その六:ルビーの日常
空の太陽はまだ顔を出したばかり。
でも早起きな人間なら、そろそろ身支度もすんで朝食を作っている頃合いだ。
ルビーは良さそうな家の門口や裏の勝手口で呼びかけた。
みゃーお、みぃー……。
とびっきり愛らしく鳴いてみる。とてもお腹が空いている子猫の声だ。
ありがたいことにこの街では、二軒のうち一軒は人間が出てきてくれる。
皆とても親切だ。しつこくねだるまでもなく、猫用おやつや水やミルクやスープなどをもらえた。
猫食の入った皿や器が置かれたとたん、どこからともなくレディ・クラリッサがやってきて、ルビーよりも先に食べる。
レディ・クラリッサがいっしょにねだると、なぜか野良の迷い猫と思われて通報されることもあるため、猫食がもらえるまでは隠れているのである。
もらえるのはたいてい猫用おやつだ。軽食の類いだから、食事の一食分もない。レディ・クラリッサが先に食べてしまうと、ルビーの口にはほとんど入らない。
だからルビーは幼い頃から家々を何軒も回り、上手に甘えた子猫の声、それも人間が聞き惚れるような可愛らしい声で鳴くことが上手にできるようになった。
ルビーは三歳になった。
母猫レディ・クラリッサが、ルビーは三歳の子ども猫だというから、そうなのだろう。
普通の猫の年齢だと三歳はりっぱな大人猫だが、ルビーの見た目は生後一年足らずというところ。魔法猫の年齢換算だと、まだまだ子猫期半ばにある。
ルビーは早く大きくなって、大人猫になって、自分の力で生きていきたいと思う。
その家のお勝手口から人間の男が出てきた。手に器と皿を持っている。
人間の男は優しい声でルビーに呼びかけ、器と皿を地面へ置いた。
器は水、皿は猫用のドライフードだ。
「ゆっくり食べればいいよ」
人間の男は家の中ヘ入っていった。
ルビーはしばらくたたずんでいた。
人間はもう出てこなかった。
ことさらルビーを眺めにきたり、ルビーが可愛いからと、特別な猫食を追加してくれそうな気配も無い。
ルビーは猫用ドライフードを一口食べた。猫の健康に良いという、あっさりした味付けのドライフードだ。上等なフードだけど、母猫レディ・クラリッサの好みではない。
朝食を待っているレディ・クラリッサを呼んでも、罵倒されるだけだ。
もっと高級な猫食を出してくれるところでないと……。
子猫のおねだり声を張り上げた十軒目のお勝手口で、すぐにもらえた新鮮な猫用調整ミルクを飲みながら、ルビーは考えた。
――なんだか変だわ。
ここの住人は猫好きが多いようだ。
ひと声掛ければ、きれいな水も美味しいご飯も、猫用調整ミルクまであっというまに出てくる。どうやらいつも用意しているらしいのに、ルビーを欲しがる人間が誰もいないなんて……。
人間の、猫の好みは千差万別である。とはいえ、ルビーはとびぬけて美しい猫だ。
顔立ちはもとより、目の色に毛色、ちょっと長めの毛並みまで、美猫の条件を完璧に備えている。なのに……。
「猫さらいがくる気配もない。なんておかしな街かしら。……いいえ、おそらくここは住人が変わってるんだわ」
猫さらいとは、こっそり猫を連れ去る危険な人間のことだ。
さらう理由はさまざまで、たまたまなつかない野良猫が気に入ったから飼いたい、そのために捕まえるという者ならまだしも、ごく稀に、小さな動物への虐待が趣味で、あげくに殺してしまう人間もいると聞くから油断はできない。
「ここは平和で安全な街……なのね」
レトルトパウチの猫食を出してくれた家で、ルビーはやっと母猫レディ・クラリッサを呼んだ。レディ・クラリッサはどんなに離れていてもルビーの声は聞こえるという。
だが、こうして家々をめぐるルビーの後ろから一定の距離をたもって付いてきているのを、ルビーは承知している。
もしもどこかの家が美味な高級猫食を出してくれた場合、ルビーがそれを独り占めして完食してしまわないか心配だからだ。
レディ・クラリッサは、けっしてルビーの身が心配なわけではないのだ。




