05 その男は勝利の為に蘇る
――どれぐらいの時間が経っただろう。
何も無い暗闇の中に俺は居た。
最期の瞬間は鮮明に覚えている。俺は怪物の一撃を胸に受け、死んだのだ。
ゲームの世界ならば、死んだところで近場の街とかで復活するだけだろう。
しかしこれはゲームではあるが、本物の痛みと本物の感覚がある。
自分が本当に死んでしまった可能性も大いにある訳だ。
……だとすれば、この暗闇は死後の世界か?
どれぐらいこの何も無い空間に居れば良いのか分からないが、長居していると気が狂ってしまいそうだ。
そんな懸念が通じてくれたのかどうかは分からないが、周囲が少し明るくなる。
やがて目の前に薄らと浮かび上がるのは、形容し難い装飾のされた大きな扉。
禍々しい竜のような生物や、嘆いているように見える人らしきものなど。
そんなものばかりが彫刻された悪趣味な扉だ。
修学旅行の時に行ったどこかの美術館で見た作品を思い出す。
そのデザインと名前に、衝撃を受けた記憶がある。
確か――"地獄の門"といったか。
扉には金属の錠前が掛けられ、鉄鎖で何重にも縛られているほど厳重な施錠が施されている。
目の前にあるこれは一体何を意味しているのだろう。
俺は死んで、地獄にでも落ちたということか?
堅牢に閉ざされたこの扉の向こうが、俺の行くべき場所なのか?
恐る恐る近付いてみれば、
――"ドンッ!"
「うお!?」
内側から強く叩く音がして、扉が大きく跳ねる。
鉄鎖の軋む音と、隙間から溢れた赤い光を認識できた。
何かいる。恐らく人では無いだろう。
……だが、不思議な事に俺はそいつに畏怖とか、嫌悪とか、マイナスの感情は抱かなかった。
何故か分からないが、本能がそいつを拒絶していないと言うか、今の俺にはむしろ必要である気さえしている。
ゆっくりと、扉へ手を伸ばしてみる。
「……人よ、私を受け入れるか? それは消えぬ呪いと同義であり、お前を永遠に苦しめるだろう」
男性とも女性とも取れる、何重にもぶれる声が脳内に響く。
「それでも良いと言うのなら……お前に、加護を授ける」
――加護?
つい最近、そんな言葉を何度も聞いたな。
未だに状況は理解できない。
ゲーム内のイベントだとか、幻覚だとか、切り捨てる事は容易だ。
そもそもこんな場所に呼びつけたのはお前じゃないのかとか、お前は一体なんなんだとか。
浮かぶ疑問は山ほどあった。
だが今の俺は、理由も理屈も必要なかった。
とにかく何かが変わればそれで良い。ただ負け続けるのが嫌だった。
呪われようが何だろうが、加護とやらで俺を救ってくれよ。
――そう願いを込めて、強く頷いた。
その瞬間に視界に浮かぶのは、意思を持たぬ淡々とした文字列。
『独自スキルを習得しました。
【ブースト・リザレクション】』
――土の匂いが立ち込める。
開かれた視界には、横向きになった景色が映る。
やがて明瞭になった聴覚が阿鼻叫喚の喧騒を捉えた。
自らが倒れ伏している事に気付いた俺は、体に力を込めてみる。
どうやら問題なく立てそうである。
ゆっくりと起き上がり、眼前に立ちはだかる影を見据える。
さっき俺を殺した怪物が、変わらずそこに居た。
怪物なりに手応えがあったのだろうか、少し意外そうに目を見開いて前足を半歩下げた。
「い、生きておられた……!!」
後方からも、兵士たちの驚嘆の声が聞こえる。
多分、化け物も彼らの驚きも間違っていない。
俺はさっき死んだのだと思う。
しかし、どう言う訳か生き返った。
仕留め損ねた。そう思ったかは知らないが、怪物が再度前足を振り下ろそうとしてくる。
しかし、今度は見える。
先程、目で追う事すら出来なかった一撃が、今はハッキリと軌道が見える。
手加減でもしているのかと思ったが、多分違う。
明らかに、"俺の動体視力が強化"されている。
長剣を握り締め、怪物の一撃を潜って懐に飛び込む。
自分でも驚く程体が軽く、思い通りに動いた。
「それ以上は」
扱ったこともない長剣をどう振れば良いかはわからない。
とりあえず、力任せに水平に薙ぎ払ってやる。
「許さないって言っただろ!」
決め台詞もバッチリ添えてな。
これで全く効かなかったらどうしようかとも思ったが、振るった剣は綺麗に振り切れ、怪物の首元に横一文字の傷を作った。
直後に赤黒い血液を飛び散らし、苦悶の叫びを上げて暴れ狂う怪物見て確信した。
俺は"生き返って、別人レベルに強くなった"らしい。
やがて転倒した怪物は倒れたまましばらく暴れていたが、次第に大人しくなっていき、そのまま黙して起き上がる事は無かった。
それを視認すると、視界の右下に小さく文面が浮かび上がる。
『ダイアウルフを討伐しました。
経験値+18000』
『レベルが上がりました』
どうやら今倒した怪物はダイアウルフと言う名前らしかった。
こう言った演出を見ると、あくまでこれはゲームである事を思い出させてくれる。
しかし、感覚のリアルさとこの世界から抜け出せないという事実が一瞬の安堵を奪う。
一先ず上がったレベルとやらを確認すべく、ステータスウィンドウを開く。
レベルは一気に26まで上がっており、ステータスも相応に上がっている。
最も気になっていた独自スキルの欄には、しっかり【ブースト・リザレクション】と表記されていた。
注視してみると、しっかりと詳細が表示されてくれた。
『ブースト・リザレクション
・HPが0になることで自動で発動する
・全てのステータスを増加させ、復活する
・一定時間経過するとステータスの変化は元に戻る
・クールタイムは6時間
・発動中、あるいはクールタイム中に再度HPが0になると死亡する』
不死身なのではと淡い期待を抱いていたが、そう上手くはいかなかった。
そういえば、先ほどから長剣もやけに重く感じる。効果時間もそう長くないらしい。
ともあれ、それを差し引いても強力と言える独自スキルを手に入れることが出来たのは大きい。
これが集団幻覚なのか、俺一人の悪夢なのか。
あるいは本当に超常的な技術で俺たちをオンラインゲームに閉じ込めているのかは分からない。
だからこそ、脱することが出来るまでの生き残る術は必要と言えよう。
肩を落とし、ぼんやりオレンジに染まった空を見上げる。
――不均衡は、始まりを告げたばかりだった。