第24話 俗物はどちらか
「所有物って……」
「まぁ落ち着きなされと」
「無茶だ」
「カナタ殿まで意識を失われましたら、我々はまた手掛かりを失う」
「手掛かり……」
「……”タウダスの悪魔”に出くわし、こうして村まで辿り着いた者は過去おりませぬ。故に対策も何も講じられぬ状況。貴方は貴重な人物なのです」
「……そう言われても」
突然の根性の別れ。
旅と言うのは前途多難。故、覚悟していなかった訳ではない……いや、覚悟していなかった。今こうして慌てふためいているのだから……。
ルペール、フェン……。
「……どれ、ムオタよ。カナタ殿が落ち着くまで村を案内してあげなさい」
「お!」
「……いやそんな気分じゃ」
「今の気分のままでは困るのですよ。頼むぞムオタ」
「うん!」
ムオタはベアナを引っ張りソリを向き直させる。
「”タウダスの悪魔”については、また落ち着いてからお伺いしましょう。それでは」
「は、はい……」
「じぶんたちも行くべ!」
掛かった気持ち。しかしいつしか焦ったってしょうがないと思うに至る……。そもそもだって今”悪魔”の話などされて、目を赤くしない自信がない……。
「ムオタぁ……俺まだ目ぇ赤いか?」
「うーん。ピンク色だべ」
「うーん……そ、そうか」
ピンクはどの程度だ? マシなのか? そもそも目の色が変わってる時点でアウトなのか? わからん。
「でも」
「ん?」
「ピンクのお目目はとっても似合ってるだよ!」
「そ、そうか……」
慰めか。純粋な感想か。
変に気を遣わせている罪悪感はキリキリと俺をむしばむ……。ただそれがかえって俺を冷静にさせる。
「じゃあ~さかな食べに行くだ!」
「つっても俺金ないぞ」
「…………トナカイみに行くだ」
しらっとした縄捌き。
心なしかベアナの尾っぽさえ力を失い、トボトボとした歩調になっていた。
しかし仕方あるまい。俺は水没しちまって金はおろか、何もかも流されてしまった……。
「そういえばよぉ、どうやって俺達を助けてくれたんだ?」
「ん?」
「川で流れて来たのを助けたんだろ? 三人も……どうやったんだよ」
俺の背の半分ほどしかないムオタが、どうにも運んでこれたとは思えない。
まぁその時、大人と一緒にいただとか、村のすぐ其処まで流れて来ていただとか、そういう話でも納得できる。
ただ俺は沈黙が気まずかった。これは子供とか関係ない。
「ベアナが力もちなんだよー」
「……ん?」
「ん?」
「……俺らを……三人も、ベアナが運んだのか?」
「うん!」
「あぁ……そう」
沈黙が気まずいと考えた。何か話を掘り下げれば、ちったぁ楽な旅路になる。
しかしもっと気まずいことになった。
これは掘り下げちゃならん話だと、俺は瞬時に把握した。
「あ! カナタさんまた赤くなってるだよ!」
「え! やばいやばい……」
「もー! 気を付けるだよー」
不便な身体め。これじゃあ俺の方が何か隠してるみたいだろ……。
「さぁ着いたべ!」
「お、おう……」
「あ! でも大きな声は出さねぇでくんろ。それとー、えーっと……ドアさ開けねぇでほしいべ」
「もちろんもちろん」
トナカイは決まった柵の中に、首輪だけ付けられ放し飼いである。各家族が決まった数を管理する。
時期になったら毛皮を刈ったり、屠殺して肉を食ったり、干したり。
それと、また別の時期になったら山に返すらしい。そうやって数を減らさないように、ストレスを与えないようにするのだ。
故に、今のようにトナカイが居ない時期もある。
「あれ……いねぇだ……」
ムオタはしゅんとする。
トトッとソリから降りて、柵の中へ入って行くのだ。
「お、おい……まずいんじゃねぇのか?」
ただ違和感もあった。この村に住むムオタが、鹿の居ぬ時期を知らないか? と。
そうして俺も彼女に続く。戸締りはする。
「なんでぇ~……いねぇだかー……?」
「……ムオタぁ! さっきの事もあるし、危ねぇって」
さっきの事というのは”トナカイ惨殺事件”の話であるが、これの真犯人が居る可能性がある。
狼とか熊だとかの野生生物、故意に殺した知的生命体……。可能性はいくらでもある。
「ベアナもいっしょに探すべー! おいでー!」
ベアナはこれまた利口に轡を外し、柵をぴょんと越えて来た。
「トナカイは越さないのか?」
「ベアナは高くとべるだよー」
「ますます普通の犬か……?」
あながちベアナが三人も運んだのは現実味があるか。俺の思い過ごし。ベアナはちょっと凄い犬なのかもしれない。
「さぁさがすだよ!」
命令と共に駆け出すベアナ。その様まさに風のごとし。
彼の残した足跡をたどり、俺達も悪路を進む。
「ふ。ふ。ふ。は、早くしねぇど、村長にしかられちまうだよー!」
「あぁやっぱりそうなんだな」
「もちろんだべ! トナカイさとってもキケンなんだよー!」
「……ますます真犯人が分からんな」
トナカイの脚力なら狼や熊でも振り切れそうだ。まぁ柵に囲われてちゃ逃げる方が不利そうだが……。
少なくとも人間の出来る所業じゃねぇ。
「じゃあ……多分」
不穏な心がジクリと湧く。
「わわわ! また赤くなってるだよ!」
「マジかよ……本当に不便だぜ……」
――――その時、ベアナの鳴き声が聞こえた。
たった1秒間だけだが。
それがかえって不気味であった。
「ベアナ??」
「……? さがって……!!」
チラチラと雪が降る。
薄暗い景色の奥の奥。
そこに、確かに人影があった。
「た、”タウダスの悪魔”??」
「違う。あれは……」
雪上が、赤く汚れている。
幾つか、トナカイの死骸も見える。
「うぺぇ……流石に飽きちまったなぁ……トナカイ、トナカイ、トナカイってさぁ」
絶命したトナカイの横腹を、掻き毟りながら、顔を埋め。
「食料にありつけるだけ有難がれよ。ボケが」
二体の”獣人”が貪る。
「お前ら……何やってんだ」
「……んぁ? やべ、見つかっちまったや」
内一人が、徐に立ち上がった。
長身。筋肉質な見てくれだ。
「……お前ら、ギルドの奴等だろ」
「おぉ? おぉ! カナタじゃねぇか! 良かった助かったぁ!」
その男は微笑んだ。
大きく手を広げる、まるで俺を呼ぶように。
ただ奴の全身には夥しい返り血があった。
元の服の色も、肌の色も、髪の色も分からぬ程のどす黒い返り血である。
「何が”助かった”だ……そのトナカイは村のもんだぞ……シュレッゴン」
「んん~? 生きる為だ。仕方ねぇだろ」
「そういう問題じゃねぇ。食うのも止めろ、子供が見てる」
「……しょうもねぇ」
「は?」
シュレッゴンは瞬きの内に、もう俺の目前に居た。
拳は疾うに、振り下ろされる直前で。
その一撃が、俺の左胸を突いた。
「がっ……!!」
瞬時、視界が歪む。
次に見た景色は、回る空と雪上。
二度、三度と回転し、内臓の揺れる気分の悪さと、左胸に走る激痛を同時に感知する。
「ふははは!! どうだねカナタ君! これが獣人のパワーというものだ!!」
「カナタさーん!!」
薄れゆく意識。最後に繋ぎとめてくれたのはムオタの声……だが、もう意識を保てそうにない。拳がまずい所に入った。
「仕方ねぇだろぉよ。俺らぁ遭難しちまってなぁ。食うモン困ってたのよぉ」
「カナタさん! カナタさん! 目が……」
身体が自然に動く。
意識が朦朧としている筈だのに……不思議とシャンと立てた。
「お? まだやるかぁ? 俺はいくらでも良いが……」
『黙れ。俗物が……――――』
「……はぁ??」
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