その十四:ルビーの葛藤
ルビーは頭のなかが真っ白になった。
ノワのことをうっとり考えていたら、『おかあさま』を忘れていた!
「まあ、まだ寝ぼけているのね。こんなところでサボっているなんて、あたくしの食事はどこにあるの?」
レディ・クラリッサのご機嫌は、いい? 悪い? どっちだろう。
「お、おかあさま。これからすぐ、探しにいきま……」
レディ・クラリッサはグンッと顔を突き出した。ビクッと身を引いたルビーの顔のまわりで、クンッ! と鼻を利かせる。
「あんたから知らない猫の匂いがするわ」
ルビーはゾッとして血の気が引いた。
レディ・クラリッサは暗く静かに怒っている。最悪のパターンだ!
「気のせいですわ、おかあさま!」
しまった、こんなに反応してはかえって怪しまれる! だが、とりつくろうにはもう遅かった。
「ふふん、あたしの鼻はたしかよ。こどものくせに、どこの雄猫をたぶらかしてきたの!?」
レディ・クラリッサは勝ち誇った顔で決めつけた。
「ちがいます! ノワさんはおともだちです!」
ルビーはうろたえ、ノワの名前を言ってしまった。それがかえってレディ・クラリッサが感じた疑惑を裏付ける態度になるとわかっていても、冷静になれなかった。
「ふーん、そいつ、ノワっていうの。まだ子猫みたいな匂いだけど、こどものくせにおまえにくっついていたのね」
ルビーは足が震えた。
どうしょう、おかあさまがノワさんになにかしたら。ノワさんみたいな小柄な猫ならおかあさまの猫パンチ一発、猫キックの一蹴りで、〈暗闇〉の奥へ放り込まれてしまう。
レディ・クラリッサはニヤニヤしていた。
「ふむふむ、フンフン……。野良猫にしては臭くないわね。――あら? もしかして、良家のご子息猫だったりするの?」
レディ・クラリッサがニヤニヤ笑いを消し、真顔になった。
裕福な家庭で大切にされている飼い猫と仲良くなるのは、お家を求める賢い野良猫の常套手段である。
「え?……ええ、そうみたいですわ」
ルビーはとりつくろうのをあきらめた。
完全な嘘はすぐボロが出る。
それよりはノワのことを素直に説明するほうがマシだ。
いくらレディ・クラリッサが凶暴な魔法猫でも、ノワみたいな子猫期だとわかる子猫に、意味なく暴力を振るうような真似はするまい。――そう信じたい。
それにノワは、良い家に住み、良い保護者に大切にされている猫らしい。
自分の母猫は魔法猫の女王だと見栄を張るくらいだから、良い母猫なのだろう。
それほど尊敬されている立派な魔法猫の母猫なら、きっとノワを危険から護るはずだ。
「で、そのノワとやらはどこに住んでるの? さあお言い!」
「まあ、おかあさま。通りすがりのただの子猫ですわ。ひょっとしたら迷子かも……」
「はん、名前まで聞いといて、通りすがりの子猫だって?」
レディ・クラリッサは鼻でせせら笑った。
「よくもそんな見え透いた嘘を吐けるわね。その子の家はどこ? こんなに良い匂いがする子だもの、お金持ちの保護者によく手入れされているのでしょうね。言わなければ勝手に探して、ルビーがその子のことを大嫌いだと言っていたと伝えるわよ」
そんなことをされたら、ルビーはノワに嫌われてしまうだろう。
それだけはイヤだ。
ルビーは重い口を開いた。