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記憶にない恋人は覚えのない過去を語る  作者: 羽田宇佐
制服と共有するいくつかの運命
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「初めまして、村瀬翠(むらせみどり)です」

「……どうも、川上藤花(かわかみとうか)です」

「今日は、菖子(しょうこ)に無理を言って川上さんを呼んでもらったんです。突然、呼び出したりしてすみませんでした」


 騒がしいファミリーレストランの店内、藤花は形式的に挨拶を返すと向かい側に座っている少女を見た。

 村瀬翠と名乗った少女は、眼鏡をかけ、彼女の隣に座っている菖子と同じ制服を着ている。だが、ハキハキとした声に背筋をぴっと伸ばした姿は菖子とは違い、真面目が服を着ているように見えた。長くなりかけてはいるもののショートカットの髪も菖子とは対照的に黒く、進学校の生徒という言葉がぴたりとはまる。


「時間ならあるから、気にしないで大丈夫」


 ――まさか、高校生二人とファミレスでお茶をすることになるとは。

 藤花は心の中で呟いて、グラスになみなみと注いだメロンジュースを一口飲む。

 連絡先を交換してから一週間も経たないうちに菖子からメッセージが届き、ファミリーレストランに呼び出された。用件は「前世のことで、どうしても藤花に会いたいという人がいる」というもので、断るわけにもいかなかった。


 前世に関しては、藤花も興味がある。

 だから、こうして約束の場所へやってきたのだが、翠と前世が繋がらない。どちらかと言えば、翠は前世を馬鹿げたものだと思っていそうに見えた。しかし、藤花の想像は簡単に打ち砕かれる。


「菖子から、川上さんこと聞きました。私も前世のこと、覚えてるんです。――たぶん」


 翠は、真面目そうな外見に似つかわしくない台詞を口にする。


「たぶん?」


 知らない人間が聞けばくだらない話だと切り捨てるようなものでも、今の藤花にとっては価値のある話で、不確かな言葉を放っておくことはできない。身を乗り出すほどではないにしても、興味を持って聞き返す。


「菖子ほど、はっきりと覚えていなくて。だから、川上さんみたいに、菖子の仲間かどうかはっきりしないんです。でも、菖子から聞いた話が記憶にあって、もしかしたら仲間じゃなくてもどこかで繋がっているんじゃないかって。それで、川上さんに会ったら何かわかるんじゃないかと思ったんです」


 先ほどまでとは違い、翠がざわつく店内の騒音に混じって消えそうな声で言う。それは、前世というものに対する翠の自信のなさを表してるようだった。


「菖子は、村瀬さんのこと覚えてないの?」

「覚えてない。あたしも、記憶が全部あるわけじゃないから。でも、塔の中にはいろんな人がいたし、あたしと親しくなかっただけで翠が同じ場所にいた可能性はあると思う」


 真面目な顔で菖子が言い、アイスコーヒーにミルクを入れてカラカラとかき混ぜる。ミルクが作り出したマーブル模様が焦げ茶色に染まっていく様子を見ながら、藤花は都合が良い話だと言いたくなる気持ちを抑える。


 ただでさえ信じがたい前世の記憶なんてものを共有できる人間が、明かりに群がる虫のように簡単に集まってくるものなのだろうか。

 そんな疑問が頭に張り付いて、離れない。だが、高校生二人は藤花の疑問などお構いなしに話を進めていく。


「菖子と話しているうちに思い出したこともあるんですけど、私が見る夢はかなり断片的で……。どんな話でもいいので、川上さんが覚えていることを教えてください。自分が菖子と同じ場所にいたのかどうか確かめたいんです」


 弱々しくはないが、周りの音を跳ね返す力のない声。それは、自分の言葉を信じているようには思えない声だった。だが、真剣な顔をした翠にぺこりと頭を下げられると、藤花は何らかの情報を提示しなければいけないような気がしてくる。


「私、ほとんど記憶がないから、話せることはあまりないよ」


 藤花は体に悪そうな緑色の液体をごくりと飲んで、向かい側に座る高校生二人を見る。


「藤花。話せば何か思い出すかもしれないから、夢の話してみて。藤花だって、何かわかるかもしれないし」

「話すのはかまわないけど。覚えてるのは、前世の菖子の部屋には物があまりなくて、お揃いのパジャマを着てたってことと、塔に集められているのが超能力者で、一ヶ月に一度ある能力テストで良い成績をとらないと塔から出られないってことくらいかな。……村瀬さん、何か思い出せそう?」

「菖子の部屋のことはわからないですけど、超能力の話とか、テストの話とか、ほとんど知っていることですね」

「そんな簡単には思い出さないか」


 落胆したように菖子が言い、ふう、と息を吐き出す。

 しかし、思い出せなくてもそれは仕方がないことだと藤花は思う。記憶の断片を聞いただけで前世というあやふやなものを思い出せるのなら、これまでにも菖子と前世の話をしていたらしい翠はもっと早い段階で確実な記憶を得ているはずだ。

 かといって、わざわざ自分に会いに来た少女を放り出すわけにもいかず、藤花は問いかける。


「村瀬さんって、前世ではどんな名前だったの?」

「みどり、です。王に白、その下に石を書く碧です」

「今と同じ名前なんだ」

「今の名前は、翡翠の“すい”という漢字を使っているので字は違いますけど、どっちも同じ名前で間違っていないと思います。川上さんは淡藤さんで、菖子は菖蒲なんですよね?」

「私の見た夢が正しいならね」

「淡藤さんってどんな人だったんですか?」

「それは、菖子に聞いた方がいいかも。私は一度夢に見ただけだから、自分のことよくわからなくて。覚えてるのは、髪が今よりも短いってことくらいかな」


 藤花の言葉に、翠が期待を込めた目で菖子を見る。藤花自身も自分の知らない自分を知ることができるのではないかと、菖蒲色の髪をした少女に視線を移した。


「淡藤は意志が強くて、結構な問題児だった」


 菖子が淡々と、けれど迷うことなく言い切る。だが、告げられた過去が予想もしていなかったもので、藤花は思わず確かめるように聞き返した。


「問題児?」

「うん。塔の中で問題を起こしてた。脱走騒ぎを起こしたこともあったはず」

「……それは、確かに問題児だ。私とまったく違う」


 問題を起こすよりも、問題を避けることを選び続けてきた藤花は、ため息交じりに過去の自分を評価する。今とは性格が大きく違うであろう前世の自分が藤花という人間を見たら、生まれ変わりだと言っても信じてはもらえないだろう。


「今は問題児じゃないんだ?」


 藤花は、菖子が興味津々といった様子で口にした言葉をすぐに否定する。


「今は大人しくて真面目だよ」

「それが本当かわからないけど、淡藤とは違う性格っぽいのはわかる。藤花って、意思弱そうだし」


 行かないと言ったにも関わらず、屋上に足を運んでしまった藤花のことを思い出しているのか、笑いを含んだ声で菖子が言う。口調は馬鹿にしているものではなかったが、否定のできない事実を口にされ、藤花は眉間に皺を寄せた。


「うるさい。そういうのは言わなくていいの」


 優柔不断というほどではないが、意志が弱いことは間違いない。一度決めたことを簡単に曲げることができる。鋼の意思で、何かをやり遂げた記憶はない。


 藤花にとってそれは、あまり好きになれない自分で、変えたいと思う自分でもあった。だが、意志を曲げるほど、簡単には変えることができない自分でもある。

 当然、八つも違う高校生に指摘されて嬉しいものではなく、藤花は「はあ」と体中の空気を吐き出すようにため息をついた。


「元気出して」


 空気の抜けた藤花を前に、菖子が何一つ気にすることなく楽しげに言う。

 藤花がその明るい声を打ち消すように緑色の液体をストローでかき混ぜると、翠がしみじみと「前世と今って結構違うんですね」と呟く。そして、大切なことを思い出したような顔で藤花を見た。

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