その四:犯人の匂い?
くんくんくん、ふんふんふん。
サンルームの猫ドアから中庭へ出たレディ・ドルリスとノワは、辺りの地面を熱心に嗅ぎ回った。
猫の嗅覚は人間の数万から数十万倍。
しかし魔法猫の嗅覚は、さらに魔法の気配などを匂いとして嗅ぎ取れるのだ。
ノワは猫ドアから庭の出入り口までの敷石についている匂いを順番にたしかめていく。
「この猫ドア近くは、僕とレディ・ドルリスとマドロス船長の匂いだけです。ぼうやの匂いはしません」
庭に残る匂いは特定できる。
人間は保護者のフェスティ夫人と時々来る庭師さん限定。人間の関係者はほかにお邸に通いで来る家政婦さんがいるが、邸の表が仕事場なので奥の中庭には来ない。
中庭に出入りする猫はレディ・ドルリスと息子猫のぼうや、そしてレディ・ドルリスの伴侶猫マドロス船長と養子猫のノワのみ。
「ぼうやは表の出入り口を使うから、ここにはめったに来ないのですわ」
ちなみにやっと嗅ぎ取ったぼうやの匂いは何日も前のもので、古びて少なくなっていた。
最近のぼうやは正面玄関の前庭がお気に入りだ。そこは白く寂しい通り唯一のパン専門店『十二の祭り亭』の入り口でもあり、ぼうやは看板猫として、昼寝のほか人招きや接客に忙しく過ごしている。子猫だけど。
「ほかは……謁見に来る魔法猫だけですね」
それは中庭から外まで続く石畳の上だけに直線で残っていた。庭をお散歩したり、遊んだりした形跡は皆無。
なぜならば、この中庭は魔法猫の女王の直轄地。
すなわち魔法猫にとっては神々のおわす聖域にも等しい聖地である。
正式な謁見以外でみだりに足を踏み入れようものなら、たとえそれが間違えて迷い込んだ結果だとしても、嘘か誠か〈魔法猫の女王の怒り〉が降りかかるという。(以上、マドロス船長談)
ノワはときどき花壇の真ん中でおトイレをしているけど。用足し後のお砂かけだけはものすごく丁寧にしているので、叱られたことはない。(ただ、発覚していないだけでこれから叱られるかもしれないが……。誰にって、もちろん、花壇のお花を大切にしている保護者のフェスティ夫人に)
「ふむ、たしかに、サンルームに出入りしたのは、わたくしたちの匂いだけですわね。しかし、犯人はまだ近くにいるはず」
「え、どうしてですか?」
「あのクッションはわたくしよりも大きいのです。ゆえに犯人が人間であれば、大きなカバンに隠して持ち去ることも可能ですが、猫の体格では、たとえマドロスくらい大きくとも運ぶには引きずりますわ。さらにここには、並みの人間の魔法使いごときでは手出しできない、強力な護りの魔法がかけてあるからですわ」
生半可な魔法を行使すれば、レディ・ドルリスにはすぐわかるのだ。護りの魔法には自動迎撃機能も備えてある。犯人が何かしら魔法を行使した時点で、逃げることは不可能。
「ほえー……。さすがは魔法猫の女王様ですね。それなら玉座は今どこにあるのでしょう?」
「あんがい近くではないかしら」
レディ・ドルリスは庭を見回した。
「あれは魔法猫といえど、持ち運ぶには大きすぎるし、道に出れば目立ちますわ。たんに奪うのが目的ならその場で引き裂いたりせず、最初から魔法で隠してとっとと持ち去るでしょう。ですから目的は玉座そのものではない可能性が高いですわ。……とすれば、この中庭のどこかに……」
すぐそばの青銅製ベンチへ跳びのったレディ・ドルリスは、優美な蔓草細工の手すりの上に立ち、そこから庭をぐるりと見回した。
「……あれだわ」
「え? どこ? どこに?」
「ラベンダーの茂みの向こうがわに」
きれいな紫と緑の葉の花々を透かして、あざやかな緋色がチラリ。
ノワは走った。
「わあ、ほんとにあった!」
芳香ただようラベンダーの茂みをまわると、緋色の玉座が捨てられていた。
ノワは大きな緋色のクッションの周りをぐるっと歩いた。
「ええッ、ひどい!?」
ノワは尻尾の毛をブワッと逆立てた。
ふっくら大きな緋色のクッションは、一方の縫い目がズタズタに引き裂かれ、中身の綿が引っ張り出されていたのである。




