第23話 タウダスの悪魔➂
吹雪に襲われ、赤い瞳に追われるままに湖に飛び込み、流されるままに辿り着いたはルオットゥト村。
偶然なれヴィーセさんの推奨してくれた村である。
何となしにムオタに聴いてみれば。
「ヴィーセ様! 知ってるだよーきれかったな~」
そんな事を言っていた。
知ってるか。そりゃそうか。
村には一面雪が積もっている。道にも屋根にも、舟にもだ。
「舟?」
「おっとさんやおっかさんの使う舟だべ。いっぱいとれるだよ」
そう言えばヴィーセさんが魚介の話をしていた気がする。こんな寒い所で獲れるのか。海まで凍ってしまいそうだが……。
「おいしんだよー」
ムオタが笑う。
彼女の笑顔の先には干された魚。住民の知恵か。村人が忙しなく働いている。
彼ら彼女らムオタに気付き、柔らかく手を振った。
ムオタも精一杯手を振り返す。
雪の積もった細く長い橋。そこをスタコラと進む犬ぞりは、ガタンガタンと上下に揺れていた。
低い景色。ただ高い建物なんてないもんで、遠くまで見渡せる。
「あ。ダメだよベアナぁ!」
犬が急に方向を変える……急と言えど降り立って怪我しない様なスピードだ。
「あ~あ」
犬の進みたい方へ。先には人だかりが。
それと高く煙が上がっている。
「わぁよか匂いだ~。ベアナもっとはやく!」
「……」
目的も忘れ前進。ベアナは民衆をかき分けて行く。
「おぉコラコラ……よいしょっと」
「わー!」
その時、ムオタだけがひょいと攫われる。攫ったのは民衆の一人。
今ソリに乗ってるのは俺だけだ。操縦の仕方が分からん。
「子供の見ていい物じゃないよ」
「は?」
そんな意味深な言葉を、聞き終える前に、聞き返す前に群衆の中を抜けた。
目の前にはトナカイの死骸があった。
食用か。皮か、毛でも剥ぐのか。
そんな事をふっと考えていると、ソリはさらに前進した。
すぐ隣には大きな鍋。ここから高く煙が上がっている。炊き出しだ。ここまで来るとようやく俺の鈍い鼻腔にも香りが届く。
「お、おいおい誰だべ、コイツは」
「あ。どうも……」
犬ぞりの上で胡坐をかき、不躾な男はゆっくり進む。
そんな俺に民衆の視線は一気に集まった。
「あぁすいません。降ります……」
ざわつく民衆。ドキマギ俺。ムオタ、説明してやってくれ。ただ彼女はいない。
その時、ぽつりと嫌な言葉が聞こえる。
「……余所者だ」
まずいと悟る。
そもそも違和感はあった。
トナカイの素材を扱う文化は、この村の端々にあった。目覚めた家の壁掛け装飾。群衆の服装。有名料理はトナカイトナカイ。
この村にとって、トナカイは根付いた文化である。
そんな動物が、白昼堂々、むざむざと死んでいる。
特に「ムオタに見せられない」とは何だ。こんな村に住む少女には、むしろトナカイの死には向き合わせるべきだ。グロテスクな扱いは腑に落ちない。
「こいつがトナカイを殺したのか」
そんな声が聞こえた時に、頭の整理がつく――――。
「ち、違う……俺じゃない。そもそも目が覚めたらココに居たんだ俺は!」
弁明開始。と同時にムオタが大人を振り切って民衆の前に飛び出す。
「そうだよ! カナタさんはわるい人じゃないべ!」
ムオタが俺の足元に駆け寄って来る。ベアナもだ。
少しほっとした。むしろかえって得意げにした。
「ほらこの子も言ってるじゃないか……!」
「いってるべ!」
「……まぁまぁ落ち着いて下され」
「?」
背の低い男性。立派な髭を蓄えた男性。髭は身長よりも長く、体格よりも太い。
「目が赤くなっておりますぞ」
「え」
ゾッとした。
急ぎ目を見たい。鏡、ガラス……何か無いか。
俺は沸騰した鍋まで覗き込んだ。
「落ち着きなされと。狼狽されますると、より目が赤く成りますぞ」
「そ、そうなんすか……?」
そうと言われても焦りは止まらない。
「貴方も”タウダスの悪魔”に出くわしたのですな……さぁもうすぐシチューも出来まする。それを飲んで落ち着きなされ」
目の前に出された物は、やや色の薄いごった煮のスープ。鹿の薄切り肉が、白い油を浮かす。合わせてあるのはポテトや白いニンジンだ。
「……い、いただきます!」
皿に口を付け、一啜り……粉っぽいスープが舌先に触れる。次に頬の裏に触れる。
身体が温まっていくのを感じた。口、喉、胃の中へと、じんわりと。微睡む。
「カナタさん、フォークどうぞ」
「あ……あぁありがとう」
「……カナタ……貴方のお名前ですかな」
「は、はい。一応」
「おぉそうですか。どうも、ワシは村長のエクナと申しまする。どうぞどうぞ」
エクナさんは帽子を取って一礼。頭は気高く禿げていた。
「さぁ皆さん。この場は一度治めてくれませぬか。トナカイの事は残念ですがね、犯人も見当たりませんので……」
「……我々も頂きます。これは供養です」
「家にもいくつか分けてちょうだい」
「あぁ皆さん、ありがとうございまする」
俺ががっついているのを他所に、村人たちもトナカイ肉を頬張り始めた。
シチュー、グリル、燻製。中にはいくつか切れ端もらって、自宅で調理する人もいた。
「……疑ってすまなかったな。旅の人」
「あぁ……いえいえ。俺は余所者なんで」
「あぁ、ははは。参ったな……」
「そういうつもりじゃ」
「まぁなんだ……”悪魔”に出あっちまったのは不運だったな……幸多からんことを」
何か意味深な事を、意味深な表情で言って、その場は流れた。
「おいしいね!」
「うん? あぁそうだな」
トナカイは脂肪分の少ないヘルシーな味わい。ただそれ以上に、寒い場所であったけぇ物を食うのはやはり最高である。
ヴィーセさんが飯ならルオットゥトと言った意味も含めて噛み締める。
「良い食べっぷりですな。カナタ殿」
「めちゃくちゃ旨いですよ。これ」
「嬉しい言葉です。先祖代々語り継いできたものなんですよ。トナカイはね、我々には欠かせぬものです」
そうと聞くと、やはりあのトナカイの死骸……とても礼節の欠いた所業であろう。
少なくともこの村の人々の仕業ではない。
だから余所者が怪しかったのだろう。
「……もうすっかり戻られましたな」
「え」
「目」
「あぁお陰様で」
「ムオタよ。お主が申しておった三人とは……カナタ殿らの事かね」
「そうだべ!」
「あぁそうかい。他の二人は? ”悪魔”に何かされてはいないか?」
「……その事なんすけど、実は、二人はすっかり目が真っ赤で……」
「……そうですか。それは残念だ」
「え」
村長は皿を置く。そうして息を吐き、間を空けた。
「”タウダスの悪魔”とは吹雪の中に現れる怪物です。赤い瞳のね」
「は、はい……」
「奴に見初められた者は心を奪われ、奴の所有物になってしまいまする」
「は?」
「そして何より恐ろしいのは、下手に手を出せば、その者もまた呪われてしまう……心苦しい話ですが、お二人の事はもう、諦めた方が賢明でしょう」
その時、ルペールと、フェンの顔が脳裏に浮かんだ。
あぁほんの数日前まで、俺はあいつらと一緒に居た、だのに。
この時、再び俺の目が赤くなったような、狼狽した心持が湧いて起こったのを感じたのだった。
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