その十八:レディ・ドルリスは事件に関係したなにかを探しに行く?
レディ・ドルリスはすましてつづけた。
「つまり、犯人が魔法で、ノワさんの匂いを付けていったのです」
「ええ~? 僕の匂いなんてどうやって作ったんですか?」
「ノン、作ったのではありませんわ。盗まれたのです。昨日までに、外のどこかで、匂い付けをしませんでしたか?」
お散歩しながら縄張り内の主要な各所に匂いを付けるのは、お散歩中の大切な掟である。
そうやって『ここ』は自分のテリトリーだと主張するのだ。
ノワは考えた。
いつものパトロールコースで匂いつけをしたのは――フェスティ夫人邸の塀のあちこちと、パトロールコースの途中でおやつをもらえる各家の門口と……。
「だめです、多すぎてわかりません」
ノワはガクッとうつむいた。僕の匂いって盗まれちゃうものなんだ。知らなかった……。
「あらまあ、落ち込むことではありませんわ。そんなことが出来るのは魔法に長けた魔法猫のみですもの」
「でも、なんで僕の匂いなんか……」
「犯行を隠すためでしょう。犯人が自分の匂いを消せばすべての匂いが消えますから、魔法が使われたのがバレます。しかし、ノワさんの匂いが残っていれば、疑われるのはノワさんだと考えたのでしょう」
「ひどいや……」
その犯人は、いったいノワに何の恨みがあるのだろう。ノワにはまったく思い当たるふしがない。
「ええ。愚かな考えですわ。なぜわたくしを騙せると考えたのかしらね。どうやらそのものは、魔法猫の女王というわたくしか、魔法猫の女王の威厳を示す何らかの物について、強い執着を持っているようですわ」
「ええ~、どうして!? 魔法猫の女王さまのお昼寝用クッションに、どうして他の魔法猫が執着するんでしょう?」
この世にどれほど立派なクッションがあろうとも、ノワには自分のお気に入りの寝床がある。
フェスティ夫人お手製のフワフワ猫用ベッドだ。フェスティ夫人邸に迎え入れてもらったときから一目で気に入り、もはやそのベッド以外では寝たいと思わなくなった。
猫とは自分のお気に入りの寝床を大事にするもの。
そこは魔法猫だってほとんど変わりない。
「それとも、あの玉座クッションって、ものすごく特別なんですか?」
「ええ、それはもちろん。わたくしが糸から特注した緋色に染めたベルベットのクッションですから。糸から完全オーダーメイドなので、ほかには売っていませんわね」
レディ・ドルリスは答えてくれたが、それはノワの聞きたいことではなかった。
ノワの想像した以上に高価すぎるクッションなのはよくわかったが。猫にそこまでのクッションが必要だろうか疑問があるが、それはそれとして。
「うん、僕にもあのクッションがとても高価なのはわかりました。でも、素材は布と綿で作られた、ふつうのクッションですよね?」
「そうですわね、クッションはクッションです。ただし、魔法猫の女王の玉座と思われてしまったものですから、あらゆる意味で貴重な物とも思われているのかもしれません」
「ん?……でも、それは変じゃないですか。そんなに特別なクッションを盗んだのに、お庭で破いて捨てていくなんて、犯人の魔法猫は、玉座が欲しかったわけではないんですね。だって欲しかったら、なにがなんでも大事に持って帰りたいでしょう?」
「ええ、そうですわ。それはつまり、玉座が魔法猫の女王にとって特別大切なものだと〈誤解〉している魔法猫がいるのでしょう」
あれ? 玉座は大事なものじゃなかったっけ? ノワはちょっと考えた。
「レディ・ドルリス。なんか、微妙に話が噛み合っていないような気がします」
「あら、そうかしら」
「で、納戸にしまってあるあの破れたクッションは、やっぱり捨てちゃうんですか?」
「しかたありませんわ。クッションカバーの布はボロボロのドロドロ、中の綿まで土だらけで修理は無理です。次の火曜の燃えるゴミの日に出すしかありませんわ」
火曜日は燃えるゴミの回収日。
魔法猫の女王さまは、ご町内の公共サービスに詳しい。
野良猫ならばゴミ箱をあさってゴハンを調達する必要性もあろうが、魔法猫の女王さまは三食昼寝付きおやつ付き生活である。
しかし、ご町内の平和をまもるためには、常日頃からの備えが大切だ。魔法猫の女王とてあらゆる問題に即対応できるよう、新しい知識のインプットは欠かせない。
日々教養を磨くためには毎日の新聞購読は必須。そこは保護者のフェスティ夫人が朝に新聞を読まれるときご一緒している。
ご町内の時事問題をタイムリーで仕入れるためにご町内のお散歩は欠かさすことなく、猫たちが集まる井戸端会議に顔を出すのも忘れない。
「というわけで、犯人は新しくこの街にきた魔法猫なのですわ」
「え? どうしてわかるんですか?」
「この白く寂しい通りの猫は皆、わたくしの忠実なる臣下。ゆえに、かようなおろかな真似はけっしてしないとわかっております。ですからこれは、わたくしの威光を知らぬ余所猫の魔法猫のしわざに相違ありません」
「ええ!? 犯人は普通の猫ではなくて魔法猫限定!? でも、どうしてそれが余所猫だとわかるんですか?」
「クッションの匂いをよく嗅げば、おのずとわかることなのですわ」
ノワはしゅんとうなだれた。
「だって、僕の匂いしかついていないんですよね。つまりレディ・ドルリスは、真犯人は僕だと言いたいんですか?」
「んま! ノワさんは潔白ですわよ。もっと自分に自信をお持ちなさい。ここにノワさんの匂いだけを残して、他の痕跡はきれいに魔法で消去したものがいるという証拠なのです。そんな真似が出来るのは、人間の魔法使いか、魔法に長けた魔法猫だけなのですわ」
「ええ!? そんなことが魔法で出来るんですか!?」
「あら、日常の小さな魔法なら、ノワさんだっていろいろ使ってますでしょう。たとえばほら、花壇でこっそりトイレをした後など、このようにして」
レディ・ドルリスはベンチから地面へ飛び降りた。ちょっと体の向きを変え、右前足で地面を軽く掘る仕草をした。
ざっざっざ。
猫がよくやるお砂かけの動作だ。
とくにトイレをした後は、そこへかならずお砂をかぶせる。これは猫も魔法猫も共通する絶対の礼儀作法である。
「え、花壇でおトイレしてたの、じつはバレてたの!?」
魔法猫にかぎらず、猫にとってトイレの痕跡を見られるのは重大なマナー違反なのだ。
ほかにも食べたくない物や嫌な臭いがする物を発見したときなど、猫は地面を掘り掘り、土や砂をかぶせて隠す動作をするのだ。
「でも、ふつうの猫もやりますよね?」
「ホホ、魔法猫の魔法はちがいます。それも魔法の使い方をよく知る魔法猫がやれば、悪臭はもちろん、足跡などの痕跡すらも、すべてを消してしまうことができる、証拠隠滅の魔法なのです」
「ええ!? あのお砂ホリホリって、そんなすごい魔法だったんですか!? 知らなかった……!」
ノワは目をまん丸にして、レディ・ドルリスがお砂かけをして平らにならしたきれいな地面を見つめたのだった。
「というわけで、わたくしは出かけますわ」
「え、どこへですか?」
「ちょっと遠くの街まで参ります。わたくしの古い友人がいるのですが、気になることがありますの」
レディ・ドルリスは地面を蹴って空中へ跳び上がり、そのまま空を駆けて行ってしまった。




