その十:魔法猫の淑女猫のむかし話
魔法猫の寿命は長い。魔法を持たない猫の軽く九倍は生きる。
それが魔法猫の祖である月の女神の化身〈エンデンドリス〉直系の血筋ともなると、かるく数百年を閲するものもいるという。
その年、それまで玉座に着いていた魔法猫の女王の治世が終わり、数百年ぶりに新しい女王が立つことになった。
そこで、魔法猫一族のなかでも、女王にふさわしいと思われるよりぬきの魔法猫が集められたのだ。
とつぜん、レディ・クラリッサのむかし話が始まった。
「そうしてあたくしたちは、九賢者猫の招集魔法により、魔法猫の聖地である満月の広場に集められたのよ」
またこの話か。
朝ゴハン前だろうと、夕食後のリラックスタイムだろうと、数日に一度は聞かされる。
何十年も昔レディ・クラリッサがまだ初々しい少女猫だった時代の古びた思い出だ。
「まあそうですの」
ルビーはひかえめにあいづちをうった。
黙っていたら無視していると誤解され、殴られるからだ。
ルビーはひたすら地面を見つめた。
レディ・クラリッサは話し続けている。何度も聞かされた、すり切れそうな惨めな古い物語を。
美しく賢い女王猫候補たちは、我こそは次の女王なり、と期待に胸をふくらませ、満月の広場にあつまった。
そこはかつて月の女神が降臨したという聖なる大地。百年に一度、魔法猫がつどう大集会所の役割をもっていた。
魔法猫の女王認定をおこうのは、魔法猫一族の長老たる九匹の賢者猫たち。
彼らは数百年の長い時間を生きる、ことに優れた魔法使いな魔法猫だった。
レディ・クラリッサは、女王候補に選ばれる前から、美貌・賢さともに際立っていると評判があった。当時、魔法猫の女王にもっとも近いと云われていた第一候補だったのだ。
ルビーに必要なのは忍耐だ。頭を空っぽにして、レディ・クラリッサの話が終わるまで耐えるしかない。
最初は何回目か数えたこともあったけれど、三千回を越えたところで、バカバカしくなってやめた。
「あたくしはね、そのなかでも、筆頭女王候補として賢者猫に呼ばれたのよ」
「まあ、すごいですわね。さすがはおかあさまですわ」
「そうよ、あたくしこそが筆頭女王候補だったのよ!」
棒読みなルビーの褒め方にも気づかず、レディ・クラリッサはホホホと上機嫌な笑い声をあげた。
「でも、見た目の美貌はともかく、賢さなんて、どうやってわかったのかしら……」
どうやらうんざりするのも限界だったようで、ルビーはぼそりと呟いていた。
――あ、わたくしって正直な娘猫だわ。
だが、なげやりな気分は一瞬で失せ、全身が凍りついた。
レディ・クラリッサに殴られる!?
「はん? なんか言ったかい?」
レディ・クラリッサは自分の大声がうるさくて、ルビーの呟きが聞こえなかったようだ。
「いえ、おかあさまはお美しいですもの。きっと女王様よりも……?」
狂気が表情に顕れている今のレディ・クラリッサは、間違っても美しいとは言えないが。
だから人間も、レディ・クラリッサには近づくのを躊躇するのだ。気づかないのは当人ばかり。
「そうよ、そうなのよ! あなたはなんて良い子なんでしょうね、ルビーや。人間はあたくしの高貴さに気後れして、近づいてこないのよ。だって、次代の女王候補に選ばれるほどの魔法猫なのよ、あたくしは!……あたくし、は……あんな雌猫に、負けるなんて……」
あ、また雲行きが怪しくなってきた。
「あたくしこそが次代の女王だったのよ。なのに……なのに、あの……あの、雌猫が……」
ルビーは心を鎧で固める準備をした。
「あたくしがいちばんだったのにィ……あの選出の議の場で、あたくしが女王に選ばれるはずだったのに……」
よし、心にヨロイ装着OK。
ついでに心の中の耳にもしっかり耳栓をする。
あーあーあー、コレでなんにも聞こえな~い~。
わたしの名前はルビー、ルビー、ルビー・キャット~♪
それでもレディ・クラリッサの声は大きいから、やっぱり聞こえてしまうのだけど。
「あ~の~、憎ったらしい、どこの馬の骨とも知れぬメス猫がどこからともなく現れて、女王の宣言をしやがったのよ。自分こそがもっとも美しく賢い魔法猫の女王だと、豪語して!」
――このおかあさまがこんなに恨んでいる魔法猫の女王さまって、どんな魔法猫なのかしら?
性格も猫格にも、おおいに問題があるレディ・クラリッサだが、黙っていればそれなりの美猫である。
そのレディ・クラリッサがこれほど悔しそうにいうからには、女王猫はそうとうな美猫にちがいない。




