第37話 SEC
「つ・い・たー! 長旅すぎぃー!!」
到着し、狭い扉をくぐる。
先に広がるのは巨大な駅。パイプが剥き出しの壁、天井。ステンドグラスで彩られ、外からの光を受ける。
多くの機関車が終着し、そこからもゾロゾロと人が降りて来る。
ここは『テルツ』、科学とスチームパンクの街。
「天井たけー! 鉄くさー!」
「ルペール様暴れちゃ駄目ですよ」
「……ブリッツ達、何処行った?」
「はぐれてしまいましたね……でも先程の住所に伺えば会えますよ」
「そうだな……」
人の流れは左へ向かう。俺達も一先ずあちらへ進もう。初めての土地は身を任せるべきだ。
「ヌルキ、居るか?」
「はいはーい」
「ナーさんは……結局戻ってこなかったな……」
「まーしっかり者だし大丈夫でしょー」
「……元はと言えばお前が漏らしたから……」
「元はと言えば君が首絞めたからじゃなーい??」
「ちが……あれはタウダスがだな……」
「見苦しい喧嘩しないの! 早くいこー」
フェンに続き人の波に乗る。ゾロゾロと調和の取れた人々……どうやら慣れていないのは俺達だけらしい。郷に入っては郷に従えと。
彼らの背の先には光が見える。街が見える。外が、見えた。
駅の前には川が通っていた。自然な物ではない、水路と言うべきか。空の色よりやや碧に寄っている。
街並みは決して近代的でない。背の高い建物は無い。
素焼き瓦の屋根、コンクリートの壁、格子の入り組んだ窓は女児のドールハウスのようにさえ見える。
まるで俺達が小さくなっちまったみたいだ。少々メルヘンか。
「思ったよりも御伽の国だな」
「ね。もっとロボットとかいると思った」
「ロボットなら居る」
「!」
「おぉドーラ、ナーさん、シュレッゴン」
背後に立つはドーラ小隊のこりの3人。
これで全員合流である。
「ロボットなら居る」
「ほんとー! 見たいんだけどー!」
「その前に”車椅子”だ。いつまでも抱えていては不便だろう。使いたまえ」
「お。ナイス―!」
これは便利な物だ。
フェンにずっと抱えておいてもらうのも忍びなかったところだ。
「で? ロボットってのは?」
「……あぁ。ただ、お前らは見れんだろうな。厳重に展示してある」
「えー!」
「科学展示会にはギルド職員が警備に派遣されているのさ」
「じゃあいちいち教えんな!」
ドーラは少し悲しい顔をした。
「……なぁドーラ、義手義足の話なんだがよ」
「えぇなんでしょう」
「実はさっきブリッツって人が見繕ってくれるって話になったんだよ」
「ほぉ」
「都合よければそこで受けようと思うんだが……どうだ」
「その方、『SEC』に加盟されている方かね?」
「……え?」
「『SEC』。サイエンティフィック・エシックス・コミニティ……科学倫理委員会の意です」
「むず」
「難しくはない。要は科学開発に倫理性が伴っているかを客観的基準で精査する組合でな……」
「むずいって」
「……『SEC』に加盟していない科学者は信用ならんという事だ。客観的モラルが欠如してる可能性が高い」
『SEC』……ブリッツはそんな話はしてこなかったな……。
不利な情報は開示しないこと。有利な情報は開示すること。マーケティングの基本だ。
ブリッツがあえてこの話をしなかったのなら、それは怪しい。
「今、『SEC』の話していました?」
「……え」
「今、『SEC』の話してましたよね?」
初老の男性が十数人、俺たちの後ろに連なっていた。皆一様に白衣を纏っている。そして髪が薄く小太りばかりだ。そして張り付いたような笑顔を見せる。よく言えば愛想がいい。
この通り、判で押した様な見た目である……。
「だ、誰ですか……?」
「旅のお方ですよねぇ。ようこそテルツへ」
「なにかお困りの際にはぜひ『SEC認定書』もしくは『SEC認定マーク』を目印に」
「よきテルツ旅行となられる事を祈っておりますぞ」
白衣の集団は去って行く。彼らの向かう先は右。奥には巨大な建物が在った。
建物の額には『SEC』と刻銘が為されていた。
「……なんだったんだよ、アイツら」
「ご覧の通り『SEC』の構成員……ないし職員だろう。ああやって『SEC』の者は誇りをもって自分語りをする」
「嫌な性格だな」
「……それよりもブリッツという者、あんな具合だったか?」
「いや全然。『SEC』については何も……」
「なら加盟はしてないのだろう。ソイツは信用ならん」
「いや、でもそんな悪い奴には見えなかったしよぉ……」
「大切なルペール君が不良品を掴まされるかもしれんのだぞ」
確かにそれは避けたい……。
もし何か、四肢欠損以上のことがルペールに降りかかったなら、俺は後悔し切れない。
「じゃ、じゃあ誰を頼るよ」
「当然『SEC』の科学者だ。ワタシがいくつでも口を利いてやる。ほらついて来い」
そりゃそうなるか。しかしさっきみたいな不気味な人達に義手、義足を作ってもらうのか……。
何だか気は進まないな……。
それにブリッツとの約束も断つことになる……余計に気が進まない。
「カナター?」
「ん……どうした」
「ブリッツんとこ行かないのー?」
「あぁ……ドーラがナシだってよ」
「えー! 可哀想だよ! あんなに喜んでたのに……!」
「……そうだよな……俺も気ぃ進まねぇ」
「じゃあブリッツんとこ行こ―よ」
「だがなぁ、『SEC』に加盟してねぇ奴は信用なんねぇんだとよ」
「そんなの関係ないよ! 約束したんだもん!」
「つってもお前、上等なもんの方がお前も良いんじゃねぇのか?」
「だから関係ないってば! ウチはブリッツに作ってもらいたいの!」
ルペールはそう凄んだ。
当人のための義手、義足。彼女の意見を尊重するのが優先だろう……。
少なくともルペールがブリッツを望むなら、俺の懸念は一つ二つと取り除かれる訳だ。
「と、いう事で俺たちはブリッツを頼ろうと思う」
「んな……正気かお前達……」
「ブリッツと約束したんだもん! それ以外なーい!」
「もう一度よく考えたまえ……そもそも『SEC』の歴史は遥か産業革命の時代にさかのぼり……」
「うるせー!」
「……」
ドーラには悪いが、結局、意思決定者はルペールである……うるさいは言い過ぎだがな。
落ち込むドーラ、彼に駆け寄るはナーさん。
「ドーラ隊長、元気出してください」
「ワタシは……ただ親切心で……」
「すまん。ナーさん」
「い、いえいえ。ドーラ隊長はこの街の出身なので、ちょっと熱くなっちゃただけで……気にしないでください」
「あ、あぁ」
「あの、隊長は私達が付き添うので、ぜひ、そのブリッツさんの所へ」
「悪いな……よろしく頼む」
「よーし! じゃあゴーゴー!」
「カナタ様参りましょう」
「おう。あんまはしゃぐなよ」
ドーラ小隊とはしばし別れ、俺たちは下町に潜っていく。
ここからは久方ぶりの三人旅となった。
「あ。でもワンチャンさ、ギルドの奴等いるかも」
「できるだけ大通りは避けるか。幸いブリッツの家は中心街じゃねぇ」
「もしもの時は私もいます。ご安心を」
「ありがとな」
人だかりを抜け、俺たちは水路の流れに沿う様に歩いて行くのだった。
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