第19話 後の祭り
「本当に去って行った……」
ため息のように呟き、シェナレは暗闇の先を見つめた。
奴ら行く先はファーラの谷か。常時はあの量の怪物が巣くっていると考えると、よくもまぁ俺たちは男二人、馬一頭で乗り込んだものだ。
「陸竜ってのはよぉ、普段はこんなこたぁねぇのか?」
「無いな。あるならもっと傭兵や武力を整えている……もっと言えばこんなところに暮らさん」
「そうですね。今後はギルドに護衛要請を出す事もあり得るかもしれませんね」
ギルドか。あまりオススメしないが、腕が立つのも間違いない。ただ本当にオススメはしない。
「あー! フェーン!」
ルペールが叫ぶ。フェンが人型へと戻ったのだ。これに呼応した。
一方のフェンは明らかに疲労を浮かべていたが……それよりも安堵しているような表情に見えた。これには俺も安心した。
「フェン。具合は大丈夫か?」
「はい大丈夫です……寧ろ以前より……」
フェンは自身の両手を眺める。そこには魔力の気流が生まれていた。例の”青煙”である。
「おいおい。また溢れ出してるじゃねぇか……やっぱりまだ安静に……」
「どうなのでしょう……何と言うか熱が身体を巡る様な……」
彼女は尚も不思議そうに自身が纏う”青煙”を凝視する。
ここで話に加わったのはヴィーセさんであった。
「臨死を経験すると、ドーパミンの過剰分泌や生殖意欲の向上が起こり得ます。これに比例し、魔力量が上昇する事も十分に考えられますね」
「それってのは……アドレナリン的な感じすか?」
「そう考えても差し支えないかと」
ならまぁ問題ないか……確証はないが。
一方のフェンは”青煙”を自由自在に操ってみせた。リボンのように振ってみたり、ボールの様に固めて放ってみたり……本来の用途はあぁじゃないだろ。
「わーすげー! もっとやってー!」
「不思議な感覚です……」
「あ、あんま無茶すんなよー……」
「魔力を意のままに操れるのですね……これにより陸竜の魔力にも干渉し、使役していたのでしょうか」
「ヴィーセ様……」
「さて、早く家に戻りましょう。論文をまとめないと」
「それが、ヴィーセ様……街の方が何か騒がしく……」
街の方、といえば、当然騒ぎになっていた。
突如出現した巨大な銀狼、これに面喰った者も多く居ただろう。おまけに熱を帯びた咆哮が陸竜を退けたのだ。
「……早く事態を鎮静化せねば……町民の方々が良くない結論に至る前に……」
ヴィーセさんはそんなことを言いながら馬車へと乗り込んだ。
良くないとは? 俺は彼女の悲し気な横顔を眺めるばかりだった。
丘を少し下ると、もうすぐそこには人だかりが生まれていて、憲兵まで出動している始末。とても馬車では通れぬ様である。
「貴様ら。道を開けろ」
シェナレはそう凄むが、どうにも話を聞いてもらえない。
「おいおいアンタら。さっきの狼は何だ。何か知ってんだろ??」
町民の一人が口を開く。
これに続き一人また一人と声を荒げる。
「……まさか、北の門が突破されたのか?」
「陸竜と何か関係が……?」
「また賢人が妙な騒ぎを……!!」
ざわつく民衆。もう丸2日も包囲状態で不安は飽和で何か呵責の先を求めている様にさえ見えた。
とはいえ陸竜の事態は俺達のせい。とはいえ陸竜の事態は俺達のおかげ。
「シェナレ、落ち着いてください。物事の顛末をお伝えしなくては」
「ヴィーセ様?! わざわざ出てこられなくても……」
「いいえ。向き合うべきです……彼らが知るべきなのは真実でしょうから」
ヴィーセさんがゆっくりと馬車を降りる。あちらこちらを向いていた町民の視線も集まる。
「賢人……」
「皆様ももうご存知かと思われますが、かの陸竜は遥かファーラの谷へ去って行きました。プロシェンヌは解放されたのです」
「…………そいつはぁ知ってる。それについてはホッとしてるがね。今まであんな事はなかった」
「何か原因があるんだろぉ?! きっとさっきの銀狼がそうだ……!」
「……確かに発端はかの狼です。彼女は陸竜を使役する力を持ちます。これに関しては皆様も証人である為、疑いの余地は無いものと理解しています」
町民がどよめく。信じられないと言った者、単に恐怖し慄く者。
「ちょ、ちょっとーヴィーセ?? それ言っちゃうの??」
ルペールも慄いていた。
「じゃあ今すぐ銀狼を殺すべきだ」
「必要ありません」
「何故だ? そいつが生きてたんじゃあ、俺らは安心して暮らせねぇんだ」
「まさか肩持つってんじゃねぇだろうな。ヴィーセ」
もっともな意見である。敵意はない。わざとじゃない。と言っても、今回の一件で実害が出たのだから信用は薄いだろう。
この状況を丸く収められるのは、”俺たちの退去”に他ならない。フェンの様態は心配だが、もうこの街には居られない。
「ヴィーセさん……俺達の事はもういいから……」
「彼女に悪意があるのなら、果たして陸竜を退けたでしょうか?」
「ヴィーセさん……」
「……彼女は傷ついた身体に鞭を打ち、早くにこの街を救いたいと行動しました。これは紛れもない事実……ならば理解できるでしょう。彼女に悪意はない」
「わざとじゃねぇから許せってのか?」
「許す必要はありません……ただ理解して頂きたいのみです。どうか」
ヴィーセさんは深く頭を下げた。
しかしこれに拳を震わせる町民。彼はこの手をヴィーセさんの髪に伸ばした。
勢いよく引かれる彼女は、バランスを崩し思わず倒れ込む。騒めきは一転、静寂に変わった。
「ヴィ、ヴィーセ様……!!」
シェナレが”かの籠手”を取り出す。
あぁ、これは不味い事になった。
しかし、これを仲裁したのはシェナレではなく、豪傑な憲兵であった。
「手を放してください」
「ちっ。憲兵……」
彼はヴィーセさんの手を取る。
「我々からも伝えるべき事がある。ヴィーセ殿。宜しいか?」
「何でしょう?」
民衆の後ろの方から、憲兵がゾロゾロと現れる。皆一様に負傷したり、欠損が見られる。
しかし、表情に一切の絶望はない。ただ一縷、覚悟だけが見え隠れしているようであった。
「此度の一件の顛末、先程把握いたしました……ただ、一つご存知でない要素があります」
「?」
「此度の陸竜騒動……大きな責務は我々憲兵にあるのです。一昨日の晩、ファーラの谷での陸竜との接触、その後振り切ることもせぬままにプロシェンヌへ帰還……その時に気が付いた。我々には覚悟が無かった」
憲兵の者達は次々に膝を着く。そして先程のヴィーセさんよりも深く頭を下げたのだ。
「不首尾を覚悟で、非難を覚悟で行動したヴィーセ殿を責めるならば我らを責めてくれ! 殴るならば我らを殴ってくれ! 覚悟など、今のいままで出来なかった空っぽな我々を……!!」
静寂の中、地面に額を打ち付ける低い音が響いた。これは覚悟の音。
そうであると感じたのは俺だけでは無かった。
町民はその場を次々に離れ、とうとう一人だけどなった。
「……くそっ。俺は許しちゃいねぇからなヴィーセ……」
そんな言葉は、祭囃子の中へと消えて行った。
ご覧いただきありがとうございます!
少しでも『おもしろい!』『たのしみ!』『期待してる!』と思っていただけたら『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
皆様の応援が力になります……! ぜひ評価お願いします!




