第26話 抉じ開けろ
当方、痛みを分かち合った者……ヌルキを責める気も起きぬ……。ましてシュレッゴンをタコ殴りにした罪悪感さえ湧いて来た。
とはいえアイツの立ち振る舞いは気に食わないが。
弱者が弱者の権利を振りかざすさまは快くない。そもそもあいつは弱者じゃないだろ。
「……あのーカナタさまー。おひとつ質問よろしい?」
藪から棒になんだ……。
「なんだよ……」
「シュレッゴンって、捕まるのは良いんすけどー、いつ解放されるんすかね?」
「……知らん。村人次第だ」
「うーん」
牢の中は寒い。日も届かず、地べたが霜で濡れてカビ臭い。
こんな場所に、仲間を、いつ解放とも知れず叩き込むのは流石に気が進まないか。ヌルキは躊躇った。
「……仕方ねぇだろ、そもそも許可さえ取りゃ飯だってマトモに食えたんだ。今度からは反省して……」
「おりゃ」
背を蹴られた。
俺は前へ倒れ込む。カビ臭い地べた。俺はハッとする。
「お前……!」
「鍵締めましたー! おつかれー!」
この野郎と。
勝ち誇った表情はヌルキ。
ただコイツはまさか忘れたのかと。
「は、ははは……お前、あんまり俺を揺さぶんなよ……こんな牢屋くれぇ簡単に……」
「……じゃあキレてみろよ。そんでボクを殴る? シュレッゴンも? やめてよ。シュレッゴン、今度こそ死んじゃうよ」
「……っ!」
眼球が、熱くならない。
心に波は起きている。ただ、感情は凪のまま。
怒りの感情と、その真逆の感情が押し合い、相殺している……のか。
「目、赤くなんないね。あはは。同情しちゃったのかな。ボクらに。かわいいなー」
「……てめぇ」
「……ありがと。これはホントの気持ちだから。バハハイ」
霧のように消えて行ったヌルキ……追わねば、追わねば。
気持ちが急いた。
だが、何故追わねばとなるのか、とも思った。
ヌルキを捕まえて……俺は何をするだろう。何をしでかすだろう。
ヌルキを捕まえて……そこで瞳の色は元に戻るだろうか。
それにだ。牢を破壊して、目を赤くしたままに村へ降りてみろ……考えるも恐ろしい。
そうこうと迷えば迷う程、瞳の熱は遠のいた。
「駄目だ……力が湧かねぇ……」
目の擦り、頬叩き、頭を格子に打ち付けた。
いてぇ……。
これが瞳の熱なのか、ただの痛みなのか。鏡も無いもので、目の色を確かめる方法も無い……ただ熱と信じて、牢の中で暴れ続けた。
「だ、誰か……助けてくれ……!!」
牢屋から声を振り絞っても、どうにも声が届いている気がしない。
虚無感が、余計に俺の心から情熱を奪った。
「あ、あの……!!」
「え」
大人しそうな淑女が、目を丸くして立っていた。
眼鏡を掛けた、瘦せこけた女性だ。
「大丈夫ですか?」
「あ……あ!」
「え? カ、カナタ……くん?」
「ナーさん??」
彼女は俺の元へ駆けて来て、どうやらボロボロの俺の頬に触れた。ズキンと痛む。
「ひどい怪我……最初気付かなかったよ……」
「俺もっすよ……なんでそんな痩せて……」
「あ。えっと、最近ご飯食べてなくて……」
「……ナーさんも遭難っすか」
「うん。ほんとうに大変で、しかもシュレッゴン君とヌルキ君とも逸れちゃうし……」
「あぁ……そうっすか」
彼女はシュレッゴン、ヌルキと小隊を同じくする女性である。見て呉れ通り前衛向きの人材ではないが、”医療分野”への知見の深い人物だ。
彼女が”恥知らずな行為”をせずとも、今こうして生きているのは、その博識さが故だろう。
「そ、それよりも今手当しますから……! 待っててくださいね……!」
「あぁそれも有難いんだが、牢屋から出してほしいな」
「あ! そ、そそうだよね! どうしよ、どうしよ」
「……」
……俺の心に不思議と波が起きた。これは何の波だ。ただ目が疼く。
「あの、ナーさん」
「は、はい!」
「俺の目、今、何色っすか?」
「え? うーん、ピンク、かな? 人によっては赤かも……どうだろ」
「……ちょっと無理やり開けてみます……さがっててください」
半端な目の色でも、半端になら力が使えないものか。
ものは試しだ。猶予は一瞬か永遠なのだから……。
「わ、わわわ……!」
「ぬんおりゃああああ!!!!」
鉄の格子が、勢いよく曲がる。
甲高い音を上げながら、それはさながら悲鳴のような音で破壊される。
なるほど、力は使える。
意識もある。これなら、主導権は俺にあるのだ。
「す、すごい……カナタくんにそんな力が……」
「よーし……ありがとうございますナーさん」
「え? わ、私は何も」
「気持ちが昂ると、その分、力が湧いて来るんです。今は」
「ほ、ほえ~……」
「ナーさんのお陰で力が湧きました。だから、ありがとうございます」
「え、えー!! そ、それって……わたしのこと……はわわ」
「……」
多分、貴女が思う様な高揚ではない。この時イラつきに近いものが俺の中に沸いたのだと思う。
まぁ今だけは結果オーライである。
いざ”ベアナ捜索”、もとい”悪魔退治の時間”だ。
「あー、そうだ。ナーさん」
「はい!」
「診てやって欲しいのが居るんだけど、良いか?」
「は、はい!」
俺は彼女を背負い、ムオタの家まで駆けて行った。
ココにはルペールとフェンが居る。
「ムオタぁ……は居ないのか」
「お邪魔します」
「おぉ」
フェンは未だ眠っている。
ただルペールは元気そうであった。目を見開きこちらを窺う。
『ほお。女連れとは生意気だの。小僧』
「る、ルペールさん?? ご一緒だったんですか?」
「あぁ」
「あ。でも目が……」
「そうなんだよ。”悪魔”ってやつだ」
「き、危険ではないのですか……??」
「そのこと何だがな……」
俺はルペールへと近づく。
そして彼女に掛かった布団を剥ぐ。
「……!」
ルペールの四肢は、壊死していた。
皮膚は、特に指先は白く変色し、腕は根元まで赤く膨れ上がっている。
ルペールが悪魔に憑かれても、俺に何もして来ないのは”これ”のせいだ。
恐らくかの湖の中、
「動けねぇんだろうな。ルペールは……」
『ははは! 今更ぬかすか!』
「……ルペールは、俺らを助けるために湖に飛び込んだ……多分、安全な場所まで必死に泳いでくれたんだろうな。俺のせいだ」
「カナタくん……」
「ナーさん。この二人、診といてくれないか。できれば、治して欲しい」
「さ、流石に無理だよ……! 切断するしか……けど機材も足りないし」
「そうか……そう、だよな……そう、なんだよ」
壊死した部位は速く切り落とさねばならない。
だが、それも叶わない……。
どうすれば良いか。
「あ、悪化しなように最善は尽くすよ! 任せて欲しい!」
「はい……ありがとうございます」
「じゃ、じゃあルペールさんと、コチラの……女性も」
「フェンです」
「フェンさん! コチラの方も診させていただきます」
ナーさんが布団の中を覗き込む。
すると彼女はハッとした。
そうして俺の方を見やる。
「カナタさん、お二人、まだ助かるかもしれません……!!」
「は?」
ナーさんが握るフェンの手は、外傷の無い、当然壊死などしていない、とても綺麗なものだった。
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