第38話 ビックルング研究所
石畳の道を進め。頼りはブリッツの住所と活版の地図ばかりである。
不慣れな土地の不慣れな内は楽しんだもんがちだ。
俺達は街角を曲がり、街角を曲がり……特徴的な時計塔を見つけた。
これを目印にもう少し奥に行けば……。
「わぁ……」
フェンが足を止め、すっと顔を上げる。
橋よりも家よりも大きく長い長針が、丁度に時を刻む。これを追いかけ短針も傾く。
鐘楼の音が鳴る。カァンという透き通った響き。思わず聞き入る。
俺達の視線は次に、踊るカラクリ仕掛けの装飾や人形に惹かれた。
彼らは音に合わせている。
「……もう12時だな」
「あ。そうですね」
「お腹すいたかもー」
「あぁ。何か買ってくか」
目に付いたのは露店販売。
並ぶはクリームの乗ったタルトである。甘い香りで凭れる。
ただルペールは気に入ったようで涎を垂らす。
今にも無い脚で駆け出しそうだ。そんな横顔を眺める。
するとルペールと目が合った。
「……あれにしとくか」
「うん!」
「トッピングも様々あるようですね。楽しみです」
フェンが足早に車椅子を押して行った。
俺も慌てて後を追う。
「どれがいいでしょう……」
「悩むね」
「半分こしましょうね」
「お前天才かよ」
「ありがとうございます」
「……高ぇな」
値段はずいぶん観光地価格……ぼったくりとも見紛う度合いだ。
一口大のを一個買うなら、地元のレストランで満足いく飯が食えてしまう。
財布の紐が開かねぇ。
「カナタ―。さくらんぼが良いよー」
「私はラズベリーが良いです」
「……」
「カナタもたべる?」
「いや、俺はいい。腹いっぱいだ」
「えー」
「一口だけでもいかがですか?」
「お。いいじゃーん」
「カナタ様も折角ですからね」
「じゃあ……ありがとな」
買ったのはテルツで定番のメレンゲが用いられた『ホワイトチョコレートムース』という菓子らしい。
格別な甘さと果肉の酸味が程よく混ざる。タルトの香ばしさも相まって喉が渇くぜ。
歯ごたえは固めのヨーグルト程。舌触りが良い。
「うめー」
「おいしですねー」
俺がルペールの口に運ぶ。
飲み込むなり口を開け乞う。餌やり。
「もうちょっとでつくの?」
「そうだな。時計塔のトコ曲がりゃすぐだ」
ブリッツの名刺。裏に書き込まれているは”ビックルング研究所”……ブリッツ研究所ではないのか。本当にここで合ってるのか。
……まぁ押し付けて来たのはあの人だ。間違ってたらばブリッツのせいである。
「……よし。そろそろ行くか」
時計塔の角を曲がると、やけに人通りの少ない道に出た。いや入った。
建物と建物の間隔は狭く、陰が濃い。
汚い道。割れた石畳。虫が多くてマトモじゃない。そこに社会性はない。
正直進みたくはないが、そうも言ってられん。
「こっち?」
「あぁ……椅子は通れるか?」
「大丈夫です」
「よしゃ、進むぞ」
この時、俺はドーラの言葉が脳裏をちらつく。
『SEC』に加盟してなければ信用できん……と。
確かにこんな、街の端の方に追いやられた機械技師なんてのは……信用できるものだろうか。
いや逆に考えるんだ。
こんな郊外に在るのにだ。細々やれてるってことは、腕は確かという事だろう。
結局マイナーどころはピンとキリ。詳しく話を問いたださねば。
一件一件看板を眺め、住所を確かめ。
ついに至った。
「ここだな……ビックルング研究所ってのは」
「ビックルングー? ブリッツじゃないの?」
「研究所自体は爺さんのなんだろうな。まぁ住所は合ってたって訳だ」
俺はドアベルを鳴らす。
さぁ鬼が出るか蛇が出るか。彼女が出るか爺さんが出るか……。
「御用デショウカ」
「……」
「……御用デショウカ。コラ」
ロボが出た。
「ぎゃー! なんじゃこりゃー!」
「ひ、人?? 新人類です……!」
「お、落ち着け……! 敵意は……たぶん無い」
「敵意ハアリマセン。疑ッテンノカ、コラ」
「いや喧嘩腰だけど……!? やんのかコラ!!」
「よ、よせよせ人ん家だ」
「……ソレ見セロ」
「あ? あ」
ロボは俺へ手を伸ばす。何が狙いか身構える。
ただ言った通り敵意はなく、俺の握りしめた名刺を回収する。
「認証こーど確認中……ピピピ」
「ぴぴぴ?」
「読ミ込ンデル感ヲ出シテンダヨ。察シロ。コラ」
「なんだこいつ」
「……何ダ。オ客サンカ。コラ。ツイテ来イ。オラ」
ロボはキャタピラ回して家へ引っ込んで行った。玄関の物全部踏み越えていく。全部ぺちゃんこだ。躾がなってないな。
「カナタ様……行きましょう」
「ごーごー!」
「……あ、あぁ」
室内は薄暗い。足元なんて何も見えない。
何か踏んだ。でもまぁロボも踏んでたし……大した物じゃないんだろう。
足もとばかりに意識を取られていると、顔に蜘蛛の巣が絡んだ。
くすぐったい感覚。ぞっとする。
「何だこの家」
「汚すぎ……ホントにブリッツの家なの?」
「後でお掃除しましょう」
「……アイツどこ行ったぁ……?」
微かな光とキャタピラの擦れる音を頼りに、俺たちは進む。
「クンペーさっきの誰だった?」
「ぶりっつ。客人ダゼ。コラ」
ブリッツの声がした。ロボの声も。
やはりここで住所は合ってたか。
……こんな屋内では、余計に心配になるが……そうか、ココか…………。
「コレデ研究ガ出来ルゼ。コラ」
……研究……?
「客の前では静かにしてろよ。ったく」
……研究だと?
心がざわつく。ざわついて仕方がない。
思わず歩みが止まる。
「……カナタ? どうしたの?」
「……やっぱり止めよう。引き返せ」
「なんでよー。ココまで来たのにさ」
「良いから……急げ」
ドーラの言っていた事、もっとよく聞けば良かった。
それならこんな本拠地まで乗り込む事も無かった。
『SEC』に加盟していない奴は、何処か根本的に問題があるのだ。
俺は科学者って奴を侮っていた……。
フェンの背を押し、後へさがる。
ノブに手を掛け直ちに立ち去る。
……??
「ど、どうされましたカナタ様?」
「もー何なのさー」
「あ、開かねぇ……」
何度も捻り、何度も押し、引く。しかしびくともしねぇ……。
まるで壁を押してるみてぇだ。
なんだってこんなに頑丈にしてんだよ……。
「オートロックって奴だぜ。そいつぁ」
背後にブリッツが立っていた。
部屋の奥からの光を背に受け、表情に影が落ちる。
「コソコソしてんな。そういうのは嫌いなんだよオレぁ」
「ブリッツー! 来たよー!」
「おうおう。サイコーだなお前ら」
フェンはブリッツの方へ駆け寄った。
俺はその背に手を伸ばす……だがブリッツの眼光に制止された。
「おめぇはそこで何やってんだ。早く来い」
「あ、あぁ……」
「……っち。足元気を付けやがれ。怪我すんぞ」
「ブリッツやさしー」
「う、うるせぇな。黙ってついて来い。コラ」
ブリッツは二人を連れ部屋の奥へ……。
俺の選択肢は無い……。
胸騒ぎを殺せないままである。
「……あ」
天井の隅に赤い点を見つける。
作動ランプ。センサー。ともかく不気味にこちらを覗いている様だ。
よく見れば廊下の奥に幾つもある。
見られている。
そう思わずにはいられなかった。
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