第15話 プロシェンヌ奪還作戦
空中に突如出現した陸竜は、洞窟の瓦礫を纏いながら襲来する。
「助けに来たよーーーー!!!!」
低く響く轟音の中に、鮮明に聞こえた彼女の声。これを頼りに、俺は腕を伸ばす。
「ルペールッ!!」
眼前を埋め尽くすは巻き上がった砂埃と飛来した瓦礫……そして首を歪ませるようにねじり、獲物を探す陸竜の様である……。
ルペールはかの陸竜の足元に這いつくばっていた。助けに来たとは。
しかし吉兆の訪れであることは間違いなく。俺は走り出す。
「ま、待つのだぁぁぁっ! カナタぁぁぁっ!」
背後から羽交い絞めにされる。ラン・トゥール。凶悪的な怪力で身動きは取れない。
そうこうしていられないとい事態だのに。目の前の陸竜が見えてないのか。俺を足止めしている暇があるなら馬に乗って逃げろよ。
「ルペール! 動けるか?!」
呼びかけに呼応するように彼女の身体がピクリと動く。
いや分からない。陸竜の生み出す地響きがそう見せているだけやもしれん。
陸竜が鳴く。腹の奥が汗をかく、この時、男の絞める力も緩んでいった。
「あ、あがががが……」
「おいラン!! 正気を保て……!!」
シオンの号令が聞こえる。もうすっかり隊列は乱れ、数騎は既に逃げ出したか……対する生物は個体として最強格である陸竜。
むしろああして勇猛果敢に構えるシオンが異常な程である。
「急ぎカナタを洞窟の外へ連れて行け……! 陸竜は私が食い止め……」
大身槍を振るい、シオンの騎馬が前進した。
その時である。
人影がひとつ、シオンに突撃する。
「シオン!! またお前か!!」
「ルペール先輩……」
槍の穂先とルペールの鉤爪が打ち合う。急襲。この拍子にシオンのバランスが大きく崩れた。
シオン落馬。これに覆いかぶさるようにルペールがさらに迫る。
「がおっ!」
鉤爪はシオンの首筋に傷口を作り、そこから深紅の宝石が溢れた。苦しむ表情には死への恐怖……というよりも眼前に迫った敗北の屈辱が孕まれている様に感じる。
「馬鹿力め……」
ヒュッとか細い息が漏れる。力関係は明白か、弾き返すに至らない。
これは勝負あったか……とはいえそんな事をしている場合じゃないのだ……。
「る、ルペール! そっちも良いがこっちの大男をどうにか……!」
俺は藻掻いていた。
その時に隙を感じ取る。大男め、気絶してやがる。
俺がちょいと力を込めるとソイツはバランスを崩しぶっ倒れた。泡を噴き、白目をむいてしまっている。
ただ縄の拘束は解けちゃいないが……。
「……っち。役立たずめが……」
「ぐるる……!!」
ルペールの鉤爪は、遂にシオンの頸動脈を捉える。指先まで肉の中に埋まり、ここから血飛沫が噴き上がる。そこからみるみるシオンの力も失われていった。
「ルペール! それ以上はいい! 脱出するぞ!」
そんな風に制止する。
そうだ。優先するべきは脱出である。
「カナタぁ! 大丈夫! 傷だらけじゃん!」
「今はそれもどうでもいいって! ロバとフェンを連れてくぞ……!」
「で、でもさー! どうやって逃げんの??」
「そんなもんロバにでも乗って逃げりゃあいいだろ」
「ムリムリ! あの子すっごく遅いんだか!」
「……じゃ、じゃあお前が担いでくれ! 俺ならロバん中に入るから」
「そ・れ・も無理! 容量があるの! お腹は兎でいっぱい!」
「馬鹿野郎」
捨ててく訳にもいかねぇし……それにそんな時間もない……。
陸竜が迫る。
血飛沫に反応したか、脇目も振らずに突進してくる。
「……ならせめて、フェンとロバだけでも連れて行け」
「はぁ?? バカヤロウはお前だ!」
「言ってる場合かよ……フェンがいなけりゃプロシェンヌは救えねぇ……ならやるべき事は一つで……」
ルペールは黙り込む。この期に及んで悩むとはつくづくな奴め……。
もう時間がない。そんな時、ルペールは陸竜の前へと飛び出した。
「がるぁっ!!」
「おいルペール!」
陸竜の前腕が振り上げられる。巨大な腕だ。ルペールなどお話にはならない。
彼女の鉤爪と陸竜の掌がぶつかり合う。
しかしどうにもならない。
肉を打つ音がした。
ルペールが吹き飛ぶ。血液の軌跡を残し、本人の姿がすっかり消え去ったのだ。
「あ……」
眼前に迫る陸竜。掌。
どう死ぬか。これは簡単に推測出来た。
思い描く、人の形の残らない自身の死体。それはあまりに凄惨で悲劇的なものだろう。
「カナタ・アールベットォ!!」
横から突き飛ばされる。
しかしこれは、陸竜に弾かれた訳ではなかった。
シオンである。手負いの彼女に庇われたのだ。
「お、お前……」
「はぁ……はぁ……貴様に死なれては困るのだ……」
「は? 何言ってんだお前……」
「この光景に疑う余地がまだあるか……まぁいい。それに、お前の迎えが来たようだな」
シオンの睨みつける先、そこは洞窟の入り口。かの場所には、見知った騎馬が見参していた。
「シェナレだ……」
手負いのルペールを抱え、瓦礫の山を見つめるかの男はシェナレ。
俺を助けに戻って来たのか、アイツ。ルペールと陸竜をココに案内したのもアイツだろう。
「情けは人の為ならずか……フン」
俺はシオンに担ぎ上げられる。ついでにロバも一緒に。
そしてスイングモーションに入る。
「お、おい……!」
「あそこまで投げるぞ。カナタ・アールベット」
獣人の怪力。俺とロバは宙を舞った。
「うわあああああっ!!」
空中でクルクルと回転する。
その時シオンと目が合った。
物憂げな彼女……次の瞬間には陸竜に強襲され彼女もまた吹き飛ばされる。
瓦礫の山に打ち付けられ、洞窟内に轟音が鳴り響いたのだった……。
「カナタ! おい起きろカナタ!」
…………次に目を覚ましたのは、陸竜の巣からよほど離れた場所で、シェナレに身体を揺すられたタイミングであった。
放り投げられた際に打ち所が悪く、少しの間気絶していたらしい。
これをシェナレは回収し、馬と共に走り去ったそうだ。
それとルペールも無事であった。獣人の耐久力。
ちなみに瓦礫の山の崩壊音で目覚め、ロバを背負って逃げたらしい。今は俺の隣でロバの身体を水で洗っている。
「シオンはどうなった……?」
俺がそんな事を聞くとルペールはどうにも不機嫌そうな顔をした。一方シェナレは困惑した様子。
「シオンって……僕達を捕まえて来た奴だろう? 追って来てはいないが……」
「あ……あぁそうかそうか。じゃあ良いんだ。イェーイ……」
ルペールは尚も睨みつけて来た。どうやら俺が今こうして無事なおかげで、シオンに庇われたのではないか……もしや只ならぬ関係で無いか。そんな事を疑っているのだろう。
それか俺が”お前だけでも逃げてくれ”と無責任なことを言い抜かしたことを根に持っているのか。
そうした甲斐性のなさ、侮蔑されても仕方ない。
「……? ま、まぁ皆無事なら良いでしょう。さぁ早くプロシェンヌに帰還し、陸竜を退けましょう」
「お! なんか解決策あんの?」
「……貴方たちが知ってるんじゃないのですか?」
「ウチは知らないよ」
「な……」
「……解決策と言えるほど正確なものじゃないけど……フェンを取り返せたなら可能な筈だ……」
そこからもう少しだけ身体を休め、そうしてファーラの谷を後にした。
向かうは渦中のプロシェンヌ。この頃にはすっかり日も暮れ始めている頃だった。
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