第12話 陸竜の谷攻略戦
ファーラの谷へと至る前に、もうすっかり夜が明けた。
背に昇る陽を受ける。そう言えば一睡もしてないな。
「寝て良いか?」
「振り落とすぞ」
コイツが言うと冗談に聞こえない。
それにしても一つ引っかかる事がある。ロバは無事かどうか。族のことだ、捕らえた獲物はとっとと捌いて食ってしまうか売ってしまうか、してしまいそうなもの。
行ってももう遅いという事もあり得る。
いぃや、そんなネガティブな事ばかり考えてちゃいけない。今は馬鹿になってしまえ。
そういえばルペールは何処へ行った? あいつも馬鹿になってロバを探しに行ったのだろう。いやアイツは元からだいぶ馬鹿だったが。
「……寝たか?」
「ね、寝てねぇよ」
そもそも寝てると思ったんなら話しかけるんじゃないよ。
「妙な地鳴りがする。速度を上げるぞ」
「え? あ、おう」
地鳴り。確かに感じないでもない。しかしすぐ近くではないだろう。だいぶと遠くだ。言われにゃ気付かん。よほど神経研ぎ澄ましてるんだろう。流石は賢人の御付きモン……。
「なんの地鳴りだろうな」
「さぁ……もしかしたら陸竜が追いかけて来てるかも……」
「お、おいおい」
だから、お前が言うと冗談に聞こえないんだってば……。
そんな風に思いながら背後を確認。よかった追いかけては来ていない。
「なぁそういえばお前……というより、何でヴィーセさんは護衛を付けてなかったんだ?」
「は?」
「ほら。昨日の夜によぉ、蜘蛛に襲われっぱなしで」
「……僕が居たじゃないか」
「いや、でも本職じゃないだろ」
本職だとして、賢人ほどの人物の護衛にゃ人手不足だ。
「なぁ。ヴィーセさんってのは本当に賢人なのか?」
「……貴様、まだそんな事を言って……」
「ば、馬鹿にした訳じゃ……ほら町民も心良い感じじゃねぇし、そもそもなんだその籠手は。賢人の仕事じゃないだろ」
「……街の者は、誰一人ヴィーセ様を善い人と考えていない」
「らしいな」
「それは嫉妬か無理解ゆえか……ともかく彼女は街の者から煙たがられている。そんな者達を無理に頼る事もないとは思わないか」
「つってもせめて護衛ぐらいは……」
「何をするか、何を言い触らされるかわからん余所者を近づける訳にはいかない……特に論文の情報など発表までに世に漏れたら事であろう」
「それはそうだけどよ……」
「ともかく僕はヴィーセ様の名誉を勝ち取る為なら何だって出来るんだ……」
「何でも……」
「あぁ何でもだ……例え、この身がどうなろうと……」
「シェナレ」
「……それより……」
シェナレが手綱を引く。すると馬の足がピタリと止まった。
「着いたぞ。眼前に広がるものが”ファーラの谷”だ」
岩壁が遥か高くまで聳え、そして遥か遠くまで続く。
透き通った清らかなる水が渓流を生み、昇りかけの朝日がこれを照らす。
これが大自然か。これが西の秘境か。ここに巨大な世界を感じた。
「あの岩壁が崩れたらどうなるんだろうな……」
「くだらん事を言ってる場合か。行くぞ」
「あぁ」
渓谷の川岸には馬の足跡がいくつか残っている。ここには確かに誰かが来ている。
陸竜の巣だ、滅多な事がねぇと人なんて来ないだろうし、憲兵の”谷に消える族を見た”という話は正確なのだろう。
「この足跡を辿りゃあ良いんじゃねぇか?」
「と、思うが……こんなにあからさまに痕跡を残すだろうか……?」
「つっても岩壁に囲まれてんだ。行く方向も限られてんだろ」
それに警戒すべきは族だけでない。ここは陸竜の住処、多くがプロシェンヌへと出払っているとはいえ、残りが居ないとも限らない。恐ろしい話だ。朝日を喜ぶ小鳥の囀りさえ、俺たちを脅かすには十分である。
そうこう考えながらパカパカ進み、ついに怪しげな人影を確認するまでに至った。
「お。あれが族か?」
焚火の黒煙がゆらゆらと立ち上っている。魚の焼ける生臭いような、苦いような匂いもした。
「嫌な匂いだな」
「余計な事を喋んなよ……バレたらどうすんだ」
「聞こえる訳がないだろう……それで、何処にいる?」
「あそこだよ」
黒煙の足元、岩の影に確かに人の集まりがあった。
しかしそれは、族などというほど擦れてはいない。むしろ立派な重装備の集団であった。
軍旗の文様に見覚えがある。あれは、”ギルドの一行”である。追放者を追ってやって来た、シオン隊の面々だ。
「妙に整った身なりだな……本当に族か?」
「違う……シェナレ、一旦離れるぞ」
「族じゃないって……まさか彼等もプロシェンヌを救うために……」
「それはどうか知らねぇが、とにかく離れたい」
「何故だ? 協力してもらった方が良いだろうに」
シェナレの言う通りなんだが、俺にも俺の事情がある。奴等にバレたら事だ。特にシオン。アイツの脚力じゃあこの馬でも逃げ切れんだろうて。
「とにかく俺は反対だ……! 何とか別ルートから……」
その時、背後で砂利を踏みつける音を聞く。
嫌な予感は的中した。
「あ。アールベット氏」
背後に一人男が居た。濃い顔の汗ばんだ大男だ。
彼はギルドの者。身なりを見れば分かる。
「お、おいおいおいー!! カナタ・アールベットですぞー!!」
「な、なんだ? ……カナタ知り合いか?」
「一方的だけどな」
俺は無理に手綱を取って馬を走らせる。
「ぬおぉーー!!!! 通しませんぞっ!!」
眼前の大男は背に大剣を携える。俺の身長など優に上回る刀身だ。あんな物がマトモに振れるものか。
馬は咄嗟の事でたじろいだが、寧ろ慌ただしくも加速する。
次の瞬間だった。
俺とシェナレは宙を舞っていた。
少し湿った砂利の上に投げ出され、頬かどこかを擦りむいた。服もすっかり汚れてしまった。
「馬!! 無事か?!」
馬が川岸に転がる。そこへシェナレが駆け寄った。致命傷ではないか? しかしタダでは済んでいない。
「ぬぅぅ。斬り損なってしまったぁ……」
馬の首に深い切り傷。血が砂利の隙を通り、川に流れ、不可思議な赤の文様を描く。
「”龍討”の扱いには気を付けろ。ラン」
「も、申し訳ない! シオン!」
「もう来たか。流石だカナタ・アールベット」
手負いの俺たちに、そんな事をわざわざ語り掛けて来たるはかのシオン。コイツはこれまた鉄仮面のように冷酷な表情をしているのだ。
「おや。ルペール先輩は居ないのか。代わりに少年が一人……」
「待て! ソイツには手を出すな!」
「……必死な様子を見るに、ただならぬ関係で間違いないな。諸共連れて行け」
コイツ等の狙いは分からない。なぜこの場に居るのか。そもそも何故にここまで俺達に執着するか……。単なる追放者への嫌がらせならば、どれだけ安心するだろうか。
それから俺たちは拘束され、長い長い峡谷を連れ回される。街からはどんどんと離れ、遂に雪積もる辺境まで来てしまった。だいぶ北上して来たらしい。
何処へ行く気か。俺を元の街に連れ帰ろうという魂胆ではないのか?
「着いたぞ。感動の再会だ」
シオンはそんな事を言った。再会とは。概ね察しはついていた。
「まさかお前ら……」
「静かにしていろ。ラン、角笛を」
「お、おう!」
ランとか言う大男が、薄汚れた角笛を吹く。内臓にくる重低音。これが十数秒続いた。
「”族”を呼ぶ合図だ。ここからは奴等に案内させる」
俺の予想は的中していた。
コイツ等は”族”と手を組んでいた。ロバを攫わせ、囮に使い、あろう事か見ず知らずの一般人まで巻き込んで俺達を捕らえようと言うのだ。
「シオン……お前、正気か?? 盗賊なんかと手を組んでまで、俺を誘き寄せるたぁ、ギルドの風上にも置けねぇ……」
「貴様を手に入れる為ならば手段は選ばん。それにだ。追放されたお前に、風上云々と言われたくはないな」
雪に隠れた洞窟のアジトから、ぞろぞろと族共が現れる。あの日の夜に、ヴィーセさんの馬車を狙い、俺達のロバを攫った、奴等である。
「よぉ旅の御方~。オイラですよ。ギエーナでございます。ほら昨晩の」
「……覚えてねぇな」
「へへへ。アンタ追放者だったんだねぇ。まぁいいや。外は冷えますんでどうぞ中へ。へへへ」
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