第28話 頂上決戦
山にまた少し近づいた。そしてまた少し雪の勢いが増す。
そしてヌルキが付いて来る。
「ホントに悪魔いるんすか?」
「……本人に聞いたんだ……居るだろ」
「えー? なんすかそれ。胡散臭いなー」
「じゃあ、それ以外に何信じりゃいいんだよ」
「……たしかにね」
「付いて来るんなら黙って来い……」
ヌルキは信用ならん奴だ……そもそも堂々俺を裏切ったじゃないか……。
ただ、そんな奴が”通信機”目当てに協力しようと言う。なんともヌルキらしいというか、薄情者らしい発想で、かえって信頼できる。
それに人手は要り用だ。獣人ならば尚更。
「カナタさまー」
「……なんだ」
「”悪魔退治”ってー、ボクらだけなんすか?」
「……そうだが」
「えー不安! ルペールは? 居ないの?」
「居る訳ねぇだろ」
「えー……あ、そっか。ルペールってば”謹慎”してたんでしたっけ? 王族ぶっ殺して」
「…………」
「居てくれたら余裕だったのになー。カナタさまだけじゃなー。死にに行くみたいなもんだー」
「……勝機ならある」
「お」
「俺の目を見ろ。どうだ」
「……? ピンクっすね」
「この状態は、”悪魔”に憑かれかけた、半々の状態だ」
「うぇーこわっ! ボクのこと殺す気っすか??」
「違う。たださっきよりも力が漲ってる……悪魔にだって対抗出来うるぞ」
「おー。じゃあ足手まといではないんすね。了解っす」
まぁ悪魔本体の実力は分かっていない。想定よりずっと強い可能性がある。というか十中八九そうだ。
シュレッゴンを伸した力……あれこそが悪魔の力……ならば本体はシュレッゴンよりずっと強い。
中途半端に意識の残った俺じゃあ……勝てるかどうか。
「あぁちょっとちょっと! 目、戻ってってるっすよ!」
「え」
「なんすか。どういう仕組みっすか? 知んないすけど、しっかりしてくださーい!」
「……仕組みは分かってる。これは俺の興奮度だ」
「え。なんかえっち」
「違う。殺すぞ」
「あ。目が赤くなったっす」
「赤は不味い……良いか、利口に聴いてくれ。”タウダスの悪魔”はパニックになった生物を洗脳する能力を持ってる」
「それホントの話っすか?」
「ナーさんが言ってた。ただ諸説にすぎん」
「ふーん。まぁナーが言ってるなら合ってそうじゃない?」
「……話を戻すぞ。つまりだな、パニックになったら目が赤くなるんだ」
「はいはい」
「冷静さを欠けば、目が赤に近づく。具合を調整すればピンクで留まる。ピンクなら奴に乗っ取られず、奴の力を扱える」
「おー完璧な妄想ですね」
「推理と言え。実際、今俺はマトモだろ」
「まぁそうですけど」
力を使えるなら対抗の糸口も掴めよう。
この頃には、もう山の麓まで至っていた。
「足元気を付けろよ」
「やさしー」
「ココで落っこちられても困るわ」
「なるほどね」
山は見掛け以上に険しい。
足場があると、信じて踏み込んだ場所が突然に崩れる。バランスまで崩れて両膝を着く。新雪か。
「あぶねぇ……」
勢い余って転がり落ちるところだ……。
「ちょっとーそっちだってヤバそうじゃないっすかー!」
「お前の為に先陣切ってるんだろうが……! いいから俺の足跡踏んで来い……!」
「ストップストップ! 赤! 赤!」
「……っち」
落ち着かねばな。俺が乗っ取られても本末転倒……。
決戦を前にして、かえって冷静さを求められるというのは……どうにも調子を崩される。
「戻れー……戻れよー……目よ戻れ……」
「……あ。カナタさまー!」
「……うるせー……戻してんだ俺はぁ……」
「あ、あぶねっすよ! 前! 来てる!」
ビュウッと強い風が吹く。
礫のような雹がまとめて襲い掛かって来るのだ。
雪に埋もれた傾斜では、とてもじゃないが踏ん張りが利かない。
これほどの吹雪、俺は知っている。
「ヌルキ! なんか腹立つこと言え!!」
「はぇ? む、むず!」
「速くしろ……!! もう来るぞ」
「ばかカナター」
「もっとマシなの言いやがれ……!!」
しかしこれでさえ、俺の心をざわつかせるに十分であった。
頬に脈動を感じる。
瞳に熱を感じる。
俺の桃色の瞳が前に向き直った。
眼前、暗闇――――そして白銀の鋭い牙。
俺は咄嗟に腕で盾を作る。
「あぁ……!!」
腕に牙が食い込む。
根元までだ。隙間から血が溢れる。
指先に悪寒が走る。
このままでは食い千切られる。
この時、判断を迷っている場合ではなかった。
喰い付いた犬を、地面へと叩きつける。
無理やりに腕を振るったせいか。余計に肉が抉れた。血も噴き出す。
「放せ……!! おいコラ……!!」
犬は腕を噛み直す。何度も。何度もだ。顎を”磨り粉木”のように。器用に。
ただこれのせいで、ベアナの口内に俺の血が溜まり、ゴホッゴホッと噎せた。
この隙を狙い腕を引き剥がせる。
「こんの……」
「ちょ、カナタさま大丈夫っすかー?? そいつボクがやりますよ!」
「いぃや駄目だ……コイツが”ベアナ”だ」
「べあな?」
「……ともかく殺しちゃ駄目だ……」
”悪魔”の野郎……俺が戦いにくいのを差し向けて来やがった……。
そうだ。俺はコイツに、ベアナに手荒な真似は出来ない。
「もー! ただでさえ戦闘で役立たんのですから、手加減しないで欲しいんすけど!」
「……すまん」
「しおらし! らしくな! 気持ち悪!」
「……ともかく頂上へ急ごう。やはりココに居る」
刺客まで送ってきたのだ。それにこの吹雪。悪魔の言葉に嘘は無かった。
「腕、大丈夫なんすか?」
「……言ってる場合じゃないだろ……それに」
猛吹雪の暗闇の中、奥に更なる人影を見つける。
中肉中背。街を歩けば一人二人だって居そうな出で立ち。
だからこそ、この雪山なんかに居るのがおかしくってしょうがない。
「あ。ドーラ隊長だ」
「気を付けろよ。アイツもとっくに洗脳されてる……」
「あはは。知ってっるすよ……うんざりするくらいね」
これまた、やりにくい相手を選んできやがる。悪魔の所以がよくわかる。
一方のドーラはぼーっと俺達を見下ろしていた。
近づくでもなく。離れるでもなく。
ただ彼の赤い瞳だけが戦々恐々としているばかりだ。
「ヌルキ、足元気を付けろよ」
「わかってるすよ……わ!」
言った傍から……。
ヌルキはその場に転んだ。
ただそれは彼女のせいではない。
そして雪のせいでもない。
彼女の脚、脛の辺りに、ベアナが喰らい付いていた。
「いったぁ……!!」
「ヌルキ! ソイツに怪我さすなよ!」
「はぁ……?? ボクとどっちが大事なのさ……!」
「仕方ねぇな……」
ベアナを羽交い絞めにし引き剝がさねば……!
しかし咬合力が強すぎる。無理に剝がそうとすればヌルキの肉が削れていった。
「あぁ……やっばぁ……」
「もうちょっと耐えてくれよ……」
吹雪の勢いが増す。前が見えない。分かるのは抱えたベアナの脈動と、呻くヌルキの息遣いばかり……。
「か、カナタさま……!」
「待ってろよ……大丈夫だから……」
「違うって! ドーラが来てんすよ!」
俺の背後、ぼーっと浮かぶ赤い瞳。
『ほれ。早う諦めぇ。小僧』
掠れた低い声がする。
豪雪の轟音の中でも、それはハッキリと聞こえる。
その時、俺はようやく理解した。
今の声は、俺の口から漏れ出たものだった。
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