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麗しきレディ・ドルリスへの依頼 ~魔法猫の女王は気ままに推理する~  作者: ゆめあき千路
第三章 女王の玉座は狙われる

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その五:淑女猫(キャット・レディ)は引っ越しがお好き

 女王の玉座の盗難および損壊事件がおこる三日前の、真夜中。


 うすい霧に包まれ、街灯の明かりだけが照らす〈白く寂しい通り〉を、太陽を思わせる杏色(あんずいろ)の長毛の猫が、しゃなり、しゃなり、上品に歩いていた。


 つと、立ち止まった。


「ああ、疲れた。このレディ・クラリッサともあろうものが、どうしてこうも放浪しなきゃならないんだろうねえ。ねえ、ルビーや。ルビー? ルビーィィィィィィッ!!!」


 レディ・クラリッサは金色の目を細め、おもいっきりしかめっ面をして、体ごと振りかえった。そこにはひっそり付き従っていた、まだ子猫期を抜け切れていない娘猫がいた。


「あんた、あたしが疲れたって言っているのが、聞こえないわけ?」


 母猫クラリッサの視線は冷たい。『牙もツメもするどく()がれているんだぞ』そんな脅迫が透けて見えるよう。とても可愛い娘猫にかける言葉とは思えない。

「いいえ。聞こえましたわ、おかあさま」


 きちんとその場にお座りしていたルビーと呼ばれた娘猫は、上品に前足を揃え直した。


 ルビーの毛色は全体的に白っぽい。耳の先端だけ、薄めたオレンジ色のポイントが入っている。そこだけ見ればレディ・クラリッサの杏色に似ていると言えなくもないが、とても淡い色合いだから、遺伝と主張するにはいささか弱いだろう。


「ああ、ほんとうになさけないこと。せめておまえがその器量と才覚で、良い保護者を見つけてくれたら助かるのにねえ。でも甲斐性無しはどうしょうもないわねッ!」


「それはおかあさまが、『高級猫食でないと食べられない』とわがままを繰り返して、はては暴れるからではありませんの?」


 淡々と答えてから、ルビーは右前足を舐め、顔の右ヒゲを前へ倒して洗った。


 ルビーは顔立ちも母猫レディ・クラリッサと似たところがまるでない。

 母猫がコロコロした丸っこい顔立ちであるのにくらべ、ルビーはもっと目鼻立ちがはっきりした、大人びて見えるクール美人系なのである。


――きっとわたしはなにもかもお父猫(とう)さまに似たのだわ……。


 世界のどこかにいる名前も知らないおとうさま。母猫クラリッサによると、父猫だって子猫を大切に育てる魔法猫一族のはずなのに、どうして母猫クラリッサとルビーを捨てたのか。


――いえ、その答えは目の前に居るとわかっているんだけど……。


 そして今日もルビーの不幸の元凶は、何の罪科(つみとが)もないルビーを責め立てるのだ。

 レディ・クラリッサはせせら笑った。


「あ~ら、飼い猫の言うことを聞くのは下僕である人間の尊き義務じゃないの。あれは高価な猫用レトルトを買えない貧しい人間が悪いのよ。だいたいお金持ちな人間に巡り会えないのは、いったい誰のせいなのかしら、ねえ、ルビーや?」


 レディ・クラリッサはルビーをギロリと一睨みしてから、わざとらしい大きな溜め息を吐いた。


「今月はとくにお金が無いわ。これじゃ最低のペットホテルにも泊まれやしない。いったい誰のせいかしら?」


 ルビーがまじめにコツコツとお小遣いを貯めていた貯金をごっそり盗んで、高級トリマーサロンでエステに使ったのは誰だろう。


 ルビーはぼそりと「ぜんぶおかあさまのせいですわ」と呟いたが、さいわいレディ・クラリッサの声がうるさかったので、ルビーの呟きはレディ・クラリッサの耳に届かなかった。


「ああもう、娘猫(むすめ)は役に立たないし、どうしてこうも困窮(こんきゅう)がつづくのかしら。お金がないのよ。しかたないわ」


 黙って聞いていたルビーは、宝石の紅玉のごとく真っ赤な目をスッと細めた。


「いけませんわ、おかあさま。それは一番言ってはいけない貧しくなる口癖ですわ。魔法猫の言葉には言霊が宿るとおっしゃっていたのは、おかあさまではありませんか」


 バシッ!

 目にも留まらぬ速さの猫パンチ!

 ルビーは左耳の下をまともに殴られ、道の端まで吹っ飛んだ。


「い……痛、い……!?」


 頭がクラクラした。すぐには起き上がれなかった。

 だから横たわったまま考えた。


 まただわ。

 またおかあさまに殴られた。

 ひどい。――でも、冷静にならなくちゃ。


 理不尽な暴力。こんな目にあうと同じ暴力で返したくなるが、ルビーはグッとこらえた。


 だってルビーは賢い娘猫だ。感情に振り回されて衝動的に子猫に手を上げるような、レディ・クラリッサのようなレベルの低い大人猫にはなりたくない。ぜったいにならないから!


 ルビーはゆっくり起き上がって、キリッと顔を上げ、いつにもまして冷淡な母猫をじっと見つめた。


「痛いわ、おかあさま。どうしていちいちわたしに暴力を振るわれるの?」

「バカな子猫の分際で、偉いおかあさまにいちいち口答えするんじゃないわよ。あんたは何でもあたしの言う通りにすればいいの!」


 レディ・クラリッサはさげすみを込めてシャアッ! と、威嚇音(いかくおん)を吐き捨てた。


「まったく、どうしてこんな生意気な口をきく娘に育ったのかしら。これじゃあたしがなんのために寝る間も惜しんで(きび)しい淑女猫(レディ)(しつけ)をしてきたのか、わかりゃしないわ!」


 ルビーはうつむき、無表情をつらぬいた。

 言いかえしてはいけない。わずかでも反応をしめせば、たとえ深呼吸であっても、待ってましたとばかりに、都合良く揚げ足を取るための『(すき)』にされてしまう……。


「まったく、こんなにバカでグズで使えない娘なんて、とんだ見込み違いだった。ほら、反省したなら、さっさと今日の食事ができる場所を見つけておいでッ。あたしはお腹が空いているんだよ。でないとおまえを、怪物の出る暗闇へ、ひとりぼっちで置き去りにしていくからね!」


 ビクッと反応したルビーは、かすかに震えながら顔を上げた。


「おかあさま、それだけは、いやです……」


 怪物の出る暗闇なんて、街中にそうそうあるわけがない。あれは一種の魔界に通ずる出入り口であり、人工的に作られたものでなければ、よほど自然の魔法や(けが)れが濃厚な、古い土地くらいにしか自然発生しないものだ。

 理屈ではわかっていても、やっぱり怖い。


「だったら早くおいきッ!」


 ルビーは跳び上がり、レディ・クラリッサにお尻を向けて駆けだした。


 暗闇はこわい。イヤだ、いやだ、イヤだ!


 母猫クラリッサの出自は、魔法猫でも月の女神のお使いである〈月猫〉一族の直系、その末裔であるという。

 それだけではない。ルビーよりうんと長く生きているから、魔法猫らしい知恵があるし、ルビーの知らない魔法にも長けている。


 だから、レディ・クラリッサはどこの街へいっても、その優れた魔法の超感覚で、人間の穢れが発生させるという恐ろしい〈暗闇〉を見つけ出すことができるのだ。


 かつてそれを証明した出来事がなんどもあった。


 ルビーにはできない。

 きっと若くて経験不足だから……。





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