第35話 車内販売サービス
蒸気機関車が唸り声のような汽笛を鳴らす。
敵地へと突進するような痛快な走りで、瞬く間に雪景色を置き去りにする。
遥かなる霊峰はますます遠のき、遂にムオタの村が何処にあるかさえ分からぬ所までやって来た。
長い旅路が続く。
故に座椅子が硬すぎる事が気になるのだ。
切り株に座っているのか如く、クッション性なんて何もない。どうやら古い車両らしいが……これは本当に乗り物か。貨物列車じゃないのか。
「……おーいルペール、大丈夫か?」
「うーん!」
「フェンは?」
「大丈夫でーす!」
声色は晴れやかか……心配はなさそうだ。まだとんと見えない『テルツ』を空想し、車窓から景色を眺める。
そう言えばドーラ達は何処行った。アイツらも今頃尻を痛めているのだろうか。景色を眺めているのだろうか。
「ねーなんで離れて座ってんのー!」
「一緒に景色見ませんかー?」
「……それもそうか」
俺は激しく揺れる車内を、椅子の背もたれを頼りにしながら立ち上がった。
軋む廊下。その先にもう一人立っていた。
「……ん?」
「どぉも。車内販売サービスです」
「あ、あぁ……」
車両の向こうから人がやって来た。
手にするはワゴン車。
わざわざこんな人の少ないタイミングで申し訳ないな。そもそも俺らは金が無い。
「何か御用ですかぁ?」
「あ、いえ」
「そうですかぁ」
俺は道を開け、軽く会釈し、見送る。
彼もまた会釈し過ぎて行った。
「あーウチ飲み物ほしかったー!」
「おいおい……金ないって」
「お金ならあるよー。さっきナーに貰ったんだからね!」
「……金の借りは早めに返せよ」
「はーい。それより買って来てー! 喉乾いちゃったし」
「私もおねがいします」
「……ルペールはジュースな。フェンは?」
「んー……珈琲を」
俺は預かった金を握りしめ、直ちにワゴンを追う。
こんな事、お使い以来だな。
車両を跨ぎ、奥へ奥へ追う。
強く踏みしめる度、軋む音と沈み込む感覚を味わう。
もう大分奥まで行ってしまったらしい……。
もう一つ奥へ追う。
追う。追う。
そしてとうとう見つけた。
ただワゴン車しかない。
「はぁ……? 何処行った……?」
駅員の姿が見当たらない。
流石に金を置いて物を持っていく訳にもいかねぇし……どうしたものかと。
「……待つしかねぇか」
にしてもこんな不用心なことするかね、普通。他に乗客が居ないとはいえ……。
まぁ、きっと何かあって離れているだけで、すぐに戻って来るだろう。
俺は高を括りその場で立って待つ。
車内の揺れは激しい。バランスを取るのだって難しい。
それだけ力強く野を駆ける。
過ぎ去る景色に勿体なさを覚えつつも、次の瞬間のその景色が楽しみでたまらない。
ただいつまでここに居るのか……。
車両は長いトンネルに入った……。辺りは薄暗い。電灯が切れかけだ。
トンネルを抜けるまでは待つか。
ルペール達だってとっくに待ちくたびれているだろ……。
その時、窓が一枚開いているのに気付いた。
トンネルに入ったなら窓を閉めよ。常識である。なんせ黒煙や煤が車内に流れ込んでくるからな……。
……。
「誰が開けた?」
他に乗客は居ない。
換気の為……いや違う、俺達が乗り込んだ車両は閉じ切っていた。
……他に乗客が居るのだろう。
そう考えればおかしくもない。一人の乗客と一人のスタッフが、何かあって居なくなっただけ。
それよりルペール達の所へ戻ろう。
あの車両、窓をほとんど開けていた。フェン一人で閉めて回るのは大変だろうて。
長い来た道を戻る。
この時、車内に煤臭さが漂ってくる。やはり苦労しているのか。急がねば。
「フェーン! 大丈夫か」
「か、カナタ様! ケホッケホッ……手伝って頂けると……」
「おぉ……!」
「たすけてー。くるしすぎー」
頭がガンガンと痛む。ふらりと足が踊り、車内の揺れに余計に足を捕られる。
こんな事している場合でない。ともかく窓を閉めろ。これ以上の流入は避けねば。
「コホッ……け、煙たいですね……」
「早く換気したいんだがな……」
体勢を低くし、ただ暗闇の先を待つ。
喉がみるみる枯れる。黒煙を吸い過ぎたか……。布で慌てて口を覆う。
「……一先ず車両を移すか」
こんな煙たい車両に居られるか。俺たちは直ちに移動した。
俺がさっき行った方には、若干煤臭さが至っていたもんで、さっきのとは逆方向に進む。
「あれ? そういえばジュースは?」
「あぁ、それがスタッフが居なくってよ……買えんかったわ」
「えー!!」
「そう言われてもな……」
「仕方ないですよ」
「ぶー……」
隣の車両。
そこにはナーさんとヌルキが居た。
「あら。御三方」
「あれー? なんで真っ黒なのー?」
「色々あったんだ。気にするな。それより売り子のスタッフ見てねぇか」
「知らないよー。服触んないでねー」
「離れて座るから。気にすんな」
見渡したところ異常はない……。煤臭さもない……。
さて、こんな俺の心持も知らず、二人は贅沢にも弁当を抱えている。
どうやら二人はワゴンからの購入に成功したらしい……羨ましい。ただ、手は付けていない。
「あれ、それ食べないの? ダイエット?」
「まーねー。なんか変な匂いしたからさー。やっぱいいやーって」
「ウチは太っててもいいと思うけど」
「話通じないのーおまえ」
「獣人の嗅覚は信用なりますから……一応」
「……流石に毒なんて入ってないと思うけどな……ワゴンから買ったんだろ?」
「そうなんですけどね。本当に一応」
「……なんかさーコレ、めっちゃ臭いんだよね。”デモリール”の匂いがすんのー」
「……は?」
「デモリール?」
デモリール……魔力の循環を破壊する木材。魔力を持つ物が触れると、原子ごと破壊する代物。
ギルドにて重宝されており、棍棒や枷、罠なんかに利用されている。
目的は一つ。獣人対策。
非力な人間が、獣人と対等になる為の素材である。
「なんでそんなもん入ってんの? ウチら殺す気?」
「……なら、少なくとも獣人は嗅ぐのも止めた方が良いな」
「デモリールって食えんの?」
「気合があれば」
「た、食べ物じゃありませんよ?」
「……まぁ弁当に入れた成分が、たまたまの化学反応で、たまたま”デモリール”に似ちまった可能性もある……」
「そうですね。ただ悪意の可能性もある……街に着いたら検査しなくちゃ」
そうだ。俺達が今から到達するのは”科学の街”。
調査にはこれ以上ない場所だ。
これが偶然か。
それとも故意による犯行か……。
「……もしかしたら、”ギルド”の奴等が」
不意に口をついて出た。
これにヌルキが鋭敏に反応した。腹を探る鋭い目つきを向けて来る。
「えー? 何でそこでギルドなのさー」
「あ……いやほら、デモリールっつったらギルドくらいしか……」
「でも、私達がギルドに狙われる理由なんてありませんよ……」
「あ、あぁ、それは……」
二人は、俺の追放の件を知らない。
当然困惑する。
しかし、俺には白状することなど……。
「教えてよーカナタさまー。ボクなんて実際死にかけたんだからさ。ね」
言葉を間違えれば、かえって不信感を深める。
俺はそう判断し、すべてを正直に語ることにしたのだった……。
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