第27話 山
「見てください。フェンさんの手、凄く綺麗です」
「は、はい……」
「彼女も、ルペールさんも……カナタくんだって湖を泳いだんですよね……どうしてルペールさんだけこんな風になっているのでしょうか」
「……確かに、それはそうだが」
「ルペールさんが庇って泳いだ可能性もあります。ただ全く凍傷の気配が、お二人に見られないのは明らかにおかしいですよ」
ナーさんは徐に”ルーペ”を取り出す。
これは、”魔道具”である。それは魔力を見る物だ。
ただ、このタイミングで魔力を見る意味はなんだ。
「ナーさん?」
「ご覧ください。フェンさんの魔力、異常な量です。これによってフェンさんは自身の凍傷を治したんです」
「な、なるほど……」
確かにプロシェンヌの時だって、回復力には目を見張るものがあった。
だが。
「で、でもよ……じゃあなんで俺も五体満足なんだ? 俺は魔力なんて」
「恐らくフェンさんが治療したのでしょう……彼女は他者に”魔力治療”を施せる」
「じゃあルペールもそれで治せるのか……」
「恐らく可能です。ただ、困った事もあります」
ナーさんは次にフェンの瞼を開けてみせた。
瞳は赤く、”悪魔”に憑かれた通りであった。
「今目を覚ましてしまうと、五体満足のフェンさんが暴れてしまう恐れがある……」
「じゃあ、どっちみち”タウダスの悪魔”を祓わにゃならんのか」
「そうなります……」
俺は再び息が詰まった。
あんな怪物を、俺一人でどうこう出来るかと。
脅威に、尻込みした訳じゃない。そんな状況でもない。
俺はもう逃げ出せない。
ただ、俺が死ねば、二人も死ぬ。ひいてはこの村さえ壊滅する。
このプレッシャーが恐ろしかった。
「……おい、”悪魔”」
俺が睨めば、奴も睨み返してくる。
真っ赤な瞳だ。
『なんじゃ? 小僧』
「お前の、本体の場所を教えろ」
『くくく……ようやく下る気になったか』
「早くしろ」
『山じゃ。『タウダス山』へ行け。貴様こそ早うしろ。待ち草臥れたわ』
「タウダス山ってのは……」
『知らん。此処が何処だかも知らんというに。無茶をぬかすな』
生憎、俺もナーさんも土地勘は無い。
ムオタくらい帰って来てくれれば良いんだが……。
「あ」
「うわぁ」
窓がガチャりと開く。
そこにはムオタが立っていた。
「おぉ丁度いいじゃねぇか」
「だ、誰です……?」
「おねえさんこそ誰だべ? よいんしょ」
「わ、わぁ、窓から入っちゃ危ないですよ!」
「平気だべさ~いつもやってるべ」
「余計に危ないです!」
どうにも絡みが新鮮である。
知り合い同士の語らいに、言い得ぬ孤独感を感じるのはなぜか。どうでもいい。
「……なぁムオタ、”タウダス山”って知ってるか?」
「えー? し、知ってるけんど……まさか行く気だべか?」
ムオタは眉をひそめた。
「危険な場所なのは分かってるが……急がねぇといけねぇんだ。もったいぶらずに頼む」
「う、うーん。うんでも……」
「ベアナを、助ける為でもあるんだ」
「ベアナ……!」
ムオタはハッとし、その後部屋の奥から地図を引っ張って来た。古びた地図だ。そしてその中央を彼女は指さした。
「ここだべ!」
「何でこんな古い地図なんだ」
「紙はきちょーひんだべ……キレイなのなんて買えないだよ」
「でもカナタくん、かえって良かったかも」
「え?」
「ほら。土地の名前なんて度々変わるし、古い地図の方が場所は正確じゃない?」
「そういうもんすか?」
「はい」
”タウダス山”と言うのは、ここから川を上流に向かって数キロメートル……くらい。正確な寸借は分からんが、だいたいそんな所だろう。
「おい。ココにお前の本体が居るんだな……」
『そう言っておろうが。早くしろ』
「……何故そんな簡単に教える?」
『前から言っておろう。妾は貴様が欲しいんじゃ』
「……よく分かんねぇな。俺に魅力なんざねぇだろうに」
「そ、そんな事ありません……!」
「そうだべ! カナタさんカッコいいべ!」
「話をややこしくするなよ」
『はっはっは! 腰を折られたのお。ほれとっとと行け』
「……はぁ」
「……あ、あのカナタさん」
「どうしました……?」
「出発前に一つ、耳に入れておきたい事が……」
「は、はい」
「彼女の、洗脳のメカニズムについて……」
「え? 分かるんすか?」
「推測ですけど……恐らく」
「なんでしょう」
「彼女の洗脳の引き金は”パニック”です。気が動転すればするほど、彼女に操られてしまう……」
「な、なるほど……?」
「私達が襲われたのは真夜中の事でした……辺りは当然暗闇、加えて突然の吹雪にパーティ皆、狼狽えました」
「俺達も同じす……」
「”悪魔”はあえて狙っているんです。パニックを起こしやすいタイミングを……そもそも、何時でもどこでも洗脳が出来るなら、今ここでも行う筈です」
「……トリガーが分かりゃあ、何か対策も出来そうですね。ありがとうございます」
「い、いえ……それにあくまで推測ですから……」
「ナーさん、とにかく二人を頼みました。ムオタもな。留守番頼むぞ」
「畏まりました」
「まかせるだよ! カナタさんもベアナをよろしくだべ!」
「あぁ」
外へ出ると、嫌に風が強かった。空も暗く、最悪の吹雪日和か。
ただ、もう振り向いて戻ることは出来まい。俺は銀世界へと踏み出した。
家を出て、村を出て……すぐ先に見えた”タウダス山”……ただ”すぐ先”と言えども、かなり遠いだろう。景色とはそういう物だ。
山までの道程は険しい。
高低差の激しい悪路。高くまで雪の積もった悪路。獣の多い悪路……。
”悪魔”など関係なしに、熊だとか、雪崩だとかで死んじまうことだってあり得る。
山が、ほんの少し近くなった。僅かな達成感、俺は深く息を吐く。
この頃に、ちらちらと雪が降り始めた。
まるで息を突いた俺に休息を与えぬように……。
「”悪魔”のヤロウ……意地の悪い奴だな」
湖のことを思い出す。
細かな雪。むしろ幻想的とさえ思えた雪……。
あの頃、ルペールははしゃいでた。フェンだってそうだ。腹が減ったのなんだのって、無駄口ばかり叩いてた。
でもそれが幸せだった。
雪が、少し勢いを増した。
しかし自然と寒くはねぇ。
むしろ頬が熱い。
眼球が熱い。
道中の、ツララに映る俺の目は赤く、もう不味い色になっていた。
落ち着け。
ここで乗っ取られる訳にはいかないだろ。
足元の雪を掬って頬に擦り付ける。
「うわー。何やってんすか?」
「は?」
「どーも」
「ヌルキ……?」
軽薄な笑顔が、俺のすぐ真後ろに立っていた。
あの野郎……いや待て、キレてはならぬ。俺は呼吸を整えた。
「どーも。どーも」
「……何の用だ」
「”悪魔退治”でしょ? ボクがお供しますよ」
「……信用ならん」
「もー水に流してくださいよー」
「お前その喋り方やめろ」
キレたらどうする。
「ごめんなさーい。でもお供したいってのは本当、なんですよ? ボクにだって目的があるんす」
「……目的?」
「隊長助けないと」
「……ドーラさんか」
「そうす。あの人、バッチリ洗脳されちゃったんすよ。助けにゃ」
「お前がそんな義理堅いとはな」
「ん? だってあの人がギルドとの通信機持ってるんすもん。応援呼ぶために連れ戻さないと」
「薄情な奴め」
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