第10話 こそこそ冒険
馬車を進め件の邸宅に着く。
「ここで良いのか……?」
「はい。では参りましょう」
ヴィーセさんに促され、馬車の外に出ると、目の前に奇妙な建物が聳え立っていた。それは……家と呼ぶには複雑怪奇な構造をしている。
石造りの階段が続き、漆塗りの艶やかな扉が目を引く。意味不明な文様が刻まれた石柱と石壁が並び、ステンドグラスは悪趣味な色で光を反射している。そしてねじ巻きの屋根は不必要な高さまで伸びていた。
「これが家……?」
「す、住めんの?」
「えぇ。どうぞおあがりください」
こんなアーティスティックな家で論文を書き、研究を進めているのか。人とズレていると言うか。俺ならもっとこじんまりとした家に住みたい。流石は賢人様ですか。
「カナター? どしたー」
「あ、あぁ」
「なんか考えご……あ、もしかしてカナタも??」
「あ? ”も”ってなんだよ」
「え。いやなんでもなーい」
何かと怪しいルペールよ。コイツからは目を離さないようにしとかねばな。賢人の家で妙な事をされたら、そう考えるだけでも恐ろしい。
「大人しくしてろよ」
「ぐ。だ、大丈夫だってぇー」
「……ただいま」
俺がルペールに睨みを利かせている内に、もうヴィーセは自宅の扉に手を掛けている。そうしてドアノブを捻るのだ。
彼女に続いて俺たちも家へなだれ込む。
部屋は真っ暗。何も見えない。
「今電気を付けるから」
「あ。なんか踏んじゃった。すんません」
「気にしないで。ワタクシも踏みながら歩いてますので」
「それはそれでどうなん?」
電気を付ける。これを言って数秒後に天井の電灯が灯る。淡くも温かみのある光で……。
「部屋きたな!」
ゴミの山、書類の山……何日前に使ったかも分からない鍋とカトラリー。皿は見当たらない。調理なべのまま食ってんのかこの人は。
「こ、この液体は何なの?」
「さぁ」
「え……じゃあこの布は?」
「下着ですね」
ちょっとこの家、居辛いです。
「それよりもう寝ましょうか。ではまず床の物をどかして……」
「いや片付けましょうよ」
「てか、ちょっとヴィーセ。化粧落とさんの?」
「けしょ……なんですかそれは」
「……すっぴんでそれとかマジ? は? 顔面つよすぎ」
そんな言い合いをしながらも、ルペールはあっという間に寝てしまった。そう言えば朝のシオンを追い返してから今の今まで……ずっと起きっぱなしだったからな。
まぁ俺は腹が減り過ぎて眠気が飛んじまったが……。
「あら。まだ起きてたんですね……」
「あ。どうも」
そういうヴィーセさんも起きていた。
どうやら”構想のまとまった論文”とやらを仕上げていたらしい。時刻は日を跨ぐ頃か。街はそれでもまだ明るい。
「何か食べに行きますか?」
「え」
「ちょうどお腹が空いてしまったので、ご馳走しますよ」
「俺だけ……悪いな」
ルペールはすぅすぅと寝ている。彼女もまた腹を空かした哀れなはぐれ者。彼女にも何か食わしてやりたいが、起こすのも忍びない。
「外は冷えます。ワタクシのコートを貸して差し上げます」
「で、でもなぁ」
「……君は、とても優しさが下手ですね」
「……余計なお世話っす……」
なんだ。その”優しさが下手”というのは……俺は誰かから褒められるのも、敬われるのも苦手なだけだ。誰にも悟られず、自己満足の範疇で優しさを振りまいていた方が幾分か安心する……。
俺は感謝されたくて、善行を積んでる訳じゃない。
「ふふ。さぁどうぞ。コートです」
「ど、どうも……」
それからすぐ繁華街に出て、最初に目に付いた店に入った。
そこで注文したものは、爽やかな柑橘系の粉末と香り高い鳥ガラのスープ、味は塩……これにしっかりと歯ごたえのある細めの麺がよく馴染む。それとサーモン。こいつも旨い。
「塩ですか」
「いただきます」
俺は勢いよく啜る。
「ふふ。やりますね。ではワタクシも」
ヴィーセさんも啜る。彼女の方にはにんにくとイクラのトッピング……まさにこれは富豪の配合……こちらもなかなか旨そうだ……。
「トッピングなんて、常連スカ?」
「えぇ。最近は毎晩」
「え」
「ハマっちゃいまして。大将も良い方ですし」
「だのに……そのスタイル……」
ヴィーセさんは、肥満を知らないタイプらしい……。
「よぉ兄ちゃん。ちょっと奥詰めてくれ」
「え、あぁすいません……」
後少しで食べ終わると言うところで別の客がやって来る。
俺達は押されるがまま一つ席を詰める。
「……ごちそうさまでした。ヴィーセさん」
「えぇ。ワタクシもご一緒できて楽しかったです……」
俺達はそんな事を言いながら席を立つ。その時だった。
「あ? ヴィーセだ? おほ、本物じゃねぇか」
先程の男が声をかけてくる。何だか横柄な物言いだ。賢人に呼び捨てとは……。
「どうだい論文の進捗は?? そろそろ収入に見合った成果あげろよぉ」
品の無い語り口……どうにも気分が悪い……。
「……いきましょうかカナタさん」
「え、あぁはい」
「へへへ。逃げられちまった」
……嫌な後味だった……。
「アイツらは……知り合いで?」
「いえ。ですが時折、ああいう方に出くわすんです」
「……なるほど」
「賢人とは、過程の見えにくい職業です。あのように言われるのも無理はない……」
「それで良いんすか」
「構いません。努力はいつか必ず報われます」
「それじゃあ駄目ですよ……”いつか”は来ない事の方が多い」
「ワタクシの夢には時間が必要なんです」
「俺もそうだった……けど駄目だった……俺は追放された……」
「……忠告ありがとうございます」
「…………あぁ」
何を熱くなっているのか俺は。
言うならば赤の他人……飯を奢ってもらった仲だ。別に誰にどう言われていても関係はないのだ。
俺自身が、よほど追放された一件を気にしていたらしい。何とも押しつけがましい。
「すいません……余計な事言って」
「余計な事ではありません。それは貴方の優しさですよ」
優しさ……か。
慰めには丁度いい言葉だ。
それでも真正面から受け入れよう。そう思わせてくれるほどに、賢人様の笑顔は優しかった。
「さぁもう眠りましょう」
「食ってすぐっすけど」
「なるほど……気にした事がありませんね」
この人マジか。
「……ただいま」
「……? おや……ルペールさんは何処へ?」
「え?」
暗闇の深いヴィーセ宅……眠れるルペールは置いて行った。
しかしどうだ。彼女の上に掛かっていた毛布は払い除けられ、彼女の姿はどこにもない。
「彼女もご飯でしょうか?」
「いや無一文っすからねぇ……もしかしたら街の外に……」
「ロバを探しに行った……という事でしょうか」
「かも、しれません……」
あれだけ制止したのに、本当にアイツは無鉄砲な……。
「ヴィーセ様!! 緊急事態です!! ヴィーセ様!!」
「こ、今度はなんだ……??」
「……シェナレ。ルペールさんの件でしたら今しがた……」
「ルペール?? いえその件ではなく……街の外が……!」
「外?」
「はい……陸竜の群れが出現……!! プロシェンヌが完全に包囲され、行動不能の状態です!!」
な、なにぃ……??
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