01 新たなる世界へ
それは一つの転機とも言えた。
同じ景色、同じ環境、同じ行動の繰り返し。
そこに微々たる違いはあれど、根本的には変わることのない毎日。
俺はある種、人生を諦めていた。
大学受験という名の戦争に敗れ、浪人と言う名の蓑を纏って上京してきて早5年。
二十代半ばに差し掛かった俺は、アルバイトの掛け持ちで食いつなぐ典型的なフリーターになっていた。
狭く薄汚れたアパートの一室。隔週に1日は作っている休日を謳歌する手段は、インターネットだ。
交友関係も少なく、入れ込むような趣味が無い俺には十分すぎる娯楽だった。
いつものように動画配信サイトへアクセスし、特に拘りもなく気になったタイトルの動画を視聴していく。
大凡生気を感じられない面持ちでディスプレイを眺め、誰に共有することもない小さな笑いが時折溢れる。
ところで、昨今の動画サイトはやたらとWEB広告が表示されるのが玉に瑕であると思う。
運営していく上で仕方のない事なのは理解できるが、意識が逸らさられてしまうというか、興が冷めてしまう様な感覚を覚える。顧客の印象に残ると言う点では、サイト側の勝ちになるか。
いつも通り、出てきた広告を消そうとした時だった。マウスを持つ手が不意に止まる。
"超体感型!全く新しいオンラインMMO RPG「メガラニカ」始動! ただいまテストプレイヤー募集中"
……なんて事はない。よくあるオンラインゲームの広告だった。
異世界チックな洋風の街並みを背景に、鎧を纏った金髪の女性が剣を構えている。ありがちなファンタジー世界のゲームだろう。
ゲームはする方だし、オンラインゲームにも馴染みはある。だがまぁ、個人的に惹かれるようなものがなければ敢えてやることも無い。
ありふれたテーマのそれに惹かれることはない……はずだったのだ。
超体感型という謎の宣伝文句は気になりこそしたが、オンラインゲームで出来ることは限られている。「全く新しい」などと謳っているが、疑わしいものだ。
――なのに、俺は何故かその広告をクリックし、気が付けばテストプレイヤー応募ページまで辿り着いていた。
何に惹かれたのか、と聞かれると答える事は出来ない。
まぁどうせ当選はしないだろうが、暇潰し程度にはなるか。そんな風に考えて、いつもの動画視聴へ戻るのだった。
それから二週間ほどは経っただろう。
いつもの様に何の予定もない休日を謳歌すべく、スマホを片手に昼過ぎまで布団の中に籠城していた時だった。
"ピンポーン"
小気味の良い音が室内に鳴り響いた。自宅のインターホンが鳴るケースは珍しいので、少し驚く。
基本的に自宅へ来訪するのはネットで購入した物を届ける宅配業者か、無差別な新聞の勧誘ぐらいだ。
ここ数日で何かを注文した記憶はない。詰まるところ、後者である事はほぼほぼ確定している。
ならば居留守を決め込むのが正解だと、気配を殺してスマホの画面に視線を戻す。
しかし。
"ピンポーン"
「千勢さーん!お届け物でーす!」
追撃。しかも予想外の正体付きだ。
しかし、先ほども考えたが何かを注文した覚えはない。
誰かの贈り物にしても、そんな丁寧な付き合いをしている知り合いはおらず、実家に至っては俺のことはもう存在しないものだと思っているはずだ。
のそりと重い体を起こして扉の方へ向かい、覗き穴に顔を寄せる。
帽子を被った作業着の男が、両手にダンボールを抱えて直立していた。
……表札も出していない俺の苗字をしっかり呼んでいたわけで、なにかの間違いということは無さそうか。
おそるおそる扉を開けると、急いで愛想笑いを浮かべた男がダンボールを差し出す。
「お届け物です!サインかハンコの方お願いします!」
続け様に向けられた伝票にサインを綴り、荷物を受け取る。
両手に収まるそれの重みはまずまずで、この時点では何が入っているのか分からなかった。
ちょうど布団から出たし、という事で軽くカップラーメンを胃に収めてから開封の儀は始まった。
送り主は「株式会社フューチャーワールド」と言うらしく、身に覚えはない。完全に偏見だが、詐欺グループが使ってそうな名前だ。
まあそういう詐欺なら商品に手を付けずに送り返せばいいし……そんな軽い気持ちで箱を開けてみた。
敷き詰められた梱包材をどかすと、中にはさらに白い箱。その上にはパソコンで印刷したのだろう、印字のされた紙が貼り付けられていた。手紙だろうか?
"千勢 周都 様
この度はオンラインゲーム「メガラニカ」のβテストプレイヤーにご応募頂き、ありがとうございます。
抽選の結果、お客様が見事当選されましたのでご連絡と専用のデバイスを送らせて頂きます。
「メガラニカ」はまるで本当にその世界で生きているかの様な感覚を体感でき、世界中の人たちと広大な大陸を冒険できます。
この全く新しい超体感型のオンラインゲームは、皆様のご協力の下により質の良い世界へと磨き上げ、来年の夏に本格始動する予定です。
封入したヘッドギアデバイスをパソコンに接続し、頭部に装着してメガラニカの世界をお楽しみ下さい。
尚、テスト終了後のデバイス回収については追って連絡致します。
株式会社フューチャーワールド・メガラニカ運営部"
―ーああ、そんなゲームに応募してた気もする。
もう二週間も前の話なのですっかり忘れていたが、どうやら当選したらしい。
しかし、デバイスとやらを使うという旨は一切書かれていなかったし、正直こんな手の込んだゲームだと思っていなかった。
少しの期待感を抱きつつ、白い箱を開封する。
中から出てきたのは黒と青で彩られた、近未来を感じさせるデザインのゴーグルのようなもの。
最近流行りのVRゲームとやらに使うゴーグルに近しいものを感じる。と言うか、ジャンルとしてはその類か。
付属の説明書によると、このデバイスから伸びているケーブルをパソコンに繋げてゲームをスタートさせてからデバイスを装着すれば良いらしい。
パソコンの方でメールボックスを確認してみれば、当選を知らせるメールが来ていた。
記載されていたURLからゲームクライアントをダウンロードし、書かれていた説明通りにデバイスを接続する。
数十秒の間を置いてデバイスが認証されたので、ゲームを起動するとやけに壮大なBGMと共に現れるタイトル。その下には小さく「専用デバイスからスタートして下さい」と文章が表示されている。
……ふと疑問が浮かんだ。こういうゲームは手元で操作できるコントローラーの様なものが無かったか?
デバイスとやらはこのゴーグルのみだし、これでどう操作するのだろうか?
しかしまぁ、少し考えたところで人生初のVRに対する興奮には勝てない。とりあえず着けてみてから考えよう。
頭部にそれを装着して目元をゴーグルの内側が覆う。少しの間黒一色だった視界は、やがて少しずつ青色の光を帯びてから徐々に鮮明となり――
石畳の敷き詰められた街路に、石レンガで造られた建物。
晴々と澄み渡った空を背景に聳える、映画でしか見たことがないような西洋風の城。
絵に描いたような中世ヨーロッパの様な街並みが視界いっぱいに広がっていた。
「お、おぉ……」
思わず感嘆の声が溢れる。
あまりにもリアルと言うか、ゲームと言うよりは映像の様にも感じる。
しかし、視界の端には半透明のアイコンの様なものが五つと、横長のバーが二つ並んでいる。
オンラインゲームをプレイしたことのある者なら何となく察しはつく、ステータスや持ち物を見たりするメニューとHPとMP的なものだろう。これの存在がゲームであることを認識させる。
しかし、このメニューはどうやって開くのだろう。この人型のシルエットの様なアイコンがステータスだと思うのだが。
とか思っていると、視界の中央に色々と書かれた半透明の板の様なものが浮かび上がる。俗に言うステータスウィンドウって奴か。
見たいと思いながら視線を送ったら開かれたが……最近のVRゲームと言うのはそこまで来ているのか。何というか、技術の進歩というものは恐ろしいまであるな。
あれほど否定的に見ていた「メガラニカ」だが――面白そうなゲームじゃないか。
容易く掌を返す自分に気恥ずかしさを覚えながらも、俺は見知らぬ世界へ歩み出した。
読んで頂き有難うございます。
拙いながらも楽しく執筆していくので、読者様にも楽しんで頂けたら幸いです。