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第18話 咆哮は北へ

 騎馬の脚色が緩まった。丁度この玄関の、扉の向こうだ。そこに居る。

 ギルドの奴等が追いかけて来たか? はたまたもっと良くない事が……。


「ヴィーセ様ぁ!!」


 知った声がした。シェナレである。

 何だよ。俺は拍子抜けした。


 アイツ、自力で帰還したか。これはヴィーセさんの見立て通りであった。その聡明さ、中々に驚かされる。


「ヴィーセ様! ヴィーセ様! このシェナレ只今帰還致しました!」

「……ヴィーセさんは居ねぇよ」


「な、なに……」


「買いだ……あぁまぁ、ちょいと散歩に出てるんだ」


 嘘。


「そ、そうか……コホン」

「てかお前よく帰って来れたな」

「む。あぁ……フレックの様態が回復してな……それと陸竜も、お前たちが陽動したお陰で包囲網が乱れ、隙が生まれたのだ」


「悪いな。こっちも色々と忙しくてよ」

「……フン」


 シェナレは俺から視線を外す。

 その先に居たのはルペールとフェンであった。

 俺も釣られてそちらを見やる。


 ルペールもフェンも、俺たちの問答が気になってこっちを見ていた。


 ただ、フェンの表情は、どこか強張っていた。


「どうした……フェン?」


「カナタ様、そちらのお方……今」


 フェンが血相を変えて立ち上がる。


 俺はこの時、(まず)いと思った。


「ちょ! フェン! 安静にしてなきゃダメだってば!」

「そうだぞフェン! 落ち着いてくれ……!」


 俺とルペールは決死で止める。

 ただシェナレは手を貸さない。


「……貴女がフェンか……! 陸竜を呼び寄せた張本人」


「やはり陸竜がこの街に……今すぐに案内してください。私がどうにか……」


「フェン、今は待て! シェナレもだ! 体力使って……次ぶっ倒れたら命だって危ねぇぞ……!」


 フェンの表情は尚も強張りを見せる。

 それは自責ゆえか、まだ体が痛むのか……。


 次の瞬間、フェンが膝から崩れ落ちる。


「フェン……大丈夫か?」


「はぁ……はぁ……す、少し眩暈(めまい)が」


「やっぱしムリしょ! フェンは休ませる、それでいいでしょシェナレ!」


 少し黙りこくった後、シェナレは小さく頷く。


「……ならば何日要りようだ。そうウカウカしてられんぞ……」

「もー! シェナレ詰めんなし!」


「……半日ほど頂ければ」


 半日。これが嘘か誠か。ただこの場はその試算を信じ、話しを終わらせる他なかった。



 それから一時間ほどしてからヴィーセさんが帰還する。


「皆ただいま……あらシェナレ。お帰りなさい」

「只今帰還致しましたヴィーセ様! このシェナレ、フレックと共に陸竜を華麗にいなし……!」


 嘘。


「む? ところでヴィーセ様……その手荷物は……」


「えぇ。フィルミョルクという発酵乳飲料です。病み上がりにはやはりこれかな、と」

「そうでなく……なぜヴィーセ様がそのような雑務を……」


「……シェナレ。心配はいりません。それに厚意は惜しむものではありません」


 シェナレは不服そうな表情を浮かべるが、それからは一転して「ここから先は私めが!」と意気揚々。たちまち豪勢な料理を支度してくれた。



「カナタさん。フェンさんの様態は如何でしょう」

「あ、あぁ……実はさっき眩暈がして……」


「その後の経過は?」


「一旦寝かせてるっす……」

「それは突然でしょうか?」

「陸竜の話をしたらっすね。よっぽど狼狽したらしくて」


「……よほど責任感が強いようですね。これは要監視するべきです」


 大人しくただ仰向けに眠るフェン。彼女は額に汗を浮かび上がらせている。


「兎にも角にも、食事を摂りましょう。あー楽しみ」


 大きな椅子に深く座り込む。その頃には香ばしい香りが俺達の所まで漂って来ていた。



「前菜には”グラヴラクス”を用意した。サーモンを特製の塩漬けにし、香草で風味をつけたものだ。これは北方の伝統料理で、好みに合わせてマスタード、レモン、ピクルスと一緒に食え」


「えらい凝ってるな」


「次にポテトを千切りにし、これにクリームソースをかける。チーズもだ。アンチョビフィレはみじん切りに、スパイス程度に。最後にオーブンで焼く。香ばしくクリーミーな味わいが特徴だな。これを”ヤンソンの誘惑”という」


「グラタンみたいな感じか」

「ならそう言えばいいのに」


「貴様ら食わせんぞ」


 その晩の飯は豪勢で、温かく、初めての物が多かった。


「あ。そうだ。シェナレごめんねー」


「? 何がだ?」


「君のこと置いてっちゃったからさ」

「あの時は有事であった。現にこうしてフェンの回復には時間を要しているではないか」

「でもほったらかしにしたじゃん」


「……看病もまた心身疲労を伴うだろう。僕にまで手が回らないも当然……」

「いや普通にウチ寝てたんだよね」

「ふざけるな」


 ルペールは余程元気を取り戻し、こんな軽口を叩く程度となっている。

 シェナレもそうだ……ただコイツに関しては、ファーラの谷で右往左往と走り回り、街の外で待機、終いに飯まで作ってくれて。俺よりだいぶと若いのに立派なものである。


「シェナレ。旨いぞ」


「……当然だ」


 シェナレはふいと目を逸らす……ただ不思議と嫌な感じはしなかった。



 夜は更け、フェンの様態を確認する。


「やはり凄まじい回復能力ですね……日中の立ち眩みというのも、急激な回復による反動に過ぎなかったのでしょう」

「よ、良かった……」


 目立つ外傷はすっかり塞がり、傷口に当てておいたガーゼを取る。

 意識レベルの確認、四肢などの確認、視覚、聴覚の違和感の有無……脳にも異常は無さそうだ。


「さて、貴女はどのようにして陸竜を使役されているのですか?」


 ヴィーセさんが問う。


「……わ、私の咆哮に魔力を乗せて、陸竜を呼び寄せます……」

「それは……俗に言う”魔法”ですか?」

「魔法……では無いと思います。物心ついた頃から使えて、稽古はしてなくて……」


「……そうですか」


 ヴィーセさんはまたメモを取る。あくまで研究対象か。これが研究者気質の賢人という訳だ。


「あ、あの……?」

「失礼いたしました。では北の丘にでも参りましょう。あそこは小高く、周囲に障害物もありませんので咆哮も遠くまで届くでしょう」


 フェンの足取りはしっかりとしていた。覚悟を持ち、如何なる恐怖も危惧も、もう彼女を眩ませることはない。



 シェナレが馬車の支度をする。もういい加減に寝ていろと言ったが「ヴィーセ様が心配だ」と言って無理にでもついて来た。

 逆に俺も「寝ていろ」と言われたが、俺はフェンが心配なのでついて行く。フェンは勿論、ヴィーセさんは監視役として当然出動する。

 ルペールは一人は寂しいということでついて来た。


「何か体調に違和感があると判断し次第に中止させます。よろしいですね」


 自分の街(プロシェンヌ)のピンチだと言うに……この人はどこまでも利他的だ。ある種利己的と言えるのかもしれんが。



 そうこう言いながら、フェンの体が静かに変わり始めた。

 その姿は徐々に人の形を失い、鋭い眼光と共に、純白の毛が夜の静寂を裂くように生え揃う。


 月光に照らされたその毛並みは、冷たくも神聖な輝きを放ち、まるで夜の守護者そのもののように見えた。巨大な銀狼——フェンは、神獣の姿へと完全に戻ったのだ。



「これが『神獣』の姿……」


 街の方ではちょっとした騒ぎになっていた。

 突然、見た事もないような魔獣が現れたのだ。当然だろう。もうこの街には居られないな。そんな事をぼんやりと考えていた。


 そして咆哮は北へ。陸竜共を巣に返す、物憂げな遠吠えであった。

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