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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

気ままな三毛猫は反省しない

作者: ぼぶお

アニメイト様の”『相棒(バディ)とつむぐ物語』コンテスト”に参加しています。

よろしくお願いします。

「ふぃ~、あちぃ…」


 背中に会社のロゴがプリントされた作業服を着た青年は、顳顬(こめかみ)から頬へ流れ落ちた汗を袖口で拭いながら立ち上がり、凝り固まった腰を伸ばす。

 長時間同じ姿勢でせいで体中がミシミシと痛む。それもそのはず時計を見れば、四時間もぶっ続けで作業していたようだ。

 

「おーい、そっちはどうだ―?」


 襟元に風を送りながら階下に向けて声を掛けると、ドスンガタンと荒々しく響いていた物音が止み、少女の明るい声が返って来た。


「こっちはほとんどオッケーだよ!」

「本当か~?」


 自信満々の彼女の返答を疑う青年。なぜなら彼女の大雑把な性格を、嫌というほど把握しているから。

 青年は軍手のままガシガシと頭を掻くと、億劫そうに階段を下りてゆく。年季が入っている上に長年放置されていた家屋の階段はギシギシと悲鳴を上げ、今にも抜け落ちそうだ。

 一階に下りた彼は転がるダンボール箱を避けながら、物音がする奥の部屋を覗き込んだ。


「おいキアラ…って、お前。それで片付けてるってよく言えるな」

「へ?」


 ラベンダー色の長い髪をツインテールにした少女は、鼻の頭を埃で汚したまま、キョトンと振り返った。

 彼女は青年と同じ作業服姿だが、よほど暑いのか袖と裾を可能な限り捲り上げた格好で、書棚から抜き出した本を、投げるようにして段ボール箱に詰めていた。

 ずっと放置されていた本は脆くなっているらしく、雑な扱いに所々が破けている。


「お前な~。これはクライアントに渡す物なんだから、丁寧に扱えって言っただろう?」

「えー? もともとボロっちかったんだよ。あたしのせいじゃないよ!」

「元からボロだからこそ大事にしろよ。どうすんだよ。修繕費なんか請求されたら」

「えっ! ヤバい!」


 キアラは濃い紫の瞳を大きく瞠り、手にしていた本を殊更丁寧にダンボールへと詰めた。


 二人は業務代行会社【Calico/Cat/Company】、略してC/C/C(シーシーシー)の社員だ。早い話”なんでも屋”である。

 今回の仕事は病床に伏した老人からの依頼で、だいぶ前に亡くなった祖父の弟の妻の甥が遺した家の片付けと処分だ。甥は大学の教授だったそうで、膨大な量の専門書や論文が置きっぱなしになっており、それらを大学や図書館に寄贈し、家屋は解体を望んでいるらしい。

 そして任されたのがこの二人。ガサツだけど明るく素直な元アイドルのキアラと、彼女とバディを組む凡庸な青年トール。

 彼らは三日前からここで寝泊まりし、整理作業を黙々と進めてきた。


「さて、これで終わりかな」

「やったー! やっとめんどくさい作業から解放されるぅ!」


 全部屋を確認してそう判断すると、疲れ切っていたキアラの顔がパアッと輝いた。飽きっぽいキアラにとって書籍の分別と梱包は大変だったらしく、汚れた軍手をしたままバンザイをして喜んでいる。

 ワゴン車の後部座席にダンボール箱をすべて詰め込む。だが彼らの作業はまだ終わりではない。解体作業という大仕事が残っている。


「よし。じゃあ俺は隣近所に解体作業について話してくるから、お前は立て看板を頼む」

「オッケー!」


 鼻歌を歌いながら看板を引っぱり出すキアラに苦笑しつつ、トールは周辺の家々へ向かう。絶対に大丈夫だと断言できるが、解体作業に不安を抱く近隣住民への説明は必要不可欠だ。

 再び合流した二人は、インカムを装着してそれぞれの配置につく。キアラは空き家のほぼ真ん中である二階の廊下へ、トールは玄関前に立って家屋全体を見上げた。

 

「キアラ。用意はいいか?」

『オッケーだよ!』


 ヘッドフォンから鼓膜に届くキアラの声に頷くと、トールは野次馬たちに近づかないよう勧告し、両手を空き家に向け力を発動した。


「はあぁぁぁっ、(そび)えろ! ”Dimension(次元の) wall()”!」


 手のひらに力を籠めると、足元からゴゴゴ…と地鳴りが響き、敷地を囲むように次々と地面から壁が伸び上がってくる。

 幅五メートル、高さ二十メートルの歪んだ光彩を放つ透明な壁は、隣家のブロック塀や生垣には一切干渉せず、ぐるりと空き家を取り囲んだ。


『トール~、もうい~い~?』

「…ッ、よし、いいぞっ」

『オッケー!』


 キアラの問い掛けに、力を発動中のトールは歯を食いしばりながらOKを出す。すると直後、空き家の真上の空が紫紺色に染まり、星を散りばめたようにキラキラと光り出した。


『いっくよ~! キアラちゃんのぉ、”なーっくるぼんばぁぁぁっ”!』


 キアラの掛け声と共に遥か上空に現れたのは、半透明の超巨大なボクシンググローブ。なぜかピンクのハート柄のそれ(・・)は雲を蹴散しながらぐんぐん迫り、一気に空き家を叩き潰した。

 隕石が落下したような衝撃波に、離れた場所にいる野次馬たちが悲鳴を上げている。


「くうぅぅぅっ!」


 破壊の衝撃を抑え込むため、トールは力を増幅させて壁を強固に保つ。更には砕かれた木片や舞い上がった土埃などが周囲に飛散しないよう壁を湾曲させてドーム状にし、敷地を包み込んだ。

 脆くなった空き家とはいえ、一撃で粉砕するほどの衝撃を抑え込むにはそれ相応の力が要る。ビリビリと手のひらに伝わる振動はかなりのもので、指の関節がぎしぎしと痛む。

 やがて視界を遮っていた土埃が落ち着き、家が建っていた場所が見えてきたが、そこにはもう建物と呼べるものは無く、無残にも破壊された瓦礫があるのみだ。

 トールが近隣に被害がないことを目視で確認していると、瓦礫の山からもそりとキアラが這い出てきた。


「ひゃ~、ちょっと張り切り過ぎたかな~?」


 埃まみれのキアラはきょろきょろと周囲を見渡し、頬を掻きながらへらりと笑った。


「おい、大丈夫か?」

「うん? 全然ダイジョーブだよ?」


 危なっかしい足取りで瓦礫の山から下りてくるキアラに手を伸ばせば、彼女は大丈夫だと言いながらもその手に掴まった。繋いだ手が気恥ずかしいのか、トールを見上げてエヘヘと笑った顔が可愛らしい。


「お前そうして笑ってると、ホント可愛いんだよなぁ」

「!」


 ぽろっと零したトールの言葉に、キアラの顔がボンッと赤く染まる。ひょろりと背の高いトールの鎖骨ほどしかない小柄なキアラは妹を思い出させ、ほのほのと懐かしい気持ちになる。

 一方キアラは、アイドル時代にファンからたくさんの賛辞を贈られていたが、滅多にそういうことを言わないトールの言葉は、キアラの心臓をきゅっと掴んだ。


「トール、あの、あのっ…」

「どうしたキアラ。トイレか?」

「ち、ちが――—う!」


 デリカシーのないトールにキアラは繋いでいた手を振りほどくと、力任せに彼の鳩尾へパンチをお見舞いした。


「ぐほっ!」

「トールのばかーっ!」


 腹を抱えて蹲ったトールを置き去りにし、車へ戻ったキアラは乱暴に無線機を手に取ると、会社へ作業が終了したことを知らせた。


『お疲れ様。では残務処理班を向かわせるから、あなたたちは回収した荷物を持って帰社してね。…そういえばトールはどうしたの?』

「あー、えーっとぉ…」


 オペレーターの問いに言い澱んだキアラは、背後をそろりと振り返る。すると瓦礫の上でぐったりと倒れ伏したトールの黒髪が、カラスに突っつかれていた。






 ***


 XXX年六月某日、晴れ。

 有限会社【Calico/Cat/Company】の社長室では、呼び出された二人の社員が緊張した面持ちで執務机の前に並んでいる。

 一人は入社五年目のトール、年齢は二十九歳独身で、黒髪黒目の平凡な容姿の青年。もう一人は入社二年目のルーキー、キアラ。毛先をくるりとカールさせたラベンダー色のツインテールと大きなアメジストの瞳が印象的な、元アイドルという経歴を持つ十九歳の美少女だ。

 そんな二人を革張りの椅子に座ったまま見上げているのは、C/C/Cの創業者でもある社長のケンゾーで、彼の背後で静かに微笑みを浮かべて佇んでいる金髪美女が、影のボスと囁かれている秘書のマリナだ。

 

「さて、君たちを呼び出したのは依頼についてなんだが」


 ケンゾーがそう切り出した途端、二人の体がビクッと揺れた。キアラの顔はひどく青褪め、トールは苦虫を噛み潰したような表情で天井を仰いだ。


「実は…」

「すみません!」


 ケンゾーの話を遮って、突然キアラが大声で謝った。


「本を破いたのはあたしです! 細かい作業好きじゃないのに、ずっと同じことしてて疲れちゃって…。 トールに注意されてからは気を付けてたけど、何冊かはちょっと…破けちゃったと思います…」


 ゴメンナサイと深く腰を折ったキアラを見ていたトールも、手本のような角度で頭を下げた。


「キアラのせいだけじゃないです。先輩として監督不行き届きだった俺の責任でもあります。申し訳ありませんでした」

「トールぅ…」


 潤んだ瞳で見上げてくるキアラに、トールは安心させるように微笑みかけ、そして改めてケンゾーに頭を下げた。


「キアラがガサツなのはわかっていたことなのに、注意が足りなかったのは俺の落ち度です。飽きっぽいし、注意力も散漫だし、幼稚園児の方がよほど言うことを聞くってわかってたのに、目を離したのは痛恨のミスでした」

「へ?」

「おまけに能天気で大雑把で、スキルを使う時も俺がフォローしてやらなければ、どれほど周囲に被害が出たかわかりません」

「…」

「本当に手のかかる妹分ですが、素直に反省しているので、今回はどうか大目に見てやってください。お願いします!」


 そう頼み込んで顔を上げると、ケンゾーは口元を手で覆って肩を揺らしており、彼の後ろではいつも通り微笑みを浮かべるマリナが、なぜか虚ろな目で窓際のポトスを見つめていた。

 二人の不自然な様子に首を傾げていると、隣から地を這うようなキアラの低い声が聞こえてきた。


「ト~ル~…」

「ん? どうしたキアラ、そんなヘンな声出して…ごふっ!」


 俯いてプルプル震えているキアラを覗き込むと、彼女はキッとトールを睨みつけ、握り締めた拳を容赦なくトールの顔面に叩き込んだ。


「~~~ッ」

「トールのあほんだら~っ」


 豪快にひっくり返ったトールを振り返ることなく、泣きながら社長室を飛び出したキアラ。それを見送ったケンゾーは、今度こそ声をあげて笑い出した。

 

「ふっくっく! 仲が良くて何よりだね」

「…どこをどう見たらそんな言葉が出てくるんですか?」


 痛む鼻を擦りながら立ち上がったトールは、恨めし気にケンゾーを睨む。そんな彼の態度もツボらしく、ケンゾーは眦を拭いながらトールにソファーを勧め、マリナにはお茶を頼んだ。


「いや、君もそうだけど、キアラがあんなにも率直に感情をぶつけられるなんてね。ウチに来たばかりの頃は男性不振が酷かったのに、たった二年ですっかり克服したようだ」

「その代わり俺の苦労が増してますけどね」


 今でこそ明るく素直なキアラだが、C/C/Cに入社したばかりの頃はマリナや他の女性社員にしがみ付いてばかりいたし、社長命令で半強制的にトールとバディを組まされたのが気に入らなかったのか、初めは何度か仕事をボイコットされた。

 聞いた事情によると、中学の時からアイドルグループに所属していたのだが、高校生になってから悪質なストーカーに付き纏われ、かなり不快な思いをしたらしい。

 事務所が警察に被害届を出して接近禁止命令が出たにも拘らず、ストーカー行為は続き…いや更に悪化し、とうとう自宅に侵入された。

 その時の恐怖で、スキルが覚醒して難を逃れることができたけれど、犯罪者とはいえ人にケガを負わせてしまった事実は重く、事務所から解雇されたそうだ。

 アイドル廃業後、暫くゴシップ系週刊誌の男性記者にも追い回され、当時のキアラはすっかり男性不振になったらしい。


「まあ、憎まれ口や軽口を叩き合えるっていうのは、ある意味気を許している証拠だ。キアラのバディに君を選んで正解だったよ。スキルの相性もいいしね」


 嬉しそうにそう言われては否定もできず、トールは口を閉ざしてそっぽを向いた。

 このC/C/Cでは、入社に際して”スキル持ち”であることが絶対条件だ。千人に一人くらいの割合で存在し、その能力は多種多様で未知数。

 ちなみにキアラは圧縮した空気の塊を操るスキルで、トールは”次元”という形の無いものを具現化することができ、それを利用して結界を張る。


「ところで話は変わるけれど、次の依頼の話は聞いたかい?」

「いえ、まだ」

「そう…」


 訊ねておいて先を話そうとしないケンゾーの様子を訝しく思い、トールは眉を顰めた。

 

「厄介な依頼なんですか?」

「いや、まあ…そうだな。なにせ警察からの協力要請だからね。碌な事じゃない」


 断れなかったのかと聞けば、ケンゾーは持ちつ持たれつだよと苦笑した。まあC/C/Cがスキルを使って起こした騒ぎを大目に見てもらうこともあるので、仕方が無いのだろう。


「とにかく、マリナがOKしたので依頼は受けた。そこで君にはユリ・アキヅキペアと同行してほしいんだ」

「え? 俺単騎でですか?」

「そう。キアラのトラウマに触れるから」


 詳細は彼女らから聞くように言われ、社長室を後にした。

 思案しながら向かったオフィス兼待機室では、膨れっ面でアキヅキに抱きついているキアラと、二人を楽しげに眺めているユリがいた。


「よ、トール。社長の小言は終わったか?」


 赤い髪をポニーテールにしたユリが、トールに気が付きキシシと意地悪そうに笑い、無口で無表情なアキヅキはキアラをくっつけたまま、紺色のボブヘアーを揺らしてペコリと会釈した。


「小言じゃねーよ。それより次の仕事について、お前らに聞けと言われたんだが」

「ああ。あー…」


 ユリが言葉を濁してキアラを見る。すると、目が合った彼女は小首を傾げた。


「キアラ。仕事の話をするから、一旦アキヅキから離れて」

「え~。このままでもちゃんと聞けるもん」

「キアラは聞く必要ないよ。メンバーに入ってないから」

「え! なんで?!」


 噛みつく勢いで訊ねられたユリは、社長命令だからと答えた。


「次の仕事はストーカー男が住んでいた家の調査だからって、アンタは外されたの」

「…ッ」


 ストーカーと聞いてキアラの肩がビクッと揺れた。ハクハクと何かを言いたそうに口を開け閉めしていたが、結局何も言わずしょんぼりと部屋を出て行った。


「可哀そうだけどしょうがないね。社長の意向だし」

「わかってる。あとでフォローしとくよ」

「よろしく。じゃあ気を取り直して、今回の依頼についてだが———」


 そう切り出したユリの説明によると、捜査中の連続殺人事件の容疑者の男が勾留中に急死したため、調査が難航し手詰まりとなってしまった。

 トールたちがニュースなどで得ていた情報では、男の父親が所有する山中で女性の遺体が発見され、捜索したところ更に二体、女性と思われる白骨死体が見つかったということまでだ。

 だが警察は、あと少なくとも五人の被害者がいるのではないかと推測しているらしく、改めて男の自宅を捜索する際、同行して手懸かりを見つける手助けを望んでいるそうだ。


「C/C/Cのスキル頼みってわけさ」

「頼られても…もう鑑識かなにかが自宅だって調べ尽くしただろう? なにも出なかったのか?」

「さあ。でも十数年前に木材やセメントなんかを大量に購入した記録が見つかって、もしかしたら隠し部屋があるんじゃないかと考えたらしい」

「隠し部屋? そんなマンガじゃあるまいし」

「いや。男は無職だったから時間は有り余るほどあった。小型であれば重機の運転もできたそうだから、警察も可能だと考えたんだろうさ」


 生家は大地主で、いくつものマンションやアパートを経営していて多額の家賃収入があったため、男は働くことも家業を手伝うこともせず、五十を過ぎても自由気ままな生活をしていた。

 若い頃に何度か女性への付き纏いで厳重注意を受けており、当時被害を受けた女性たちは男の異常性を証言したという。

 渡された資料に目を通すと、被害者は自宅にウェディングドレスを送りつけられ、「式が待ち遠しい」「早く君と結婚したい」などと書かれた手紙が、毎日のようにポストに入っていたらしい。

 添付されていた写真の遺体も白いドレスのようなものを着ており、男の異常な執着心を如実に表している。


「俺らの仕事は、隠し部屋があるかどうかを調べ、あったらそこに被害者がいるかを確認できるよう、警察に協力すればいいんだな」

「ああ。アキヅキのスキルで場所がわかれば私が力尽くで開ける。トールにはその間、結界で補助してほしいんだ」

「了解」


 ユリの計画にアキヅキはコクリと頷き、トールも了承した。

 アキヅキの持つ探査のスキルで場所を特定し、ユリの怪力のスキルで強引に道を作る。当日は警察関係者も同行するため、彼らの安全を確保するのがトールの役目だろう。

 トールは細かな手順を頭に詰め込みながら、しょんぼりと部屋を出て行ったキアラの後ろ姿を思い出していた。






 ***


「ツいてねー…」


 容疑者宅の荒れた庭に停めたワゴン車の後部ドアから、ユリは顔を顰めて大粒の雨を降らせる濃灰色の雲を睨んだ。

 一昨日までは晴れ続きだった空は、昨夜の零時を回った直後から急激に崩れ、今はバケツをひっくり返したような大雨が地面を叩き、泥跳ねを撒き散らしている。


「なんで雨天中止じゃないんだよ? こちとら家の中だけじゃなく敷地内全体を歩き回らなきゃならないっつーのに、奴らは場所が特定されてからの出番だからって車で待機だ~あ?」

「聞こえるぞ、ユリ。仕方がないだろう。役割が違うんだから」


 文句が絶えないユリを諫めている間にも、アキヅキは作業服の上からレインコートを着込み、長靴に足を突っ込んでいる。

 探査スキルの範囲が半径五メートルとそれほど広くないため、彼女は家屋の内外から草だらけの庭、ゴミとガラクタが放置されている駐車場まで、くまなく歩かなくてはならない。

 そしてアキヅキのバディであるユリと、助っ人のトールも同じ格好をしている。些か梅雨寒でひんやりしているとはいえ、レインコートの中は蒸し暑い。

 警察側から同行するのは、中年の刑事と鑑識官が一名ずつ。興味と疑心半々の視線で、C/C/Cの三人の言動を(つぶさ)に観察している。


「さて手始めに家の周りから始めるか」

「ん。”Almighty (万能なる)conpass(羅針盤)”」


 ユリの合図で車を降り、土砂降りの中を練り歩く。探索のために地面に向けて広げたアキヅキの手は次第に冷えてゆき、爪から赤みが失われていく。


「あ…」


 アキヅキが漸く足を止めたのは、探索開始から三時間以上も経った頃。家の中はもちろん、敷地内の見える範囲のほとんどを歩き尽くし、最後に家屋の裏側にある、雑草に埋もれた古くてボロボロの小屋の前を通りかかった時だった。


「ここは?」

「風呂場です。と言っても何十年も使われた形跡の無い、玉砂利のようなタイル張りの五右衛門風呂です。床も壁面もかなり傷んでいて危ないので、中には入らないでください」


 ユリが背後の二人に訊ねれば、鑑識官が手にしていたファイルを捲り説明した。鍵は掛かっておらず、軽く引いただけで扉は軋んだ音を立てて開いた。


「確かに使ってなさそうだ。蜘蛛の巣と埃がすごいな」

「雨漏りもね。見て、梁や風呂の蓋が腐ってる」


 ホラー系の映画やゲームのような光景に、皆が眉間にシワを寄せた。


「ここはすでに調べましたが、なにもありませんでした。…間違いじゃないんですか?」


 アキヅキに向けて訝るような視線を向ける刑事たちに、本人よりも先にユリが牙を剥いた。


「ちょっと! アキヅキの力を疑ってんの?!」

「いや、そういうわけじゃ…」

「じゃあなんだっていうのよ!」


 ぎゃいぎゃいと騒ぎだしたユリたちを余所に、トールは小声でアキヅキに訊ねた。


「まだ反応はあるか?」

「ある。ここの下方、空間」


 はっきりと告げたアキヅキに頷きを返し、トールは一人で小屋を念入りに調べ始めた。

 腰の高さほどもある雑草を掻き分け、放置されている粗大ゴミや朽ちた木片を避けていくと、小屋の裏の足下に凹みが見つかった。

 きっとここで薪を燃やして風呂を沸かすのだろうと考え、屈み込んで奥を覗き込む。すると凹みの上側に、古い風呂に必要とは思えない小さなスイッチを発見した。


(なんだ?)


 試しに押してみると小屋の中でガチンと金属音がし、微かにモーターのような振動音がする。


「もしかして当たりか?」


 慌てて表へ回り込み、刑事が止めるのも聞かずに中へ駆け込むと、耳を澄ませて音を辿った。


「やっぱりここだ。風呂の底から聞こえる」

「トール?」


 ユリの呼び掛けにも応えずに身を乗り出して底面を調べると、タイルの一つが押しボタンのように沈み、次いで風呂の底は自動車のスライドドアのようにずれ、地下への階段が現れた。


「「!」」

「見つけたよ」


 驚きに目を丸くする刑事と鑑識官に対し、ユリは腕組みをして偉そうに踏ん反り返った。

 邪魔なレインコートを脱ぎ、スマホのライトを懐中電灯代わりに階段を下りる。セメントを塗り固めただけの壁面や天井はヒビだらけで、今にも崩落しそうで怖い。

 歪な階段を慎重に下りてゆくと、やがて頑丈そうな鉄製の扉が現れた。

 小さな鍵穴があるが、肝心の鍵は無い。


「ここは私の出番だな!」


 ぎゅぎゅっと無理やり先頭に出てきたユリは、トールに結界を張るように指示すると、両手の指先に意識を集中させた。


「出てこい! ”Dragon's (竜の)strength()”!」

「わっ、待て!」


 鋭く長く伸びた鈍色の鉤爪を、トールが結界を張るや否や、目にもとまらぬ速さで取っ手の脇に突き立てる。


「おりゃあっ! ぐぬぬ……はあああっ!」


 女性のものとは思えない雄叫びと同時に、ベコベコと金属製の扉は蛇腹状に折れ曲がり、まるでカーテンのように端に寄せられた。

 無理に開けた衝撃で天井に亀裂が入り、細かな破片が落ちて結界に当たる。


「強引すぎるぞユリ! 俺たちを生き埋めにする気か!」

「大丈夫大丈夫。そのための助っ人じゃないか」


 親指を立ててキシシと笑うユリに、トールは諦めたように嘆息した。

 扉の向こうは真っ暗で、消毒のようなニオイが充満していた。スマホのライトだけではほとんど何も見えず、探索などしようがない。―――とその時、天井の照明が点灯し、一気に室内が明るくなった。


「…ごめん」


 驚いて振り返った一同が見たものは、壁際でスイッチを押した格好のまま固まっているアキヅキ。いつも通りの無表情ながら、どこか申し訳なさそうな雰囲気を漂わせている。

 とにかく明るくなったのはありがたい。改めて探索を開始しようと室内へ視線を戻し、異様な光景に息を呑んだ。


「これって…」


 部屋はだだっ広いワンフロアだ。床には淡色の絨毯が敷かれ、一人掛けのソファーが中央にぽつんと置かれている。

 壁際には縦長のガラスケースが十個ほど並んでいるが、汚れて曇っているために中身はわからない。微かに黄色味を帯びた白いものが見て取れる程度だ。

 だが何よりも一番に一同の視線を奪ったのは、正面の壁に掛けられた巨大な額縁。大きく引き伸ばされたウェディングドレス姿の女性の写真が、大切そうに豪華な額に入れられ飾られていた。

 

「死んだ男って独身だよな? じゃあこの写真の女性って…」

「容疑者の母親ですね。彼が生まれて間もなく亡くなったそうで、男の父親の家を家宅捜査した際、これと同じ写真を見た覚えがあります」

「うぇ、キモ…。マザコンかよ」


 トールの呟きに刑事が険しい表情で答え、それを聞いたユリが嫌悪に顔を歪ませた。そんなユリを少し離れた場所からアキヅキが呼ぶ。


「どうした?」

「ユリ、これ、反応ある」


 青褪めてガラスケースを指差すアキヅキ。それだけで意味を察した面々は、一様に表情を強張らせた。


「まさか中に被害者が…?」


 驚愕に目を瞠る刑事を余所に、鑑識官がケースを調べる。四方から写真を撮り、叩いてみたりした結果、難しい面持ちで首を横に振った。

 

「どうやら防弾ガラスのようですね。ただ衝撃を与えても割れないでしょう」

「じゃあ今は中を確認することはできないんだな?」

「はい。それに問題が。あの狭い階段からどうやってこのケースを外に出せばいいのか…」


 見るからに階段とガラスケースのサイズが合わないため、ケースごと地下から出すのは不可能だ。ならば機材を持ち込んでガラスを切断し、被害者をケースから出して搬送するのなら―——


「その方法もどうでしょうか。防弾ガラスを切断するのには時間がかかります。床や天井、それに壁もかなり脆くなっているので、作業中の振動でも崩落に繋がるかもしれません。それが証拠にほら、雨が浸みて壁が濡れているし、さっきから細かな破片が落ちてきています」

「なっ?! ではどうしたら…」


 刑事の視線がトールに向けられた。先ほどスキルを発動させて、安全を確保したのを見ていたからだろう。だが、


「無理だ。俺の結界では不完全だ。力の流し方で多少は形を変えられるけれど、全方向を補うことはできない」

「そうさ。それに作業がどれくらい続くかわからないだろ? その間ずっと発動してなんていられないよ」

「なぜ?」

「当り前だろう。じゃあ何かい? アンタは何時間も全速力で走り続けられるのか?」

「!」


 ユリの言葉に刑事は驚きを隠せないようだ。

 スキルは無制限に使える便利な力のように見えるのだろうが、所詮は人間が発する力なのだから、腕力や脚力と一緒で、使い続ければ疲労する。当然だ。


「とにかく一旦ここを出よう。方法を考えるのも外ですればいい」


 なにやら嫌な予感がして地上へ戻ることを提案すると、刑事以外は賛成した。

 

「せめて一つだけ開けてくれないか? さっき彼女が見せた怪力なら、防弾ガラスだって壊せるだろう?」

「それはやめた方がいいでしょう。さっきも言った通り、この地下室はいつ崩落してもおかしくない。万が一天井が崩れて埋まったとしても、この頑強なガラスケースの中ならば、破損は最小限で免れるかもしれません」

「…ッ」


 食い下がる刑事の頼みを断じたのは、ユリではなく鑑識官だった。確かに彼の意見は尤もで、ケースから出された被害者を運ぶ方法も無い今、無闇に手を出すべきではない。

 納得したと判断して歩き出した一同だったが、階段に差し掛かったところで背後から耳を劈く衝撃音が響いた。

 慌てて駆け戻れば、刑事がガラスケースに向かって銃を構えている。そして銃口の先にあるケースには、小さな凹みを中心に広がる無数のヒビ。


「やはりダメか…」

「ダメかじゃないよ! アンタ何して———」


 ユリが怒りの形相で刑事に掴み掛った瞬間、足元から唸り声のような地響きが鳴りだした。音は次第に大きくなり、地震となって一同に襲い掛かる。


「ヤバい崩れるぞ! 走れ!」


 トールの叫びに皆が一斉に階段へ向かう。その間も床は崩れ落ち、天井からは剝がれた瓦礫が雨のように降ってくる。


「足元は支えるから、とにかく走れ!」


 最後尾から結界を張って脱出をサポートする。走りながらのスキル発動は難しく、気を付けないと足が縺れて転びそうだ。

 ライトを点ける余裕も無く、暗い階段を勘を頼りに駆け上がる。こんなに長かっただろうかと不安に駆られたその時、トールの頭上が大きく崩壊した。


(あ…。俺死んだわ)


 迫る瓦礫に死を覚悟した彼の脳裏には、これまでの人生や家族の顔が、走馬灯のように浮かんだ。

 そして最後に思い出したのは、肩を落としたキアラの後ろ姿。仲直りできないまま死んでしまうことが悔まれて仕方がない。


(願わくば、次はもっと彼女と寄り添えるバディが現れ、ずっと笑顔でいられるよう―——)

「キアラ…元気でな」

「トールもね! ”なっくるぼんばーっ”」


 目を閉じたと同時に間近で聞こえたのは、耳慣れた少女の声と衝撃音。瞼を開ければ目の前には階段ではなく空が広がっており、灰色の雲の隙間から覗く青空をバックに、ツインテールのシルエットがそこにあった。


「危機一髪だったね! トールっ」


 振り返った少女の髪が彼の頬を撫で、紫の瞳が笑みの形に細まる。

 なぜここにいるのかとか、ユリたちは無事なのかとか、聞かなければならないことがあるのに、キアラに生きて会えた感動のせいで、なかなか言葉が出てこなかった。


「……キアラ、お前…来てくれたのか?」

「うん! 助け合うのがバディでしょ!」


 えへん! と胸を張ったキアラ。それはトールが何度も何度もキアラに告げた言葉だ。

 男性不振でトールと協力しようとせず、突っ走ってはミスばかりしていた以前のキアラに、フォローしては必ず掛けていたお決まりのセリフ。『バディなのだから助け合うのは当然だ』と。

 トールの胸は温かいもので満たされた。

 崩れた階段を手を貸し合って攀じ登り、漸く外へ出ると雨はすっかり上がっていて、爽やかな風が吹いていた。


(ん? 風?)


 違和感に首を傾げたトールの足下には、粉々になった木材の破片やタイルの欠片が散乱していて…。

 その有様に事態を把握したトールは、サーッと顔色を悪くした。


「キ、キアラ? ここに建ってたはずの小屋は…?」

「え~とぉ、吹っ飛ばしちゃった?」


 テヘッ☆とあざとく小首を傾げたキアラに、トールはくらりと眩暈がした。


「おま、お前…吹っ飛ばしたって?!」

「だってキンキュージタイだったんだもん! それにあんな汚いところに入りたくないし!」

「だからってぶっ壊してもいいってことじゃないだろう!」


 風呂場自体も証拠品の一つだったはず。それを破壊したとなれば、始末書だけでは済まされないだろう。

 解雇とまではいかなくても、謹慎処分や減俸は確実。懐に大打撃だ。

 (すが)る気持ちでユリとアキヅキを見れば、ユリは肩を竦めて首を横に振っているし、アキヅキは合掌してトールたちの冥福を祈っている。

 とうとう頭を抱えて蹲ったトールの肩を、キアラは呑気にポンポンと叩いた。


「元気出してよトール。ダイジョーブだって! 二人一緒なら、どんなことだって乗り越えられるよ!」

「…」


 虚ろな目をして顔を上げたトールへ、キアラはアイドル時代に培ったと思われるキラキラの笑顔で自信満々に(のたま)った。


「だってあたしたちはバディだもん! ねっ!」






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