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その十二:真っ黒子猫ノワの見栄

 気絶したフリのルビーを引っ張って移動させた真っ黒子猫ノワは、歩道の端っこに座ったルビーの横へ並んで座った。


「お腹が空いてるなら、僕のお家へゴハンを食べにおいでよ」

「お気遣いだけいただくわ。お腹が空いているわけじゃないから……。ちょっと動きたくなかっただけなの」


「あ、朝のパトロールで疲れたの? じゃあ、あっちのお家へいけば、猫用ミルクがもらえるよ。猫用アイスクリームもあるんだよ。いっしょにいく?」


 人懐こい子猫ノワはルビーのことを気に入ったらしく、喉をゴロゴロ鳴らしながら、ルビーにぎゅうぎゅうひっついてくる。


「でも、ノワさん。猫はアイスクリームを食べないと思うけど……」


 アイスクリームはルビーにとってイヤな思い出を連想させた。


 ルビーがもっと小さかった頃、ある町で、人間が食べていたソフトクリームを落としたのに、猫がわっと群がった。

 その猫たちを蹴散らして、レディ・クラリッサが独り占めしたこともあったっけ……。 ルビーには見張りをさせて、一口しかくれなかった。


 ステキなミルクの匂いがするソフトクリームはすごく美味しかった。でも、人間がたまたまソフトクリームの上の部分だけを全部落とすようなドジなところに出くわす幸運には二度とあっていない。だって、ルビーはいつも、レディ・クラリッサといっしょにいるから……。


 だめだわ、こんなときにもレディ・クラリッサの機嫌のことばかり気になる。

 どうすればあの意地悪な母猫のことを考えないですむのかしら……。


「ここのは特別な猫用アイスクリームなんだよ。暑い季節に食べると最高に美味しいんだ」


 ノワはいろんな話をした。ご町内のパトロールのこと、いまは朝のパトロールの帰り道であること。ご近所の池には七色の魚がいて、そのお庭は猫のご婦人達のサロンになっていることなど。


 ルビーがさして興味なさそうに頷くだけなのをみて、ノワは急に話題を変えた。


「あのね、僕はじつは、魔法猫の女王様のこどもなんだよ!」

「あら、まあ!?」


 ルビーはひさしぶりに微笑ましくなった。

 お行儀が良いからしっかりした人間の保護者がいる飼い猫だろうと思っていたら、魔法猫の女王のこどもだとは!?


「だったら、あなたは王子様なのね」


 この子猫はルビーの気を引きたいのだ。魔法猫の女王の名を使うほど。


 魔法猫の女王といえば、よほど無知な猫でなければ、必ず知っている至高の存在。それは魔法猫のみならず境界世界のあらゆる猫の上に立つ君主であり、その祖をたどればこの世界の月の女神にいきつく女神の代理人でさえある。


「僕が?」


 王子様、といわれたノワはふしぎそうに首をかしげた。


「ううん、僕はそんなのじゃないよ。女王様のこどもはひとりだけど、ほかにもたくさんいるんだよ」

「そう。おかあさまはお優しい方なのね」


「うん、女王様はとってもいい方なんだ。僕はひとりぼっちでお家がなかったんだけど、魔法猫の女王様がこどもにしてくれたんだ。僕はまだ子猫期が終わってないから、もうすこし子猫でいてもいいんだって。その間にいろんなことをお勉強しなさいって。魔法猫の歴史とか、怪物退治の仕方とか。魔法猫の女王様はすごい魔法が使えるんだよ」


 ノワは船で海の怪物を退治した話をした。

 足がたくさんある海の怪物など、ルビーには想像もできない。レディ・クラリッサといいノワといい、怪物退治という言葉をよく使う猫がいるものだ。


――でも、もしかしたら……。


 暗闇の怪物とはレディ・クラリッサがルビーを脅すために、魔法で幻覚でも見せていたのかと思っていたが――あの、ルビーが放り込まれた暗闇で、すごく怖い気配がして、ルビーは泣き叫んであやまった。二度とレディ・クラリッサにはさからわないと、何度も誓わされた。


――でも、よく考えたら、暗闇で何かに傷つけられたこともないわ。


 暗闇の怪物の姿を見たことはない。

 ノワの退治した怪物の実在を疑うわけではないが、ルビーが放り込まれた〈暗闇〉の、あの恐ろしい気配には、実体があったのだろうか?


「そんでね、僕は怪物退治で疲れちゃったから、レディ・ドルリスがまたお空を飛んで、お家につれて帰ってくれたんだ」


「レディ・ドルリス?」

「うん、僕のおか、うぐっ」


 ノワは噛んだ。どうも母猫を呼ぶところでよく噛むクセがあるらしい。変わった子だ。子猫はよく母猫を呼んで鳴くものなのに。


 ルビーも物心ついた初めの頃はよく鳴いて母猫を呼んだ。でも、甘えて呼べば怒られるのを理解してからは――レディ・クラリッサの顔色をうかがってから、恐る恐る黙って近づくようになって……――。


 だめだわ。考えないようにしないと苦しくなる。いまはノワさんの話を聞くのに集中しよう。


 ルビーはノワの方へ懸命に耳を傾けた。


「おかあ、さんは、レディ・ドルリス。おとうさんはマドロス船長。それで

レディ・ドルリスは魔法猫の女王様なんだ」


 ノワの口ぶりでは、まるでホンモノの魔法猫の女王が母親のように聞こえる。


 よほど母猫のことが大好きで尊敬しているのだろう。


 きっと、世の魔法猫たちが女王猫を崇め敬うように、ノワは母猫のことをホンモノの女王猫のごとく崇め奉っているのだろう。――……と、ルビーは思った。






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