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セヴン 博士を憎んだクローン

作者: 藤村ひろと

ローズウッドの重たい扉が開いて、男が入ってきた。


店の中を見回して他に客がいないのを確認すると、カウンターに座ってラフロイグをストレートで注文する。出てきたスモーキーフレーバの強いアイレイモルトウイスキーをぐいと呑み干すと、ようやくひと心地ついたようだ。


無愛想にグラスを磨 くマスターにおかわりとスモークドベーコンをオーダして、タバコに火をつけた。


と、後ろの扉が開く。


入ってきた常連客は、マスターに一声かけるとボトルを取って勝手にヤり始める。


扉が開いた瞬間ビクッとして振り返ったラフロイグの男は、大きなため息をついて座りなおす。マスターは横目でその様子を見ながら、知らんフリでおかわりとベーコンを男の前に置いた。今度はちびちびやり始めた様子を見て、それっきり興味を失ったかのように常連客とぼそぼそ話し出す。


しかし、実際は興味津々だったようだ。


話しながら二人は、時々男を盗み見る。男の方は知ってか知らずか、やせこけた頬をもぐもぐと動かしながら黙々とベーコンを食べ、憔悴した様子で酒をすすっている。やがて意を決したのか、常連客が男に近づき、おずおずと話し掛ける。



「失礼、もしかしてドクター・ジョイエルではありませんか?  クローニングの世界的権威の……」



ドクターは最初否定していたが、男は彼の研究の熱心なファンだったようで、どうにもごまかしきれなくなる。ついにその旨を認めると男は飛び上がって喜び、サインを求めてきた。男の差し出したノートにサインしたあと、あれこれ話し掛けてくるのに辟易したのかドクターは席を立つ。



「ご気分を害してしまったようで、申し訳ありません。でも、クローニングの問題には、ずっと興味があったものですから」


「私はもう、現役を引退しました。これから先クローンを作ることも語ることもないでしょう。」



吐き捨てるようにそれだけ言うと、ドクターは店を出て行った。


残された客とマスターはその寡黙な様子を邪推して、あれこれ好き勝手な話をしている。マスターは客がその手の話題に詳しいと見て、自分の考えを話し始めた。



「もしかしたら、今の人自身が博士のクローンなんじゃないか?」


「いや、それはありえないよ。クローンったって人間をそのままコピーできるわけじゃない。作ったクローンは赤ん坊から育てなくちゃならないんだ」


「へえ、それじゃ代わりに仕事をしてもらう、ってわけにはいかないんだな。そうすると何だってそんなものを作るんだ?  金持ちが長生きするために、臓器を取るための生きたストックにするとか」


「それもあんまり意味はないよ。例えば寿命六十年のひとが 三十歳でクローンを作るだろう? するとそのクローンの寿命は三十年なんだ。テロメアって言う寿命の回数券みたいなものがあってね、コピーコピーで長生きって訳には行かないんだよ」


「なるほどな。それであのひとは 、あんなに元気がなかったのか」


「う~ん、そんなことはクローニング技術が実用化する前から判っていたことだし、たぶん関係ないと思うな。もっと切実な問題だったんじゃないか ? あの憔悴の仕方は異常だった」


「某国のスパイに誘拐されそうだとか、邪魔に思った誰かに消されそうになっているとか?」


「はは、映画じゃあるまいし」



客が笑ったところで、扉がまた開く。


二人が振り返ると、そこに立っていたのは十五、六歳の男の子であった。


マスターが露骨に面倒そうな顔をして、男の子を叱る。



「こら、ここは子供の来るところじゃない」



マスターの声などまったく 無視して、男の子は店の中を一通り見渡すと横柄な口を利いた。



「ここに男がきていただろう? ドクター・ジョイエルってぇ冴えない爺さんが。やつはどこに行った?」


「口の利き方を知らないガキだな。いいかおまえ……」


「黙れ!  俺は十六でもおまえより年上なんだ。あの爺さんのクローンなんだからな。いいからジジイの居場所を言え」



少年は、叫びながら銃を取り出して、客とマスターに向ける。


二人は唖然として、銃口をおびえた目で見つめながら、知らないと首を振る。


少年は舌打ちすると、銃をしまった。



「あ、あんた、なんでドクターを捜しているんだ?」



恐る恐る聞いた客に 、何の感情もない無機質な視線を向けると、少年は心底やりきれないといった顔でつぶやいた。



「殺すために決まってるじゃねえか」


「殺す? ど、どうして?」



うんざりした口調で答えが返ってくる。



「おまえな、 ちょっと考えてみろよ。自分以外に自分がいるんだぞ? 育った環境で中身に違いがあるとは言え同じ顔、同じ声、同じ遺伝子を持つ人間が十人もいるんだぞ? おまえなら我慢できるか?」



そう言われて、簡単に想像できるような話でもない。ふたりは押し黙っているしかなかった。



「本物はひとりでいいんだ。俺はセヴン。オリジナルの爺いから数えて 七番目って事だ。ふざけた名前じゃねえか? だから俺以外の全部を殺して、俺がオリジナルのジョイエルになる」


「しかし、あんたは寿命が…」


ドンッ!


その言葉が発せられた瞬間、少年の銃が火を吹いて客の前のカウンターに穴をあけた。男は凍りついてしまう。その様子を冷笑しながら、少年は話を続けた。



「てめえなんかに言われなくても、そんなことは 充分わかってる。だからこそ、なんだよ。生まれたときから寿命が三十年しかないって判ってるんだ。俺は十六にして、早くも人生を折り返しているんだぞ。せめて自分がオリジナルになって死にたいじゃねえか」



少年は我に返って薄く笑う。冷静さを取り戻した彼は、少し態度を和らげて話し出した。



「他のやつもみな、だいたい同じようなことを考えていたようでな。あっという間に同じ遺伝子をもつ人間同士で殺し合いさ。そのサバイバルを経て、俺が生き残ったんだ。 二番から六番と八番から十番は俺が全員殺してやった。言ってみりゃ自殺なんだがな、ははは」


少年はそう言って、乾いた笑いを上げる。


空しく響く笑い声の毒に当てられて、 マスターと客のふたりは無言で少年を見つめていた。



「さて、爺さんを捜さなくちゃ。邪魔したな。あばよ」



言い捨てて扉を開いた少年の背中に、客が最後の質問を浴びせた。



「彼を殺したら、残りの人生を楽しむのかい?」



少年は振り返り、ようやく年齢にみあった無邪気な笑顔をみせる。話の内容はともかくとして。



「いいや、まだだ。 二番と四番が子供を作りやがったんだ。ジョイエルの呪われた遺伝子は全部、綺麗に掃除してやる」



目的に向かって全力疾走する者だけが持つ、エネルギーに満ちた力強い笑いを残し扉は閉まった。


台風一過、ようやく胸をなで下ろした二人は、顔を見合わせてため息をつく。


少年の言葉や笑顔が、まだ、耳に目に残っている。



むちゃくちゃな目的だが、少年は明確なそれに向かって全力で生きていた。


彼は全身から、あふれんばかりのパワーと輝きを放っていた。


そして………自分達は間違いなく、少年のエネルギーに嫉妬している。



ふたりはお互いの疲れた顔を見て、そのことに気づいた。


どちらからともなく、力のない、卑屈な笑いが湧き出す。


やりきれない思いをごまかして、ふたりは自嘲気味に笑い続けた。


 

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