第25話 正直者
「は、はぁ?? んだぁその魔力量はぁー!!!!」
魔力……なんの話をしているのか、一考の内には気付けなかった。俺は人間で、魔力など持たない。
ただ焼ける程に熱い眼球を感じ、あぁそうかと察す。
しかしそれまで。以降、感知が追い付かない。
「ま、待てぇ!!」
瞬きさえ遅い。
次の瞬間にシュレッゴンの間抜け面へ接近する。
その時にはもう既に、拳が振り抜かれていた。
獣人の強靭な顎を、一思いに破壊した衝撃が伝わる。
シュレッゴンが地面へ叩き潰された。
「がばぁっ!!!!」
『この小僧は妾の物よ』
「ひぃっ!!」
怯えるは地面に伏すシュレッゴン。
ただ……そんな顔をされても……。
既に脚が振り下ろされていた。
脚を見れば、膝の所まで血に塗れていた。
もう抵抗の気配もない。
ただ、右手が振り上げられている。
これは俺の意識外だ。
どうにも出来ない。
可哀想に。
そんな風に冷静になると……その頃には力が抜けていた。
眼球の熱も、もうすっかり冷めていた。
「はぁ……はぁ……治った……??」
「カナタさーん!」
「ぶべっ!!」
俺の腹に飛び込んでくるはムオタ。
今の俺に近づくのは危険だ。びっくりした。俺は狼狽の心を必死に抑える。焦れば目が赤くなる……この子に”この力”は振るえない。
「こ、こここ怖かっただよー!! うわあああ!!」
「す、すまん」
俺が謝るべきなのかは分からんが……抑えられるものでも無し……。
とはいえ俺はムオタを少し距離のある場所に降ろした。
これには思惑様々ある……とにかく安全な場所へ。
「……ちょ、ちょっと待て」
それに、確かもう一人居た。あっちもトナカイの死体を貪って……恐らく獣人。シュレッゴンと同じ小隊の獣人といえば……。
「ヌルキ……ヌルキは?」
「ぬる……?」
元の位置に目線を戻せば、トナカイの亡骸の近くに、蹲った人影が見えた。
ヌルキ……多分彼女で合ってる。
「すいませんしたーーーー!!」
「……」
「え? え?」
「御見それしやしたーカナタさまー! ボクの命だけは奪わんでくだせー!」
シュレッゴンは血気盛んなボンクラ……ヌルキは見ての通り薄情な奴だ。
「……村でトナカイ襲ったのもお前らか?」
「はい! 遭難しちまって食う物に困りー!」
「……むしろ清々しいな」
「何言ってるだか! サイテーだよ!」
「それはそうなんだが……」
遭難しちまった……それは俺達もまた同じ。どうにも同情するなと言うのが難しい。
話だけでも聞いてみるかと、少し俺の心が揺らいでしまったのだ……。
「……取り敢えず、シュレッゴンを縛り付けるの手伝え」
「イエッサー! ……つぅかコイツ生きてんすかー?」
「……息は、ある」
「……もしかしてボクらん事、村に突き出すつもりっすか?」
「当然だろ」
「……まぁ刑務所飯食えるんならええですわ」
「お前も殴るぞ」
「ひぇー」
……とはいえ、赤い瞳というのは、俺の任意で引き出せるモノでもない……殴るなんてのも脅しに過ぎない。
そう言えば、なんで俺は”戻れた”んだ?
ルペールだって、フェンだって、戻れちゃいないんだぞ。
なんでよりによって、魔力の耐性なんてない俺が、これっぽっちも魔力なんてないんだぞ。
謎は深まるばかりだ。
「あ、あの……ヌルキさん……」
「うん? どうしたのかなお嬢ちゃん」
「じ、じぶんの……ベアナは……?」
「うーん? さっきの魔獣? どうだろ。シュレッゴンにビビって逃げちゃったのかな」
「そ、そんな……」
「探すのは止しな。遭難しちゃうよ?」
「……で、でも……」
「犬が要り用ならー、ボクが犬になるワンよー。ボクの方が利口かもねー」
「うぅ……」
「お前、本気で殺すぞ」
「わは。流石に冗談っすよー! 後でちゃんと探しますからー!」
……こいつ、自分が信用されると思ってんのか? 目の前で仲間裏切った癖によぉ……。
「ムオタ。俺も探すから……心配すんな。大丈夫だから」
「うぅ……カナタさん……」
「よっしゃー、じゃあ村に帰りましょー!」
「お前が仕切るな裏切り者が」
「そっちが裏切らせたくせにー。それに正直者って言って欲しいなー。あー村に帰るのこわーいなー」
帰り道。ソリはヌルキが引いて行った。
確かにベアナよりも速い……ただムオタの心持は、そういう事ではなかった。
はてさて村に着くなり罪人の裁判が始まった。
「……コイツ等がトナカイを……」
血塗れ顎粉砕を見て引いているのか、軽薄な女の飄々とした表情に嫌悪しているのか。どちらにせよ村人の気持ちは一致しているだろう。
ただ俺はより残酷なことを伝えねばならん……。
「すぐに牢屋へ。少なからず野放しには出来ん」
「賛成です」
「あ、あの……それがですね村長」
「あぁどうもどうも。族を捕らえていただきまして」
「えぇまぁそうなんですが……女の方の独房送りは待って欲しくて……」
「何故です?? こんな者、今後何をしでかすか……」
「まぁそうなんですけど……こいつには逃げ出したベアナを探してもらわにゃならんのです」
「ベアナ? あぁそういえば先程から見えませぬが、逃げ出したとは」
「色々あって。ムオタの為にもどうか」
村長は村人みなさんの顔色を窺う。どうにも怪訝な色が強いが、村長は塾講した。
その後に、絞るように答えてくれた。
「良いでしょう。その代わり、監視は徹底していただきたい」
「そんな! 村長!」
「仕方あるまい……ムオタの為じゃ」
「う、うぅ……村長ありがとだべー!」
「うむうむ」
話がまとまったなら良かった。
まぁ村人の忌避なる表情は心に突き刺さるが……えぇい仕方あるまい。
「おら。ヌルキ、とっとと準備しろ」
「ボク、シュレッゴン運ばなくていいんすか? 重いすよーアイツ」
「……そうだな。村長、大丈夫ですかね?」
「えぇ。助かりまする」
「いえーい。ボクってば気が利くねー」
「おら、早くしろ」
そうしてセコセコとシュレッゴンを運ぶヌルキ。相変らずコイツは掴みどころがない。
「じ、じぶんもついてくだー!」
「ムオタは待ってな。ちょっと疲れたろ」
「ん……んでも」
「まぁまぁ。休んでなって」
ムオタの表情は見るからに疲れている。
屈託のない表情……というよりは、無理に笑っている様な。見てられない。休みなさい。
それに、俺は一つヌルキに聴きたい事があった。
ムオタには聞かせられないことだ。
「……なぁヌルキ」
「はいー?」
「……お前ら、何でこんな所に居んだ?」
「何でって。任務すよー。任務。まぁ吹雪に襲われちゃって中断になったすけどねー。連絡器も壊れちゃって応援も呼べないし」
「あー……吹雪っつーのは、”タウダスの悪魔”か?」
この言葉に、寸、ヌルキの表情が強張る。
「だと思うっす。赤い眼の奴でしょ? 村ん人が話してるの聞きましたよ」
「じゃあお前らの”小隊”にも被害者が……居るんだろうな」
「はい。カナタさまみてぇに、目ぇ真っ赤にしちゃって……逃げるので精いっぱいっすよ。んで生き残ってぇ……今度は空腹との闘いってー。もー」
「…………大変だったな。お互い」
「……っすねー」
なんだか不味いことまで聞いたか。
俺は後悔しながら、ただ性懲りもなく質問を続ける。
俺の違和感について。
ムオタに聞かせられぬこと。
「なぁヌルキよ」
「ん?」
「ベアナ……さっきの犬、目ぇ赤かったろ」
「……はい。あれはヤバいっす」
「やっぱり、そうか……」
ベアナはもう既に”タウダスの悪魔”の物となっている。
取り返せば、手を出せば、俺達さえ呪われてしまう。
どうすれば。
そんな事を考えるうち、村の端の牢屋に着いたのだった。
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