第14話 ギルドのモノノフ達
「いや~すいやせんねぇ。オイラが煙を吸っとる間にねぇ」
ギエーナは調子よくシオンに擦り寄る。本当にコイツは調子がいい……まぁシェナレは逃げられたのだから、何も責める事は出来ない。
一方ギルドの者共にとってみれば腹立たしい男だろう。どう考えても信用ならないという具合だ。
大男がギエーナににじり寄る。
「ぬぅ貴様ー!! 貴様のせいで一人取り逃がしぃ……!!」
「すいやせんって。へへへ」
「ぐぬぬぬ……。責め甲斐の無い奴め……」
「もう良いと言っておるだろ。どちらにせよカナタは逃がしていないのだ」
シオンは俺へとにじり寄る。その片手には、ロバの手綱が握られていた。俺達のロバだ。ただフェンの姿は見当たらない、まだ腹の中、バレずに籠って居るのだろうか。
「ぬぅしかし、本当にこんなロバで釣れるとはなぁ」
「……当然だ。それに餌はロバではない」
シオンはロバの腹部に手を伸ばし、チャックにまで手を掛けた。
「むむむ。チャック?? このロバ魔獣であったかぁ!」
「アンタぁ、バカかい」
「む、むふぅ……! こ、この狼は……!」
チャックを開けると転がり落ちて来た小さな小さな銀色の狼。
フェンだ。見ない間にまた一段と縮まっている……呼吸がか細く見てられない。
「この子狼、やはり一昨夜の納屋、そしてトロンペの森にて我らと交戦した……」
「ぬ、ぬぁにぃ~?? あの晩の、憎き憎き銀狼ぅ??」
「騒がしい」
「し、しかし見る影もなき小さな体躯ぅ……同一個体とは思えぬが……」
「……この”種”は死を前にすると身体を小さく変化させ、必要な熱量を削減する……このまま死にゆく場合もあるが、多くは細く長く生き抜こうとする何ともいじらしい生物だ」
シオンは、何か知っている様な口振りである……。
コイツならフェンを治せるか。
「な、なぁシオン、そいつはまだ治るのか……??」
シオンがこちらを見やる。
俺はしまったと思った。
妙な弱みを見せてしまったか。
ただ、ココで変に取り繕ってしまえば、余計に弱みである事を晒すだろう。俺はシオンを見つめ返す。
「……治る治らないではない。これが本来の姿であり生態だ」
なんだ治せないのか。いや口振り的には”治さない”か。
ただ、治らない事を良しとする者も居た。
横の大男だ。
「そ、そうかぁ……これがかの銀狼であったかぁ。ぐふふふふ」
大男はフェンを踏みつける。耳を塞ぎたくなるような音がした。
「お前……!」
「五月蠅い! ぐぬふふふ。こんなチャンスを逃すものかぁ。憎きっ! 憎き畜生風情がぁ……!!」
チャンスとは何か。俺はそんな事を整理している場合でもない。
目の前でフェンが踏み荒らされていた。みるみると美しい毛並みが泥で汚れ、そこに血も混じる。
「やめろ……!!」
俺はただ叫ぶしかできない。
手を結ばれ、地面に突っ伏され……怒張しても止める事は出来ず……ただ怒りに身体を震わせるばかりだ。
情けなく、心臓ばかりが引き裂けるほどに苦しい。
「止せ。ラン」
「えぇ……??」
かの蛮行を、流石に見かねたかシオンが威圧をかける。大男は途端に大人しくなる。
よく分からんが……一先ず助かった……。
「し、シオン……」
「……もう良い。ラン、さがっていろ」
「え。え。え。だ、だがぁ……」
「頭を冷やしてこいと言っているのだ。出立の用意でもしていろ」
「う、うす……」
大男はその大きな肩をすっかり丸め、トボトボと消えて行った。
「あれま。ほいじゃオイラも失礼しますんでぇ」
「……はぁ」
ギエーナも消える。叱責の気配でも感じたのだろうか。当然シオンも、奴の裏切りには気付いているだろう。それもあっての溜め息だ。族などを当てにしたからだ。それは後悔の溜め息だ。
「やはり族など、計算に入れるべきで無かったか」
「……はは」
「……何が可笑しい」
「あぁいや……悪い」
カッと睨まれる。
シオンがついこちらの思惑通りに思い悩むものだから、何だか笑えてきたのだ。これは俺が軽率だった。
かく言う彼女は特段気にした様子もなく、むしろフェンの方へ目を向ける。
それから刻刻と時間が経って行った。
日が真上を過ぎ、この頃になると雪も晴れ、遠景も良く見える様になっていた。
寒さこそ残っているが、どこかへ出かけるのには十分な気候となったのだ。
「ラン。もう出立するぞ」
「お、おう……!」
ギルドの武士共が慌ただしくなる。出立とは、一体どこへ行くつもりなのか。
そんな風に考えていると、大男が寄って来る。
ラン・トゥールという男だ。
「ぐそぅ……何故我がこんな雑用を……」
コイツはさっきから何やらブツブツ言っている。
ブツブツと言いながら俺を軽々ひょいと持ち上げるのだ。
ギルドの奴等は幾分か焦っていた。そそくさと身支度を進めているが、何をそんなに焦っているのか。
「陸竜ですぜ。旦那」
ギエーナが声を掛けて来た。
「陸竜がどうしたよ」
「さっきも言ったじゃないですかい。ここは”陸竜の巣”だってね」
「あぁそうか……」
「そうですそうです。鬼の居ぬ間に寝泊まりさせていただいた訳ですがね、奴等がいつ帰って来るか分んねぇですわ」
成程と言ったところだ……この拘束された状態では余計に恐怖心が増す。
今、この瞬間にでも陸竜が現れたなら、コイツらはちゃんと俺を運んでくれるのか……?
そんな危惧が脳裏をめぐる。
これを金属の甲高い音がかき消した。シオンの持つ大身槍が地面に打ち付けられたのだ。
「無駄口はそこまでにしろギエーナ。お前は第一陣だ。進め」
「うへ~……お賃金弾ませてもらいやすからねぇ……ったく」
ギエーナがピュゥと指笛を鳴らすと真っ赤な馬が走り込んで来た。
「ギエーナを先頭、族はその後ろに続き、本陣にランを据える。そのすぐ後ろが私だ……残りの者はこれを囲う様に、隊列を乱すな」
シオンはいっちょ前に隊を仕切ってみせた……当然周囲は従うが、どうにも士気が低く感じる……。
「……っち。全隊出陣せよ……――――」
その時だった――。
地鳴りがした。
立っていられない様な揺れだ。
利口に隊列を為していた馬達も、これに驚きドタバタと恐れるがままに走り始める。
「う、うわあああああ!」
「おい待て!! 貴様ら!! 隊列を……――――」
シオンがそう言いかけた瞬間に、再度凄まじい地鳴りが辺りを揺らす。
震源は上空……洞窟の上だ。
「し、シオぉン!! 陸竜だぁ!!」
ランが叫ぶ。視線は洞窟の天井を向いていた。
巨大な亀裂、その隙間から眩い日の光が差し込んだかと思えば、陸竜の五体が降臨する。
「カナターーーー!!!!」
天井が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。陸竜が轟き、こうしたけたたましい轟音が響く。
この騒ぎの中に俺は、よほど聞き馴染みのある声を聞いた。
快活な女の声だ。
「ルペール?!」
ご覧いただきありがとうございます!
少しでも『おもしろい!』『たのしみ!』『期待してる!』と思っていただけたら『ブックマーク』と広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしていただけると幸いです!
皆様の応援が力になります……! ぜひ評価お願いします!




