その八:白く寂しい通りの猫事情
――おかあさまはしばらくこの街に滞在するつもりらしいから、ちゃんとした家を見つけなくちゃ。
けれどこれだけ歩き回って、猫を欲しがる家に当たらないとは……。
この街の住人は猫に親切だけど、皆が皆、猫を飼えない事情でもあるのだろうか?
ルビーが困惑して道でたたずんでいると、
「君、新顔だね。何か困ってるの?」
雄猫の、おだやかな声がした。
ルビーがふりむくと、ごくありふれたキジトラ模様の若い猫。ルビーよりは少し年上らしい。大人猫になったばかりだろう。
「あら、ご親切な御方。じつは、わたくしに家を与えてくださりそうな人間の方をさがしていますの。でも、なかなか親切な御方にはめぐり会えなくて……」
ルビーがキジトラ猫と話し始めたら、向かいの家の角に隠れていたレディ・クラリッサが駆けつけてきた。
「なにかご用ですの? その子はわたくしの大事な娘ですのよ。あなたには関係ありませんわッ!」
ものすごい剣幕でくってかかる。
「おかあさま、親切で声をかけてくださっただけですわ」
毎度のことながら、ルビーはうんざりした。
キジトラ猫の彼がそれでも逃げずに踏みとどまったのは、ルビーの様子が心配だったのと、レディ・クラリッサがものすごく鋭い目で彼を睨みつけていたからである。
そんな異常な目つきの猫に対してうかつに背を向けたら、何をされるかわからない。
猫同士のケンカは、魔法猫においても、背中を向けた方が負けなのだ。
「おかあさま、この方は、わたくしが困っているから……」
「おまえはおだまり!」
ルビーは口を閉じた。
レディ・クラリッサの迫力に、親切なキジトラ猫は尻尾をぶわっと膨らませた。
「あ、あの~……。僕はただ、その子が困ってるのかなー、と思って……。なんでもないなら、いいです、じゃ、これで……」
「で、なにを言おうとしましたの?」
キジトラ猫はジリジリとあとずさりしていたが、尻尾を巻いて逃げ出すタイミングを逸し、あきらめてその場に座った。
「あなた方は、お世話になれる保護者を探しているのですね?」
「ええ、そうですわよ。あなたがご紹介くださるのとでも?」
「いえ、それはできませんが、でも、この街は〈白く寂しい通り〉といって、魔法使いがたくさん住んでいるんですよ」
魔法使いは猫好きが多い。だから毎日のように、猫たちが町の治安を護るためパトロールしていることを知っている。
そのため、猫を飼っていない家でも猫には親切で、通りすがりのパトロール猫に頼まれたらおやつをあげるという良い慣習が、しっかりと根付いているのだ。
「〈白く寂しい通り〉の噂は聞いたことがありましてよ。魔法使いの街ということも」
「ええ、しかもここは、あの魔法猫の女王様が住んでいらっしゃるんです」
ゆえに、これからこの街で家を探す新参猫は、この街の猫を治める〈魔法猫の女王〉の世話で、猫好きな家庭へ斡旋をしてもらうのが手順なのである、と。
「まあ、魔法猫の女王様がこの街に……!」
ルビーは素直に驚いた。女王猫の存在とその逸話はレディ・クラリッサからさんざん聞かされていたが、ほんとうの本物が実在する場所に来るとは、考えていなかった。
レディ・クラリッサのいうことだから、どうせ妄想だと思っていた。
キジトラ猫は、ルビーが相づちをうってくれたので、ブワッとなった尻尾の毛が少しだけ治まった。
「そうなんです、この街は猫の女王様が直接治める街なんです。だからこの街へ来たばかりの新参猫は、なにをするのも女王さまに謁見してからでないとね」
「それならわたくしたちも、女王さまにお会いすれば……」
「んまあ! ここに女王陛下がいらしたとは、気がつきませんでしたわ!」
レディ・クラリッサがルビーの前へ、ぬっと首を突き出した。
前触れなく顔面を押されたルビーは「きゃッ!」と悲鳴を上げてコロリと横へひっくりかえり、キジトラ猫はドン引きした。
レディ・クラリッサはきちんと前足をそろえてお座りした。すきっと上品に見えるように顎を引く。猫がもっとも美しく見える正座のポーズだ。
「あたくしたち、さっそく謁見を申し込みますわ。どこで手続きすればよろしいのか、教えてくださいます?」
レディ・クラリッサの、さっきとは打って変わった上品な喋り方を聞きながら、ルビーはノロノロと起き上がった。
「あ……ああ、良ければ僕が取り次ぎしますよ。謁見は午前中だけなので、明日の朝でいいですか?」
キジトラ猫の尻尾は、またブワッと膨らんでいた。さっきよりも尻尾が大きく見えるから、よほど驚いたのだろう。
「おほほ、なんてご親切な方でしょう。どうかよろしくお願いしますわ。で、女王陛下のお住まいはどこですの?」
「そこの角にある〈十二の祭り亭〉というパン屋さんです」
キジトラ猫は「じゃあ、明日の朝の夜明け頃に、そこの角で待っていてください」といって去ろうとしたので、ルビーは急いでお礼を言った。
レディ・クラリッサは何も言わず、ツンとして見送っていた。あの若いキジトラ猫のことを格下の猫だと思っているのだ。たぶん、レディ・クラリッサにとって、自分と対等な魔法猫というのは、魔法猫の女王猫くらいなのだろう。
「おかあさま。親切な方に教えていただけて、良かったですわね」
ここが魔法猫の女王がいる街だと。
レディ・クラリッサは返事をしない。
ルビーは、ひとつ問題が片付いたと思った。
レディ・クラリッサは長らく、魔法猫の女王がいる街を探していたのだ。
いろんな苦労をしたけれど、これでもう、あてもなく女王猫を探す旅へは出なくていいのだ。
安心したルビーは、今日のお昼寝のことを考えた。通ってきた公園にすてきな木陰の芝生があった。まだらに陽光があたっていかにも寝心地が良さそうな。
「おかあさま、今日のお昼寝は……」
「この街にいたのねえ」
レディ・クラリッサはつぶやいた。
これは上機嫌のときの声だ。でも、どうしてこんなに低く呟くの?
ルビーは薄気味悪く感じた。
レディ・クラリッサの、魔法猫の女王に対するいわく因縁つきの思い出話は、耳にたこができるほど何度も聞かされた。
だが、実際問題として、ルビー達のような放浪の野良猫が、強大な魔法を持つという魔法猫の女王に敵対するなど、愚の骨頂だとルビーは思う。
「この街にいるんだわ。――あの雌猫が」
レディ・クラリッサはウ~ニャムニャウニャ、ムニャニャ~……と低い唸り声を上げた。
「あんな偽物の女王に頭を下げるなんて、とんでもないわ! あたくしこそがほんものの女王になるはずだったのに!」
フシャーッ! カーッ!
レディ・クラリッサは毒を吐き、激高して荒れ狂った。
ああ、またおかあさまがこうなった。これであと何時間か、もしかしたら何日かは、ご機嫌斜めのつらい生活がつづくんだわ……。
ステキなお昼寝の幻想は、コナゴナに打ち砕かれた。
ルビーは低く唸り続ける母猫レディ・クラリッサには見えない角度で、小さく溜息を吐いた。




