第13話 陸竜の巣は最高の隠れ家
族の隠れ家で洞窟を切り出した様な構造である。外の世界ほど寒くはない。どこから盗んで来たかも知れない品々がこれでもかと並んでいる。
その盗品の山の奥に、ルペールのロバも見つけた。外傷は無い。とことん囮用に捕まえたんだな。なんと意地の悪い話だ……。
「奥に縛りつけておけ。私はギルド長に連絡を取る」
そんなこんなで、俺たちはすっかり自由を奪われた。
監視役は飄々としたいけすかない族の一人だ。
「陸竜の巣ってのはぁサイコーの隠れ家なんですわぁ。人も立ち寄らず、程度の知れた獣なら一瞥もくれねぇ」
ギエーナという男はベラベラずっと喋っていた。本人は”喋りゃあ身体が温まる”とか言ってたが、その実単に喋り好きなだけだろう。人の気も知らねぇで……。
一方の俺たちは丁重にも猿轡を施され、ツバすらろくに飲み込めない。
それと、シェナレは心ここにあらずな様子だった。無事に帰れるのかという不安と、馬のフレックの安否を心配しての様子だろう。何もかも俺のせいにつき、居た堪れない。
「あぁそうか。口塞がれてっからねぇ、喋れねぇのか。寂しいからちょいと解いてやるよ」
ギエーナはシオン隊の目を盗んで猿轡を解く……族であるからか、人目を盗むのだってお手の物らしい。
「ぺっ。ぺっ……そのやり口でロバも盗んでったって訳か」
彼はバツが悪いという表情だ。
なんならもっと良心の呵責に追い詰められて欲しいものだが……それもこれもシオン隊の差し金なら、こんな下っ端に当ってもしょうがない……。
「へへへ。悪かったよ旦那~。それとあんまり大声は止してくれよ。バレたらオイラも馬っころみたいになっちまう」
”馬っころ”……というのはフレックの事か。今は俺達の隣で大人しくしている。傷は思ったより浅かった……ただ転倒した拍子に骨が折れたかもしれない。そんな状況だ。
「貴様……小悪党の分際で……調子に乗るな!!」
シェナレは、この男の飄々とした調子に、食って掛かる勢いである。しかし大声を出してはいけない。
「止せ止せ。大声は禁止だ」
コイツの言う通りである。それはシェナレも理解している。怒りを飲み込み代わりに溜め息をつく。そうして、馬の様子を悲しそうな視線で見つめるのだ。
「お前らの狙いはなんだ……?」
「ねらいぃ? オイラは知んねぇよ。あの女に聞いてくれや」
「聞けるわけねぇだろ」
「そりゃそうか。アイツぁおっかねぇ顔してっからなぁ。ケツは良いんだがね。ケツは」
「そういう話じゃないんだが……」
ギエーナは懐からシガレットを取り出す。所謂ところの巻き煙草。先端に火を付けて、逆の端から息を吸い吐く臭ぇ棒だ。かの煙は苦手である。
「あれま。ライターどっかやっちまったな」
ライター。これまたハイカラなもんを探してやがる。どうせ盗品だ。何だったらばシガレットさえ盗んだ物だろう。本当にこいつらは好きになれん。
ついでにこんな奴等と手を組んだ、ギルドの方もすっかり失望した……。
「おい貴様」
シェナレがそんな風に問いかけた。その視線はどうにも様子がおかしい……。それこそ手負いの馬を見つめるような心優しい視線ではない。
「そんな呼び方は止しときなぁ少年。ギエーナって名乗らなかったかい?」
「……ギエーナ。ライターなら僕のズボンのポケットに入ってる」
「……おぉそうかい。それがどうしたんだい?」
「貸してやる」
あぁそういうことかと、俺は何となく察せた。
どこか情緒的なこの男は、簡単に手籠めにできると考えたのだろう。
要は買収である。
「……やだよ。アンタなんか企んでるね」
「企んでるに決まってるだろ。簡単な仕事を執り行ってくれればいい」
「……ほんとに簡単かねぇ。どうしようかねぇ」
「お、おいシェナレ」
「僕に任せて。どうにか巧くやる……」
ギエーナはうーんうーんと悩み果てる。ニコチンの力とは恐ろしいもので、とうとう心を揺り動かされた。本当にこいつらは……なんて非合理な奴等だ……かえって好きになってきた。
「煙草ぉ吸いたいけどねぇ……どうしようかねぇ」
「……早くしてくれ! 奴等に気付かれたら……!」
「う~ん。ライターはねぇ。どうせウチの仲間も持ってるからねぇ」
ここにきてギエーナが渋る。
どこまで行っても買い手の強い現状だ。
「ならギエーナ……俺からも取引だ」
「カナタ……?」
「確かにライターごときじゃ魅力はないだろ」
「な……」
「……”蜘蛛の糸”なんてどうだ。昨晩のヤツだ」
「お。蜘蛛のかい? そいつぁ良いね」
「あぁそうだ。俺の内ポケットにある」
「へへへ。話が分かるじゃないのぉ。で? どうすりゃ良いんだい? 少年」
「あ、あぁ……かの獣人女の近くで煙草を吸って来てくれ……」
「あれま。そんだけかい?」
「あぁ。それと、ライターは火を付けたまま地面に捨てろ」
煙で匂いを錯乱させ、その内に縄を焼き切ろうと言うのか。
「……まぁオイラはただの煙好きってことで……ほいじゃあまぁライター、借りるぜ」
「おぉいギルドの御方々~。アンタらも煙草吸わねぇかーい?」
ギエーナは悪びれる様子もなくギルドの奴等の方へ歩いて行った。
はてさて、俺たちは俺達でするべきことがあった。
「カナタよ……ライターは君が使え」
「何言ってんだ。二人で逃げ出そうぜ」
「不可能だ……ライターと言えども縄を焼き切るのには時間が掛かる……怪しまれぬ内に脱出できるのはせいぜい一人だけ」
「それもそうか……じゃあシェナレ、お前が使え」
「いいや。カナタが使うべきだ」
「お、おいおい……こんなくだらねぇ事で言い合っても……そもそもアイツらの狙いは俺だぜ?」
「……それはそうかもしれん。だが……よく考えてみろ。奴等の狙いがカナタなら、僕は解放される可能性が高い……天下のギルドだぞ、下手な真似はせん……」
天下のギルドとは……とんだ絵空事だ。正直言って、もうそこまでの信用は無い。
アイツらは平気でシェナレも標的にする。人質にだってするだろう。
では、どうするべきか。
「頼むシェナレ……お前が逃げろ。元はと言えば俺のせいなんだ」
「君のせい?」
「あぁ。俺は、追放者だ。君が助ける価値もない」
シェナレはピタリと止まった。先ほどまでの押し問答。しかしもう彼の方から押し返してくる事はなくなった。
追放者という言葉が、それ程までに衝撃的だったのだろう。言うなれば犯罪者……それより少し複雑な立場。
俺は察していた。
俺が追放された身だと語れば、シェナレは逃げてくれるだろうと。
それに、俺はおいそれと逃げる訳にはいかない。
フェンとロバを連れ帰らねば。
「ほら。ライターの燃料が切れちまう……早くしろシェナレ」
俯くシェナレ。しかしコイツはよっぽど合理的な男だ。地面に落ちたライターに縄を近づける。
じりじりと燃える荒縄。手にまで熱が伝わっているのか、額にまで汗がにじむ。
そうしてとうとう縄が焼き切れた。
「……フレック……走れるか」
ギエーナが引き付けている内に、とうとうシェナレは出立した。
ただ一切気取られないという訳でもない。シオンも、その周りも者も、当然走り去るシェナレを視認していた。
「あ、あれはぁ?! ひ、一人逃げましたぞぉー!!」
「……落ち着けラン……あれは”おまけ”だ。カナタならばまだ捕らえてある」
「ぬ、ぬぅ……ラン・トゥールぅ、一生の不覚ぅ」
「もう良い」
これ以上好きにさせまいと思ったか。シオンと横のデカいのが、ズカズカこちらへ近づいて来る。
「カナタ・アールベット。これより君は私の僕だ。徹底的に支配してあげよう」
「はは……勘弁してもらいたいんだが……」
「何を今更……私は言った筈だ。次に捕まったなら、好きなように為される事を覚悟せよと……これを知った上でやって来たのだ。了承とさえ捉えられるだろう」
人質取った癖によく言いやがる……。
「ふふふ……遂に私は、ルペール先輩から奪ったのだ……この男を……ははは」
不敵な笑みを浮かべるシオンだが、どうにも幸せだろうと言う風には見えなかった。
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