その九:女王の玉座とは
ボロボロになったクッションは、レディ・ドルリスが保護者のフェスティ夫人に連絡して片付けてもらった。
魔法で片付けるという方法もあったが、それをすると、フェスティ夫人には玉座クッションの数が減った事情がわからなくなるからである。
窃盗及び損壊事件として警察へ届けるというフェスティ夫人を、この件は魔法猫が絡んでいるに違いないから魔法猫の女王たるレディ・ドルリスがきちんと調べると断り、サンルームの棚には元通りの場所へ新しい玉座用クッションを置いてもらった。
レディ・ドルリスはゆったりとクッションに寝そべり、首の所だけこちらを見下ろしている。リラックスしているスフィンクス風のポーズが、レディ・ドルリスにはよく似合う。
サンルームの日差しと日陰のちょうどよい加減のあたりに置かれた棚の下から、ノワはしげしげと上を眺めた。
「ここに玉座があるのはみんなが知っていますよね。女王様の玉座って、いつからここにあったのですか?」
「そうですわねえ……」
レディ・ドルリスはちょっとだけ遠い目をした。
ノワはハッと胸をつかれた。
きっと思い出のあるクッションだったんだ。女王様の玉座というくらいだもの。レディ・ドルリスには、とても大事だったんだ。
だって、あんなに遠い目をするなんて――いままで見たことがなかった。
ノワの胸の奥で、まだ見ぬ犯人への静かな怒りがわき上がった。
許せない。
親切なレディ・ドルリスをあんなふうに悲しませるなんて。
ぜったいに犯人を捕まえなくちゃ。そしてレディ・ドルリスに謝ってもらお……。
「四年ほど前ですわねえ。わたくしがぼうやを身ごもったときに、フェスティ夫人が新しいクッションを差し入れてくれたのは」
「――え?」
ノワはカクッと首をかしげた。
四年前だと、それほど古くない。そもそも新しい替え用クッションはたくさんあるから、ひとつ破れたくらいで問題はない。
いや、問題は古いとか新しいとかではないだろう。
レディ・ドルリスの大切なクッションにひどいことをしたのだ。
ぜったいに犯人を捕まえて、悪いことをしたと謝らせて反省させてやらないと、ノワの気がすまない。
しかし、なんだか腑に落ちないような……。
「あの~、これは、ふつうのクッションなんですか?」
ノワはますます首の角度を傾けた。
「ええ、それがこの玉座シリーズのはじまりでしたのよ。ここでのお昼寝には最適なクッションで、いまやすっかりお気に入りですわ。ですから予備の分も購入しましたの。もちろんそれはわたくしのポケットマネーで」
レディ・ドルリスは前足で、キュッとクッションを押さえた。
「つまり、玉座といっても、本来はふだんのお昼寝用のベッドですか?」
「もちろんそうですわ。ただそれがいかにも立派な金色の房紐つきで、とても豪華なので、わたくしがほら、こうしてゆったり落ち着いていると、謁見に来られた皆様の間でいつしか〈女王の玉座〉のようだと評判に」
「あの、それだけ? 女王様には玉座が必要とかいう理由は?」
さっきのあのレディ・ドルリスの、切なそうな遠い眼差しはなんなのだ?
あ、また、遠い目で考えてる。なんで? そんなに深刻な問題なの?
「そういうのは、特にありませんわね」
レディ・ドルリスの回答に、ノワは天を仰いで考えた。玉座とはもっと重大な意味のあるものだと思い込んでいたが……。
「僕、玉座って、そこにお座りしたら女王さまになるっていう、しるしの場所だと思ってました」
「あら、まあ、オホホホホ」
レディ・ドルリスは朗らかに笑った。
「そんなおかしなことはありませんわよ。大昔の人間の中にはそういったことをされる王様がいたようですが、わたくしはそのままでまるごと魔法猫の女王なのですから!」
「えー、じゃあ、女王様の玉座って、べつに意味が無くて、そこに座るのも関係ないなら、なにがどうして、レディ・ドルリスは魔法猫の女王様なの?」
ノワは頭がこんがらがって、質問も少々こんがらがってしまった。
「ほほ、良い質問ですわ、ノワさん。わたくしが魔法猫の女王であることは、過去・現在・未来を通じて変わらぬ真実。ゆえに、わたくしは魔法猫の女王として、ここに君臨しておりますのよ」
ノワはなんだか釈然としないまま、いつもの午後のお散歩に出かけたのだった。




