その十三:魔法猫の女王とは
「そう、女王様はレディ・ドルリスという方なのね」
ルビーはかつてレディ・クラリッサにたたき込まれた淑女猫教育で、繰り返し聞かされた魔法猫の歴史を思い出した。
その起源は神話の時代にまでさかのぼる。
境海世界の猫は、月と太陽の姉妹神によって創造されたという。
境海世界は広大だ。
多くの〈世界〉があり、その世界ごとに専属の月と太陽と星々があり、各世界の神々がいる。
神々はその属性ごとに神格を顕現する。
世界が異なっても、属性がちかい神々は、兄弟神・姉妹神という格付けにされている。
この第七階位世界における月の女神は〈ルセルドナ〉。
太陽の女神〈アフィーリト〉はその姉妹神だ。
ともに黄金月の輝きと称えられる美貌名高き女神である。
魔法猫は月の女神の化身の末裔と伝えられる。ゆえに〈魔法猫の女王〉は、月の女神ルセルドナの化身ともいわれていた。
ルビーが興味を示したのを感じたノワは、ぱあっと目を輝かせ、レディ・ドルリスがいかにすばらしい魔法猫の女王であるかを熱っぽく語った。
毎日みんなでご町内の平和をまもるためにパトロールにいくこと、ご近所の猫のトラブル解決に、人間の魔法使いの金貨盗難事件を解決したことなど。
ありていにいえば自慢話なのだが、なかなか面白い。聞いているうち、いつしかルビーはレディ・クラリッサのことを忘れていた。
あんまりぎゅうぎゅうくっつかれるのでノワのことが気になるし、子猫らしいふくふくした清潔なお日様の匂いとほのかなラベンダーのよい香りがする。
住んでいるお家の庭にラベンダーの花が咲いているというから、きっとラベンダーの花のそばでお昼寝でもしたのだろう。
ポカポカ日差しの下でのんびり相づちをうっていたら、眠くなってきた。
「だからね、午後のお散歩はいっしょにいこうよ。僕、またお昼にここへ来るから」
はずんだノワの声に、ルビーはハッと眠気が醒めた。
午後にまた会えるとは――ノワに、約束できない。
だってルビーは、レディ・クラリッサの面倒をみないといけないから。
レディ・クラリッサの命令をいちいち聞かなければ、ひとりで散歩することも許されていないから。
こうしてノワとのんびりお喋りしているのは、たまたまの、まれにみる、非常に幸運な、偶然の結果なのだ。
「あの、わたしは……!?」
「あ、お昼はだめかな? そういえば僕もまだお家に帰っていなかったんだ。早く帰らなくちゃ!」
ノワは、ぴょい、とお尻を浮かした。動作がいちいち子猫らしくてかわいらしい。気がつくとルビーは笑っていた。
「ええ、お家の方が心配しているわね」
「うん! じゃあ、明日、いっしょにパトロールして、お散歩して、お昼寝もしようね!」
ノワの姿が見えなくなっても、ルビーはほわほわした気分がつづいていた。
――ノワさんは、とても良い保護者のいるお家に住んでる猫なのね……。
ノワさんといっしょにいたら、ずっとこんな気分でいられるのかしら。
胸の奥が温かくなって、気持ちが落ち着いて。目の前が急に明るく見えるようになったみたいなふしぎな気分に……。
――そうだわ。これが良い気分という気分なんだわ。
ノワが去っても、ルビーのそばには、ノワの匂いがふんわり残っていた。
もう少しだけ、この匂いをここに留めておきたいと、ルビーは切実に思った。
「ここで何をしているの?」
背後からとつぜん現れたレディ・クラリッサの気配に、ルビーはギクリと大きく体を震わせた。