その七:レディ・クラリッサとルビーの生活は……
「おかしいわ。猫好きな人が多いのに『きみ、可愛いね。うちの子にならない?』という人間がひとりもいないわ」
どの人間も親切なのに、「おうちに入りたいの?」とか「うちの子になる?」という、猫をお迎えしたい雰囲気を発していない。
そういった雰囲気のある家庭へもぐり込み、数日居座り様子を見る。居心地が良ければ住んでやってもよい。……と、猫が保護者となるべき人間へ『合格』を与えるのが、放浪猫が飼い猫となる常套手段だ。
しかし、レディ・クラリッサはちがう。
最初から『飼い猫になるフリ』詐欺だから、きわめて悪質だ。
――おかあさまと行動を共にしているわたくしも、おかあさまと同じ悪い猫なんだわ……。
とはいえ、通りすがりの野良猫の思惑が、会ったことも無い人間にバレているわけはなかろう。
この街へ来てからのレディ・クラリッサは、人間の前に極力姿を見せていない。
昔から――……親切な人間を見つけて、愛想を振りまくのは、いつも小さな子猫のルビーだった。
レディ・クラリッサは基本的に人間が嫌いなのだ。ほかにも、自分がイヤなことはすべてルビーに押しつけてやらせるクセがある。
たいがいの人間は可愛い猫に甘えられたら大喜びだ。その日のうちに美味しいゴハンはもちろん、専用のきれいなお部屋にステキな寝床、猫用おもちゃまでいそいそと用意する。
そうして一週間がすぎ、一ヶ月も経てば、ルビーもその家に落ち着く。
やっと自分の保護者とお家ができる――そう思ったとて、罪ではなかろう。
レディ・クラリッサは愛想が悪いので、たいがいの人間は子猫のルビーをかまう。
たまにレディ・クラリッサを可愛がろうとする慈悲深い人間もいたが、レディ・クラリッサが徹底拒否するから諦めるのだ。
だからルビーがすっかり安心して、人間に甘える態度をとりはじめると――レディ・クラリッサは、恐ろしく不機嫌になる。
一軒の家に一ヶ月居られれば良い方だ。長くて三ヶ月。それも悪天候やら、さまざまな事情で出られなかったにすぎない。
これまでの最速記録は三日だった。
「なんてたいくつなのかしら。そろそろ旅に出ようかしらねえ」
レディ・クラリッサは、とつぜんこんなことを言い出すのである。
初めてこれを聞いたのは、その家の女主人がルビーのために子猫用のかわいらしい器を用意して、それでルビーがお水を飲んだ直後だった。
最初のうち、ルビーはレディ・クラリッサがそんなことを言い出した理由が、さっぱりわからなかった。
「どうされましたの、おかあさま? ここの保護者は良い方ですわ。こんなに大切にしてもらえるのですから、ここでずっと暮らせばいいではありませんか」
「はッ! お馬鹿な子ね。こんなちんけな家、次の魔法猫の女王になるあたくしたちが住むべき家じゃないわ。ゴハンは缶詰が多いし、飲み水はただの水道水なのよ。あんたは次の魔法猫の女王になりたくないの?」
――そもそも魔法猫の女王になるのに、ゴハンが缶詰とか水道水とか関係あるのかしら。
だが、ルビーは疑問を呑み込み、レディ・クラリッサが気に入る回答を考えた。
そんなものなりたくない。――と、正直に答えたら、さんざんぶたれる結果となるのは学習済みだった。
「おかあさまの仰せのままに」
そうしたらすぐさま、旅立ちの準備だ。
ふだんはふつうの猫らしくダラダラ昼寝ばかりするレディ・クラリッサは、こういうときだけキビキビ動く。
翌朝の食事を済ませたら、レディ・クラリッサは出発するのだ。
ルビーを連れて。
どんな手段を使っても――ルビーがクローゼットに隠れたら、魔法でぶち破って引きずり出されたこともあった。――まだほんとうに小さかったルビーの首根っこをくわえて引きずってでも、その家から出て行くのだ。
「あはは、ほ~ら、すぐ壊れたわ。やっぱり庶民の家は安普請ねえ。もっと立派なお屋敷をみつけなくちゃ。あら、なあに、その反抗的な目は。ひとりぼっちで〈暗闇〉に放り込まれたいの?」
「……いいえ、おかあさま。隠れてごめんなさい」
「そう、ルビーは良い子ね。さあ、出発しましょう」
こうしてレディ・クラリッサとルビーはあてのない放浪の旅にでる。
いや、レディ・クラリッサにすれば、旅の目的はあるのだ。
ルビーを次の魔法猫の女王にするという、なによりも崇高な目的が。
「あたくしがおまえを、りっぱな淑女に育ててあげるからね。こうして旅をするのは、おまえが次の魔法猫の女王になるためなのよ」
それがレディ・クラリッサの口癖だ。
「はい、おかあさま……」
ええ、おかあさま。わかっていますわ、おかあさま。はい、そういたします……。
ルビーは旅が大嫌いだ。
いまも旅暮らしだけど。
母猫レディ・クラリッサには逆らえない。せめて、もう少し大きくなるまでは――……。




