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ダイブ・メガラニカ  作者: 彼方すすむ
4/5

04 勇者にはなれない


 冒険者ギルドから可もなく不可もなくと言ったシンプルな長剣を借り受け、施設を飛び出して街の南正門へ向かう。

 魔物が襲来しているのは正門近郊らしい。逃げてきた農耕民がそう言っていたのを聞いた。

 反対側、北側の門からも出入りが可能で、そちらへ向かって逃げる住民たちとすれ違う。

 流れに逆らうように進んでいけば、やがて自分の横を過ぎてゆく人は居なくなり、喧騒と生臭い嫌な香りが漂ってくる。

 開け放たれたままの大きな正門の向こうには橋が伸び、それを辿っていけば小麦か何かの畑が風に揺れていて、どこまでも街道が伸びてゆく。


 しかし。そんな長閑な風景には、情報通りの異端があった。

 人間よりも二回りか三回りほども大きな犬のような生き物。

 毛並みは灰色で薄汚く、四肢に携えるは太くて長い爪。

 鋭く伸びた犬歯と滴る涎、不自然に赤く光る瞳が、その生物の飢えと狂気を引き立てていた。

 

 低く唸るそれの傍らには、倒れて動かない鎧姿が複数人。

 怒号を上げて剣を構え、生物を取り囲む鎧姿が複数人。

 いずれも同じ鎧を纏って同じ兜を被る。その様子から、門に配備された衛兵か何かだろう。

 鼻につく生臭さは、この者たちの死闘の証だった。


 眼前で繰り広げられているのは、怪物と人間の戦い。

 漫画やゲームでよく見るその光景は、勇しく心躍るものである事が多い。

 しかし、実際に目にして見ればなんとも生々しい。

 兵士が数人がかりで刃を振るい、怪物を切りつけているが、ほとんど動じている様子はない。その力の差は見て分かるほど大きかった。


 心臓が自覚できるほど早く脈打っているのが分かる。

 殺される。それも容易く、残忍に。

 剣を握る手が震え、意思とは関係無しに半歩ほど身を退いてしまった。


 ――いや。何言ってんだ、俺は。

「……これは、ゲームだろっ……!」

 言い聞かせるように発した、自らを奮い立てる言葉。

 そもそもゲームじゃなければ出来ない行動だ。

 俺はそのまま、虚勢を纏って前に踏み出す。

 やがて、死闘の領域の少し後ろで弓を構えている兵の横に並んだ。

「冒険者です。微力ながら加勢します」

 努めて冷静に、若干の力強さも含みながら頷いて見せる。

 我ながら決まったんじゃないだろうか。

 こちらを向いた兵士は兜の下にある苦しい面持ちを次第に緩ませていき。


「おお……! なんとありがたい……!」


 歓喜の声を上げた。救世主か何かでも来たような高揚を感じる。

 ……いや、そこまでハードルは上げて欲しくないが。

 初期ステータスな訳だし、多分兵士さんたちの方が遥かに強いと思う。


「冒険者様だ……! みんな、冒険者様が来てくれた! 加護を持つ冒険者様がいれば、勝てるかもしれん!!」

 ……だから、ハードルを上げないで欲しいんだが。

 俺の心の声は届かず、前線の兵たちも歓喜の雄叫びをあげる。

 そして、化け物の攻撃を必死に防いで少しずつ後退してくる。


 俺の方に。


 期待の眼差しを向けながら。


「……あ、いや、俺そうでもないんで! 一緒に戦いましょう!」

 纏っていた虚勢を慌てて引っ剥がす。

 格好付けて犬死にしては訳ない。訓練しているであろう兵士の皆さんの方が多分強いし、元々役に立つか危ういラインだ。

 申し訳ないけどここは猫の手程度に考えてもらうしかない。と言うか俺の方は最初からそのつもりで来た訳だし。

 だが、そんな俺の嘆願も虚しく終わる。


「何を言っておられますか! 加護を受けた冒険者様には独自スキルという、魔術を超越した力があるのですよね!?」

 ……ごめん。その"独自スキル"とやらを持っていないんだ。と言うかそんなに凄いのか、独自スキル。


 兵士たちの募る期待と共に、俺は半ば強制的に怪物の前に出されてしまった。

 夢であれば覚めて欲しい。もう手を伸ばせる距離まで来た怪物は、不穏に唸り続ける。

 何が言いたいのかは分からないが、仲良くする気が無いことだけは分かる。

 背後には期待の眼差しを向ける兵士の皆さん。前門の虎、後門の狼である。いや、この場合前門が狼っぽいが。


 ……何かしらやるしかない感じの空気にされた。

「今ならまだ許してやるよ……! だが、それ以上は許さないぞ……!」

 震える声で剣先を向け、三流悪役もびっくりな脅し文句を怪物にぶつけてやった。

 精一杯の抵抗だ。何かしようとしてきたら急いで逃げて、素直に兵士の皆さんに助けてもらおう。

 残り滓みたいな小さいプライドを捨て去る覚悟をした、その時だった。


 怪物が振り落とした前脚。

 その先に備えられた鋭利な爪。

 ようやくそれを認識したのは、焼け付くような痛みと熱が胸部に刻まれた後だった。


 鮮血が舞う。

 激しい痛みと削られる酸素。

 全身の力が抜ける感覚。

 やがて視界は回り、俺は崩れる様に転倒した。


 切り裂かれたらしい。

 文字通り、目にも留まらぬ速さで繰り出された一撃に為す術もなかった。

 声も出せないほどの痛みの中、意識が遠のいてゆく。


 何も出来ないことは分かっていた。

 分かってはいたけど、こんなにあっさり死ぬなんて。


 ああ、俺は――



 ゲームの中でも、"負ける側"か。



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