゃあついて来い」
「…………あぁ。フェン、お前も頼んだ」
「は、はい……」
「いってらっしゃーい」
ルペールは呑気に手を振る。
俺もまた小さく振り返すが、心ここに無い。
そうして足取り重く部屋の奥へ向かう。
仕事場というのは二階にあるらしい。
「こっちだぜ」
「んでこんな奥まった所に……」
「爺さん足がワリィから上がって来ねぇんだよ」
そう言いながら急な階段を上る。
確かにこれは、爺さんにはちとキツイだろう。当然車椅子のルペールも、ロングスカートのフェンも簡単には来れない。
助けは来れない。
「……まずは俺からってか……」
「おめぇ……隠しもしなくなったな。コラ」
「……今のは正直冗談だ……すまん」
「けっ。おめぇの目つき、まだ疑ってるぜ。クソが」
「もともとこういう目つきだよ……」
「おぉそいつはぁすまねぇな。ほら着いたぜ」
ブリッツの前には鉄の扉。
そこには”立ち入り禁止”と看板が引っ掛けてある。これ見よがしにネオンが彩り目に悪い。
「なんだこの看板は……」
「見たら分かんだろ。まぁあのジジイは見ても入ってくるがな。コラ」
「じゃあ外しちまえ」
「こいつもオレの発明品だ。使ってやらねぇと可哀想だろうが」
鉄の扉が開く。
中から光が漏れ、それは紫。
継続的で規則的なモーター音が鳴り、金属の擦る音が併せて響く。
中には何が待ち受けるというのか。
俺はもうとっくに死体を数える準備が出来ていた。
が、違う。
それよりもっと業の深い光景だ。
律儀にメイドが30人。部屋の両端に分かれてずらり並んでいた。
「「「「「お帰りなさいませ。お嬢様」」」」」
「……は?」
「人造人間だぜ。コラ」
大小様々。クオリティも様々で、さっきのロボみてぇなのも居れば、人間だと見紛う程の奴もいる。
……正直、狂気を感じた。
「……」
「オラ、引いてんなよ。とっとと入れや」
「い、いやだ……怖ぇ」
「怖くねぇってのを証明するっつってんだ! 早よしろ!」
部屋の中へと蹴り込まれ、俺はメイドの間に転ばされる。
俺を見下ろすメイドの冷酷な視線は、やけにリアルで、しかし生気はない。本当の死体みてぇだ……。
「……な、なんで全員メイドなんだ……しかも女」
「爺さんが女体の作り方しか教えてくんなかったんだよ。しょうがねぇだろ。コラ」
「……爺さんもこんなのなのか」
「生娘にゃ見せらんねぇだろ」
「俺にも見せるなよ」
メイドは尚も冷酷に俺を凝視する。
ココに居るといつか気がおかしくなっちまう……。
ただ分かったこともある。
コイツは人造人間さえ生み出せる。
腕やら脚やら作るのも、お手の物という訳だ……。
技術だけならば信用しても問題はないだろう。
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