第1話 世界滅亡
黒い箱があった。
箱には書きなぐったような文字と風景が彫り込まれている。
そして今、箱に最後の一画が加えられた。
この箱の名前は「異世界」。今秋の東部美術コンクール中学生の部に出す予定の作品だ。
僕の名前は齋藤みかん。なよっとして見えるかもしれないけどこれでも一応男だ。
だけど、クラスメイトや先生からは女の子だと思われている。この名前では無理もないけど。
身長は157センチ。
今の僕は成人した女子の平均身長と大差ない…というより寧ろ低い背丈だが、まだ14歳だからきっと伸び代はあるはずだ。
…あるよね?
コホン、話題を変えよう。今度のコンクールについてだ。
ちょっとカッコつけて説明しよう!
僕たち美術部員には課せられた使命がある。
それが東部美術コンクール中学生の部で10年連続となる金賞を獲得することだ。
そう、僕たちはとても期待されている!ならばそれに応えねばならぬ!
…という訳で今は急ピッチで制作活動が行われているのだ。
僕も美術部員の端くれとして作品を作り、それが今完成したわけだ。
ガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。
わざとではない。ちょっと椅子のささくれた部分に服が引っかかってしまったのだ。
集中を乱された部員たちが一瞬だけこちらに目を向けるが、すぐにその目は新たな人物の登場によって逸らされることになる。
ガラガラガラ…ガンッガンッガンと立て付けの悪そうな扉の音を立てて美術室に入ってきたのは茶髪の女の子だ。
「何なのこのドア、まだ直ってなかったの?」
そう言いながら彼女は辺りを見回す。
その瞬間、彼女と目が合った。僕はサッと目を逸らす。
彼女は僕の天敵だ。所謂スクールカースト上位の女子に目をつけられたら叶わん。
こっちに来ないでぇー…という僕の願いも虚しく、彼女は僕の方にずんずんと近づいてくる。
「みかんちゃんじゃん。何してんの?」
話しかけられた!しかも名前覚えられてる!!
震え上がる僕とは対照的に、気だるげな雰囲気の彼女は僕の近くの席にドカッと座る。演劇部の彼女が何故美術室に!?
「僕に何の用でございまするか」
…テンパって変な対応をしてしまった!
羞恥心に耐えきれず僕は手で顔を覆い隠し、ギュッと目を瞑った。
暫く沈黙が続く。
あまりにも沈黙が長引くのでちょっとだけ指の隙間から外を見てみる。
彼女と目が合った。
「…ッアハハハ!何その反応、ウケるんだけど!」
良かった。どうやら彼女の機嫌は損なわれていないようだ。
彼女のサイドテールがゆらゆら揺れる。
その時だった。
ピカっと外が光った気がした。
ーーなんだかフワフワする。まるで空に浮いているみたいな感覚だ。
自分の存在が宙に溶けて曖昧になっていくような不思議な感覚。
羽毛の海に沈んでいく感覚にも似ている。
暫く漂い、自分の輪郭を完全に認識出来なくなった頃だろうか、唐突にピリッとした感覚で我に返った。
見渡せば辺りはただ何処までも白く…
目の前には転生ものでお馴染みの女神様…的な服装をした彼女ーー名前は確か、九条七日だったはずーーが倒れていた。
ちなみにその服は演劇部が次の公演のために用意していたものであるはずだ。
数分か数時間か分からないが、暫くして彼女が目を覚ます。
辺りをキョロキョロと見回す様子からして、彼女もまた現状をよく分かっていないのだろう。
心なしか不安そうにも見える。ここは僕が声を掛けるべきところーー「……成功したの?」
ーーん?成功?
「七日さん…でいいんだよね?成功ってなんのこと…ですか?」
「…ん?」
どうやら七日さんは今僕の存在に気がついたようだ。目をしぱしぱとさせている。
「んんん?………えええええ!!!?みかんちゃん?みかんちゃんなんで?」
ナントカスレイヤーに出てきそうな台詞が飛び出した。
狙って言った訳では無いだろう。七日さんはそういうのに詳しいタイプじゃなさそうだし。ーー偏見だけど。
暫くして落ち着いた七日さんと、今後のことも含めて話し合うことになった。
七日さん曰く、「唐突だけど世界は滅んだ」らしい。
それだけ言われても困ってしまうが、今僕たちが置かれている状況を踏まえると説得力が無いこともない。
外国のお偉いさんが戦争を始めたことは僕も知っていたが、その流れ弾…流れミサイル?が僕たちの街の上で大爆発したらしい。
それが世界同時攻撃であり、核搭載のミサイルの威力は言わずもがな…
七日さんはタイムリープしていたため、その事を知っていて今は54周目らしい…。
ああダメだ。1周目の話から通しでずっと聞いていたせいか、こんがらがってきた。
タイムリープする中で僕の作った「異世界」にシェルターのような機能があることに気づいた七日さんはそれ目当てで僕に近づいてきたが、空爆を食らうまでシェルターは使えないため僕の前に陣取ったらしい。
あの時、気だるげな様子だったのは精神的に本当に疲れていたからであるようだ。
今、七日さんの手には僕の作った「異世界」が収まっている。
光り輝くだとか、特にそういったエフェクトもなく、ただそこに収まっている。
七日さんが言うには、シェルターに隠れるところまでは今までの周回でも出来ていたようだが、七日さん以外を収容出来たのは今回で初めてであるらしい。
尚且つ、僕も七日さんも人間だから何も無いこの空間ではいずれ空腹で死んでしまう…とのことだ。
それが分かっていても彼女は生きることを諦めていないようだ。
その手は絶えず「異世界」をこねくり回している。
しかし、その動きは暫くして止まった。
どうやら、自分が触っても意味がないなら僕に望みを託そうと考えているらしい。
確かに製作者の僕なら何か出来るかも、という考えは分からなくもない。
でも、僕はただの人間だし、作品をシェルターに変貌させるような能力なんてある訳が無い。
そして…実際、そんな能力は無かった。
空腹にうなされること数刻、僕も七日さんもまだ生きている。
当たり前か。まだ1食抜いた程度だからなぁ。
それから数日が経過した頃だろうか?なんだか僕たちの周りが光り輝いているような気がしてきた。
そろそろ神様か仏様がお迎えに来たのだろうか?七日さんも空腹に耐えられず倒れている。
この空間では不思議と喉は乾かないようだが、空腹は誤魔化せなかった。とても苦しい。
この日々を幾度となく繰り返している七日さんでも、なぜか食べ物はこの空間に持ち込めなかったらしく、お腹は減る一方だ。
そんな僕の頬を何かが優しく撫でる。
うっすら目を開けてみると、そこには演劇部でも再現出来なさそうな豪華な服装に身を包んだ女性がいた。
今度こそ転生ものの女神様だ!と思った。
貴女のファンです!会ったことは無いけど!
女神様(?)が僕に向けて手を伸ばす。思わず僕も手を伸ばした。
次の瞬間、魔法陣の様なものが僕の手から現れる。
その瞬間、真っ白だった世界に色がついた。