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ダイブ・メガラニカ  作者: 彼方すすむ
3/5

03 閉塞


 独自スキル。

 それはこのメガラニカ大陸を創造した神々の加護を受けた者にのみ宿る特殊な力。

 神は複数存在し、神によって授ける加護は様々らしい。

 魔術などとは別の様々な事象を引き起こしたり、身体の強化や変化、稀に概念や理に介入する力もあるとか。

 加護を受けた者は幼少期に啓示を受け、冒険者として大陸を蝕む魔物たちを退治することを定められるらしい。

 本来は"神界の授けし加護"というらしく、独自スキルというのは最近の若者にも呼び易い言い回しとして浸透しているだけだそうだ。

 そして俺たちプレイヤーと言うのは、加護を授かって啓示を受け、冒険者として旅立って冒険者ギルドの本部があるこの王都へ辿り着いた……という設定らしい。


 世界の常識と出自すら忘れてるやべえ奴に懇切丁寧に説明しなければいけない受付嬢も大変だ。

 説明を終えた彼女は、そんな他人事のような感想を抱く俺に伺う様な苦笑いを浮かべる。

「……ど、どうされますか?」

 いや、どうされますかと言われても。

 無いものはないし、嘘をついて「やっぱありました」とか言っても後で困るのは自分だし。

 ここで諦めて引き下がるのもイベントの内なのかもしれないが、何らかしらの指針が欲しいとこだ。


 そう、例えば

 傷だらけの冒険者NPCが入ってきて「街の近郊に強力な魔物が! やべえぞみんな!」って捲し立てる。

 そこで今まで独自スキル無しとされていた俺の中に眠る力が目覚めて、魔物を殲滅して晴れて冒険者に!みたいな奴だ。

 ……と言うのはまぁ、少し安直と言うか陳腐だが。扉の方をちらりと見てみるも、そんな事は起こるハズもなく。


 ――刹那。

 "バンッ!"と音を立てて、勢い良く開け放たれた扉。

 そこに居たのは一人の男。腕から血を流し、苦しそうに肩で呼吸をしている。

 いや、ちょっと待て。


「街の近郊に強力な魔物が! やべえぞみんな!」


 おかしいだろ。

 安直とか陳腐だとか貶した展開をそのまま持ってこられるのは気まずいにも程がある。

 とは言えやはりこういうイベントだったか。

 やけにリアルなせいで心配になるが、あれはNPCだと自分に言い聞かせて様子を見守ることにする。

 ギルド内は騒然とし、駆け寄り介抱する者も居た。

 この中に俺と同じプレイヤーはどれほどいるのだろう。

 俺と同じタイミングでこのイベントに入った奴もいるのだろうか?

 漠然とそんな事を考えていると、荒い呼吸のままに怪我をした男が口を開く。


「すぐにログアウトしろ……みんなっ……! このゲームの痛みは、本物だっ……!!」


 その言葉は、周囲を沈黙させた。

 俺はその男を演出用のNPCだと思い込んでいた。

 しかし、発せられたのは明らかに俺と同じプレイヤー視点の言葉だ。

 そして俺は勿論。この空間にいる全員が言葉の意味を理解することに時間を要し、口を閉ざして静寂を作り上げただろう。

 狂言には思えぬ血気迫った様子は、不安の種を急速に成長させる。

 ログアウトしなければ。恐らく俺も、この場にいる大多数の者と同じ焦燥を感じている。


「ひっ……」

 誰かが恐怖に慄く声を上げる。

「ログアウトなんてメニューにない……!」

 絶望に染まった声色は、この場にいる冒険者たちに伝播する。

 俺も釣られるようにメニューを検めたが、それらしきものは見当たらなかった。

 嫌な汗が頬を伝う。


 もしログアウト出来なければ、どうなる?


 最も恐ろしいのは、この世界であの男と同じように傷を負った場合だ。

 あれほど人が悶えてるほどの痛みを受ければ、例え現実の身体に傷が付かずとも、ショックで死んでしまう事も考えられる。


 ……そもそも、痛みなんてどこから来るんだ?

 デバイスとやらが頭部の半分ほどまでしっかり覆っていたのは、脳神経を刺激する電波が何かでも出ているのだろうか?

「デバイス……」

 そうか。口に出してみて閃く。

 単純明快な話だ。システムでログアウト出来ないのなら、物理的にログアウトしてしまえばいい。

 諸悪の根源たるデバイスを外そうと、頭部へ両手を伸ばしが……


 ――ない。

 頭を覆っているはずのデバイス。近未来的な機器。それの感触は一切なく、手に伝わるのは自らの髪の感触。

 ……というか、どうして今まで気が付かなかったのだろう。

 あれだけ歩き回ったのに、何にもぶつからなかった。

 本来ならここは1Kの狭いボロアパートの一室のはずだ。

 歩き回ったり、腕を伸ばせば何かに当たる。パソコンしかり、机しかり。

 しかし、自身の周りにあって触れられるものは、今見てるままのもの。

 すなわち、バーチャル映像内にある物だ。


 まるでこの世界が現実に成り代わったようで、得体の知れない恐怖が全身に駆け巡る。

 それは勿論俺だけでなく、この場にいる冒険者全員が同じ絶望を味わっているだろう。


 その時だった。

 ふと視界の中央に、半透明の正方形が浮かぶ。

 「運営からのお知らせ」と銘打たれたそれは、この世界がまだゲームに過ぎない事を再認識させてくれる要素の一つだ。

 お知らせは恐らくこの場にいるプレイヤー全員の視界に浮かんでいるのだろう。

 阿鼻叫喚に満ちていた空間は再び静まり返り、皆一様に虚空を眺めている。



 "運営からのお知らせ


 この度はメガラニカのテストプレイに参加いただき、有難う御座います。

 冒険を楽しんで頂けているでしょうか?


 この世界は今危機に瀕しています。

 冒険者の皆様がこのメガラニカを救った時、皆様は元の世界へ帰還できるのです。


 要するに、誰かがメインクエストを全て完了させた時、皆様はログアウトが可能になります。


 独自スキルを上手く使いこなして頑張ってみて下さい。

 皆様の旅に幸あらん事を!


 メガラニカ運営"



 ――どういう事だ?

 不具合だとか、不手際だとか。そういった旨の通知なら、多少の憤りはあれど逆に安堵できた。

 しかし、目の前にあるのは、まるでこの状況が想定通りであることを語る様な文面。


 本当に"閉じ込められた"って事なのか?


「っ……ふざけるなよ!!」


 誰かが声を上げる。

 それを皮切りに、建物中に不平不満を乗せた怒号が飛び交った。

 多分みんな分かっているはずだ。そんな罵詈雑言が無意味なことに。

 それでも言わずにはいられない程、俺たちは理不尽な状況に立たされているのだろう。


「あの……何とかなりませんか?」

 俺はあまり期待せずに、カウンター越しで呆然とする受付嬢に向き直って問う。

 受付嬢は表情を歪ませて、少し後退った。

「さ、先ほどから何故、皆さんはお怒りなのですか……? 街にモンスターが迫っていると言うのに、何故誰も向かって頂けないのですか……?」

 ――あくまで設定された役割しかしない、か。

「……いや、それはさ……」

 "勇敢な冒険者"なんてのはこの世界の設定に過ぎないからだ。

 その中身は、痛みもろくに知らない平和な世界で生きてきた一般人だ。

 ……などと言った所で、意味はないのだろう。


 しかし、よくよく考えてみる。

 オンラインゲームに閉じ込められた、と言うのは最も大きな問題ではある。

 だが、目下の問題は街に迫ろうとしてる魔物とやらではないのだろうか?


 強力な魔物とやらの蹂躙に巻き込まれたら俺たちは死ぬだろう。

 傷を負ったり、死んだらどうなるか、と言うのは先ほど考えた通り。あまり良い結果にはならない可能性が強い。

 逃げれば良いかもしれないが、土地勘のない俺たちが一体どこへ逃げられるだろうか?

 その場しのぎにしかならない気がする。


 とはいえ、今の俺に倒せるのはゲーム内で最も弱い敵ぐらいだろう。

 何かは分からないが、たぶんセオリー的にはスライムとかゴブリンといったファンタジー作品でお馴染みの低級の魔物か。

 さらに今怪我している男は、街の住民と差異のない格好をした俺とは違って軽鎧の様なものや剣を身に付けている。

 少なくとも俺よりはゲームが進んでいる事は予測できる。

 その男が"強力な魔物"と恐れ、負傷して逃げ帰った相手だ。俺ごときが太刀打ちできるとは到底思えない。


 それでもだ。


「じゃあ俺が見てくるので、なんか武器を貸して下さい」

 後ろ向きなのは現実だけで十分だ。せめてゲームでぐらい勇敢でありたいと思う。

 出来る事と言えば「魔物を怒らせて逃げ回る」とか、そう言ったセコい時間稼ぎぐらいだろう。

 それでもまぁ、時間稼ぎぐらいにはなる。

 このゲームの仕様が分からない以上何とも言えないが、その間に騎士団的な強いNPCが来てくれればいい。

 来なかった場合は……その時考えよう。

 内心に渦巻く恐怖を押し殺して、引きつった笑顔を受付嬢へ向ける。


「けど俺、全然強くないんで。期待しないで騎士団とかベテランの人とか呼んでおいて下さい」


 まぁ肝心な所で格好が付かないのは生まれつきだと思って欲しい。


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