第31話 覚悟
『妾は、元々神獣じゃった……』
滔々と語るは悪魔……。彼女はムオタの頭を撫でる。
『……知っておるか、神獣は純潔でない者と交わると肉体が滅びるんじゃ……』
「はぁ?? 何それ。呪いじゃん」
『呪い……そうじゃな。そうかも知れぬ』
「で? どこぞのオッサンとセイコーして、ムオタ産んだってわけー?」
『身籠った時点で身体の崩壊は始まっておった……しかし妾は魔力によって無理やり回復し続けた。此の子を産むためにのぉ……十月十日……耐えに耐えたが、産まれる頃に魔力が尽きた』
「それで肉体が完全に崩壊した……」
『幸い産まれる迄は生きておった……じゃが妾は気掛かりでな……村の者が、此の子を護ってくれるかと……じゃから妾はベアナを操り、護らせた』
「……? 失礼ですが、旦那様は……?」
『死んだ』
「あ……す、すみません……」
『構わん。もう受け入れた……ただ心残りが有るのも事実……此の子を、抱き締めたかった……その為に神獣の魔力が必要だったんじゃ。自分の身体を復活させる為の魔力が必要だったんじゃ……』
話の全容が分かった。
肉体の無い者が、どうにか復活するには、洗脳だとか、遭難誘導だとか、そんな事をせざるを得なかった……。選べる手段が少ない。そういう事だろう。
『いつ意識まで消えてしまうか分からぬ……其れ迄にと、妾は必死に神獣を探した。そんな時にこの男を見つけたのじゃ』
俺か。
それは理解できる。ただ、ルペールのこともあって、どうにもやるせない。
ただ、当然、同情もしている。
どうにか、元通りにしてやりたい。
フェンさえ目覚めれば魔力を分けてやる事も出来る。勿論、フェンの負担にならない程度に留めることは前提だ。
ならばまず、フェンへの洗脳を解いて欲しい……他の奴等もだ。
『……約束は護るか?』
当然である。
『……良かろう。その代わり、貴様の中には留まり続けるぞ。依り代が無くては消えてしまうやも知れん』
良いだろう。一旦解いてくれ。フェンとは俺が話を付ける。
『……』
瞳の熱が収まる。
そして、懐かしい声が聞こえた。
「あれ……ココは、何処でしょう……」
「……フェン!」
俺は一目散に駆け寄った。
彼女は困惑した様子で俺を見つめる。
「いっだぁーーーい!!」
次に声を上げたのはルペールであった。
俺とフェンはビクリと跳ね上がる。
「あ、あ、あ、ルペール……そうだこいつ壊死してんだ……」
「ルペール様?? ひどい怪我……」
「う、腕、動かないんだけどー!! てかココどこよー?!」
「大変……! 皆さん、処置を開始しますのでご協力を……!!」
「もー起きた途端うるさー」
起きて早々のフェンと、ナーさんが、慌てて処置を開始する。
ルペールすまん。
ただ、治療して、動けるようにしてしまっては、悪魔が暴れ出す恐れがあってだな……今まで放置していたのだ。
そんな弁明もできぬまま、俺たちは邪魔者扱いされるように家の外へ追い出された。
「ヌルキちゃんは手伝って」
「うーい」
「お前、医学なんて分かんのか?」
「一応ナーの相棒だからねー。絶対助けるからさ。まかせてー」
気が気でない。
ルペール、どうか死ぬな。
『おい。神獣の魔力はどうなった』
「ルペールの治療が先だ。ちょっと待て」
『……なら妾と変われ。ムオタを撫でたいぞ』
それから数時間。
ナーさん、ヌルキ、フェンの決死の手術が続いた。
この村、この家、設備など当然整っていない。頼りは二人の技術とフェンの魔力だけである。
どうか、どうかと願う。
何も出来ぬ自分が歯がゆい。
刻々と待つ。その頃、ドーラが目を覚ました。
「……はぁ……はぁ……わ、ワタシは何を……」
『よぉ。目が醒めたか』
「…………ひぃ! そ、その目、その声……あ、悪魔!!」
『悪魔と呼ぶな。殺すぞ』
「ひぃ……やっぱり悪魔……」
おい悪魔代われ。お前だと話がややこしい。
『悪魔と呼ぶな。妾は”タウダス”じゃ。知っておろう』
お前の名前だったのか。
分かった。早く変わってくれ。
『タウダスと呼べ』
……タウダス、代われ。
『仕方ないのぉ……ではムオタ、またの』
「あ。何処かに行くだべか……おっかさん……」
『おぉ! 今、”おっかさん”と……もう一度呼んでみろ』
早く代われ……。
『急かすな……全く……』
「なにを一体独り言を……?? それより君! そいつは危ないぞ! 操られてる……!」
「い、いやだべ……! この人はジブンのおっかさんだ……!」
「……ドーラ隊長。俺です」
「……?? か、カナタ君?」
「お久しぶりです。何から話せばいいやら……」
「……いえ、概ね検討は尽きますよ……」
「?」
「こんな雪国の村に、ワタシと貴方が居る。これは本意ではない筈……つまり互いに遭難したのだろう……第一、ワタシの最後の記憶は吹雪の中だ。間違いない!」
「……まぁだいたい合ってるか……」
「そうでしょう。そうでしょう。やはりワタシは聡明だ。むふふ」
「聡明な奴は悪魔に憑かれんと思いますけど」
「そ、それを言うな!」
まぁ特に目立った怪我もない。
強いて挙げるなら指先の凍傷だろうが。本人も気にしている素振りはない。とはいえ後で手当てしてあげて欲しいものだ。
「……それよりカナタ君。君に聞きたいことがあったんだ」
「はい?」
「ルペールは、どうだね?」
「あぁ……今、治療してもらってて」
「治療? 何かあったのかね」
「まぁ……氷点下の湖に飛び込んじゃって四肢が……」
「? なんの話だ? ワタシが聴いたのは、”王族殺し”の一件だ」
「……」
「君がこうして遠征しているという事は、彼女の処分も決まったのだろ? 解雇か? 処刑か? それとも相棒解消か?」
「勇退です」
「辞めたのか……じゃあ君は一人かね?」
「いえ、一緒に旅はしてます」
「?」
「……もしかしてですけど、ドーラ隊長、俺が”追放”された事、知らねぇんすか?」
「つ、追放?? 知らぬな。遭難してたからな……」
「……じゃあナーさんも、ヌルキも知らないのか」
「だろうね。そして”追放の件”は、二人には言わない方が良いよ。きっと冷たく当たられる」
「……ですよね」
「しかしワタシは構わない! 例え君が犯罪者であっても、ワタシは君の友達だ……!!」
「……助かります」
俺達は固く握手する。
この通り、ドーラ隊長は変人だ。
しかしそれに救われる事も多い。だから隊長の器なのだ。悪魔に洗脳されたりはするが。
さらに小一時間。遂に戸が開いた。
そこには暗い顔をしたナーさんが立っている。
「ルペールさんの、手術が終わりました」
嫌な予感がした。
重い腰を上げ、ゆっくりと部屋へ入る。
ベッドの上、スースーと眠るルペール。
麻酔を受け、眠っている様だ。
「……最善は尽くしました。これ以上、悪化する事は無いでしょう。ただ……」
ルペールの掛布団を捲る。
短くなった腕、脚。
ルペールは、壊死した箇所を切除した。
傷口は無い。フェンの魔力によって塞いだ様だ。
彼女の丸くなった腕の先に触れ、心がただ苦しくなる。
俺の為に、フェンの為に。
どうしてこうなった。
この時ばかりは悪魔を恨む。
そうせねば何とも前を向けなかったのだ。
「四肢の切除はルペールさんの意思でした」
「……え」
「カナタくんの傍に居たいと……仰っていました。応急処置をして、都市に戻れば、もっと十分な治療が受けられると、そう伝えたのですが……」
「あぁ……そう、ですか……そうですか」
「すみません。勝手に伝えちゃって……」
「いえ、コイツは自分じゃ言わんでしょうから。ともかく、生きてるなら良かった」
穏やかに眠るルペールを、俺は覆う様に抱きしめた。
あれほど泣いたのは、きっとこの時が初めてだっただろう。
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