その一:『白く寂しい通りの猫』事情
黒猫のつぶやき
つめたい雨上がりの朝、道路でイヤな臭いのする水たまりの水を飲んでいたぼくは、いきなりやさしい手に持ち上げられた。
それからは気が遠くなるほどお腹が空くことはなくなった。
寝床は花の香りがする大きなクッションになった。飲み水は、白い陶器の器にいつでもたっぷり置かれている。
食事は日に二回! 美味しい魚の味がするスープと、カリカリしたゴハンが決まった時間に出てくるんだ。
ねこじゃらしと良い匂いのするボールで遊び疲れたら、小魚のぬいぐるみを抱っこしてお昼寝をする。
目が覚めて退屈になったら、噛むとキュウと鳴くネズミの人形もそばに転がっている。
ぼくはずっとお家にいたいけれど――。なわばりをパトロールするのは猫の義務。だから毎日そとへ出るんだ。
たくさんの大人猫が集まる公園へいくために――。
ふさふさの真っ白な尻尾をゆらし。
レディ・ドルリスは、満開の桜の上にいた。
白いふわふわ毛並みにエメラルドグリーンの宝石みたいな目。純白の喉元には金色の首輪が巻かれ、長い毛並みに見え隠れする金色の円盤飾りがときおりキラリと光をはじく。そんじょそこらの飼い猫では身に付けられない本物の宝石付き首輪だ。
ここは魔法使いの街として有名な白く寂しい通りである。
街の北側にある公園の広場に、猫がずらりと大集合だ!
飼い猫はむろんのこと、エサだけもらってときどきお家にいれてもらう半野良、サバイバルを生涯の定めと誓った真性の野良猫まで区別なく。
「この街の猫はすべて集まりましたわね」
人間の耳には『ニャーオン、グルニャーオウ――ニャン!』としか聞こえない猫語は、広場のすみずみまでよーく響き渡った。
これも魔法――レディ・ドルリスが生来持つ、伝説の魔法猫の魔法の力だ。
時ならぬ三日月夜の大集会へと集まり来た猫たちの毛色はバラエティに富んでいる。
黒いタキシードに白いシャツみたいなぶち猫や、足先に白い靴下をはいた猫。
三色の三毛猫兄弟、キジトラにサバトラたち、ひときわ明るい茶トラもよりそう。
斑点もさまざまな白ブチに黒ブチ、縞模様のタビーもいる。
サビと呼ばれる黒と茶の入り混じりがいれば、その隣にはブルーと呼ばれる混じりけの無い灰色の猫がうずくまっているというぐあい。
ルディと称される赤土色やチョコレート色、レッドと称されるシナモン色。
淡いライラック、ローズピンクを薄めたようなフォーン、微妙に純白ではないクリーム色。短毛種に長毛種、首の周りだけ長い毛がある部分長毛という種類まで、のべつまくなしだ。
みんな、猫なのに。
満月でもないのに目を爛々(らんらん)とさせ、レディ・ドルリスの言葉を一言一句聞き逃すまいと真剣だ。
勝手に遊びだしたり、居眠ったりするものは一匹たりといない。……猫なのに!?
「さあ、みなさま! すべての猫の名誉と正義のために、なんとしてでもこの街にひそむ連続窃盗犯とその共犯者をわたくしたちで捜して捕まえますわよ!」
ニャアアアアーオウ!!!
つよい風がふき、桜吹雪が舞い散っていく。
レディ・ドルリスに応える猫たちの雄叫びは戦の鬨の声さながら、公園に満ちた。
さて、この白く寂しい通りに住む猫たちが、どうして人間の連続窃盗犯を捕まえようと息巻いているのであろうか。
ことのはじまりは、二日前にさかのぼる。