第34話 『テルツ』行き蒸気機関車
「科学の街ぃ……?」
「このルオットゥトから大分と南下した所にあるのさ。非常に豊かな自然の中で作られる最高峰の精密機械の数々……君に適した物もきっと作れるさ」
「おぉ……! まじ! 手ぇ動くようになる?! 脚も?!」
「なる。ただ治る訳じゃないがね」
心強い話だ。
ルペールだって何時までもこの状態じゃ不便すぎる。
「……ただ、気になるのは場所だぜ、ドーラ……」
「えぇ」
「まさか、『テルツ』じゃないだろ……?」
「当然『テルツ』だ。それ以外どこなんだい」
……バツが悪い。
なにせ『テルツ』はギルドの本拠地に近いのだ……。んな所に行ったら、いつ追手が来るやら。あいつらプロシェンヌにさえ来やがったんだぞ。
「……君が心配しているのはギルドの事だろう。追放されてるからね」
「そうだ……わざわざ近づくなんて」
「安心したまえ。本部は選挙の真っ最中。数週間はろくに動いてこないさ」
「……」
「とはいえ不安だろう。そこでワタシ達がお供しようと言うのだよ」
「お! まじぃ??」
「先程、救助要請を出したんだがね。忙しいと言って断ったんだあのクソギルド。どうせ通り道だ、こちらは問題ない」
「……心強い、が」
「もー! カナタさー! ”こうい”は受け取らないと!」
「でもよぉ……」
「君とワタシ達が、仲間とバレたら我々も巻き添えを喰らう……そう、心配しているだろ」
「……良いのかよ。危険な旅だのに……」
「だからと言って見捨てられん。それにタダで死ぬ玉かね我々が。此度もこうして生き抜いた」
「ね! カナタ! 大丈夫だって!」
「ルペール……」
「うんうん。それにさ、ウチもずっとお世話してもらっちゃ悪いもん」
ドーラの厚意。ルペールの人生。これとギルドの脅威を見比べる。
それとドーラが言う様に、奴等はしばらく動けない。『テルツ産の義手、義足』なんて逸品、手に入れるなら今が狙い目か……。
「よし分かった! だがギルドの奴等が来たら俺を差し出せよ! 囮になるからな!」
「本当に面倒だな。この人は」
「まーこういう奴だからさ」
テルツへの旅路は蒸気機関車が速い。この村の遥か南に駅があり、そこから乗って下って行くのだ。
問題はその駅までどう行くかだ。
「それならば、村のトナカイゾリを出しましょう」
村長が気を利かせてくれる。
「だいぶ遠いですけど、大丈夫ですかね」
「ほっほっほ。問題ありませんよ。さぁ乗りなさいな」
逞しいトナカイが数頭、ソリを引く。速さは大したことがないと言うが、当然歩くより速い。スタミナだって比にゃならん。有難い限りだ。
「ドーラたいちょー。ボクらも出発―?」
「えぇ間もなく。支度しといてください」
「救助は待たねぇのかよ」
「彼らが末端を優先すると思いますか?」
「クソが」
ドーラ隊の面々も順次乗り込む。
追放された時は、まさかこんな大所帯になるとは思わなかったな……。そんな風に噛み締めながら、俺はルペールを抱える。
ただ、あの子が目に付いた。
「……悪い、フェン、ルペール頼むわ」
「え」
「あ、はい……カナタ様?」
「ムオタ連れて来る」
俺達を囲む民衆。彼らの脚の隙に彼女が居た。横には尾を振るベアナも居る。
俺が駆け寄ると、パッと隠れてしまったが、また窺う様にこちらを見た。
切なく眉をひそめる。
「ムオタ」
「うぅ……カナタさん」
「ホント、ありがとな。そもそも君が、川から助けてくんなきゃ俺ら死んでたからよ」
「……そ、そんなの当然なこと、しただけだべ! それに、ほめるならベアナもだべ」
「あぁ。ありがとベアナ」
二人の頭を撫でる。
ムオタは照れながら笑う。ベアナはワンと快活に吠える。
「にへへ……」
「……皆にもお別れ言いに行こうぜ。ほら」
「あ」
彼女の手を引きソリに寄る。
まず迎えたのはフェンだ。ムオタをそっと抱き締め、二度三度と頬を合わせた。
フェンは彼女を抱え、ルペールの隣に置く。二人は抱擁する。ムオタは彼女の腕を、脚を撫で、先の幸せを願った。
隣のソリへ。ナーさん、ヌルキも抱き締めた。
ドーラとは軽く握手。その後、互いに会釈した。最後はシュレッゴン、コイツには一瞬竦んだが、シュレッゴンの方から頭を撫でた。
「俺にだけ対応ちげぇじゃねぇか!」
「しょうがないってー。怖すぎるもん」
「みなさーん! お元気で―!!」
村人たちの別れの声、ムオタの別れの声、ベアナの遠吠えに精一杯、手を振り返す。
そうして、とうとう見えなくなるまで手を振り続けたのだった。
雪の道を進む。風を切る。顔が冷たくて堪らない。
道も整備しているとは言えない。ガタンガタンと縦に揺れ、腰やら背中が滅茶苦茶だ。
とはいえ景色はいいもんだ。
南下するほど、少しづつ緑が多くなって、雪解けの霜が微かに光り続ける。そして澄んだ空気がこれを邪魔しない。
本当に顔が張り裂けそうなこと以外、文句は無い。
「ほーれ、もうそろそろですよ」
ソリの操縦士は村の方。
雪が薄くなる頃にそんなことを言う。
「ありがとうございました」
「いえいえ。ほんの恩返しですよ。悪魔退治のね」
村の方は微笑むと、道の先の先を指さす。
そこには微かに建物が見えた。蒸気機関車の停車駅である。
「駅でチケット買いなさいね。金はある? 文字は読めるかね」
「ご心配無用です」
「本当に何から何までありがとうございます」
「おう。それじゃあ達者でね」
俺達は荷物をまとめ、久方ぶりの地面を踏んだ。まだ浅い雪はあれど、凍ってる訳ではない。
むしろぬかるんで転げないように必死である。
「歩幅は小さく、ゆっくり歩きなさい」
「手に荷物は持つなよ。転んだ時、手を使えねぇからよ」
「重心にも意識を向けましょう。大事なのはバランスです」
「もしあれだったら荷物は俺が持つが」
「うるせぇーなーてめぇ等!!」
「うるさいんだけどーコイツ等!!」
「ま、まぁまぁ御二方も心配なさってくれてるんですし……」
「それに医学的にも軽傷は侮れませんよ……」
「そうですよ」
「そうだぜ」
「もーボクこのチームヤなんだけどー……!!」
駅までの道のりはほど遠くない。
トボトボと、俺たちは歩いた。
ふとついて来てるかと後ろを振り向く。
俺達一行の過ぎた跡には、色とりどりの足跡が残っていた。
駅には人はほとんどいない。
当然だろう。都心からこっちに来る人間なんていやしない。
故に機関車も日に数本しかない。
「お乗りの方はお早く―」
駅員がそういう。間もなく出発するらしい。
俺達は不躾に飛び乗った。もちろん皆急ぎ足である。
「はぁ……はぁ……まさか走るとは……」
「もーあっつー! 服脱ぐわ」
車内は風通しが悪く、蒸し返すような暑さである。
寒冷地行きの為、窓が閉め切られている……。
「ちょっと窓開けましょうか……」
「さんせー」
皆は思い思いの席を取る。乗客は俺達くらいだ。悠々自適である。
フェンとルペールはすぐそこ。ルペールを窓側に座らせる。
ヌルキは先頭車両に行った。ナーさんもついていく。ドーラもだ。
シュレッゴンは……何処行った? まぁいい。乗り込めてはいるだろう。
かくいう俺も窓側の席を陣取る。
ルペールに目の届くくらいの位置。一人でぽつりと座った。
その時、何の気なしに駅の乗降場を眺めた。
人影がある。ただ、駅員ではない。身なりが違う。シュレッゴンでもない。背格好が違う。
ならば誰だ。
彼はコチラに背を向けていた。
車両に背を向けていたのだ。
今、降りたのか?
こんな駅で?
そんな風に思った頃には機関車は走り出した。
結局その人影が何なのか。とうとう分からぬままだった……。
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